Sea:23 - 前編 返事の浜|呼んだのは、だれ?
【Prologue】
──なぁ、返事の浜って、知ってる?
地元の子なら、聞いたことはあるはずなんだ。 でも、地図には載ってない。標識もないし、案内板もない。 道も途中で消えてる。けど──そこに行ったヤツは、たしかにいる。
引き潮のときだけ現れる、ちいさな浜。 「声を出しちゃいけない場所」って、昔から言われてる。
最初に行ったのは──たぶん、子どもだった。 名前を呼んだら、返ってきた。ちょっと違う声で、すこし遅れて。 ……その子は、学校に来なくなった。
次は、釣りをしてた男の人。 「はい」って返事して、それっきり姿を消した。道具だけ残して。
若い女性もいた。 スマホには白い貝の写真が残ってて、録音には── 彼女じゃない誰かの名前が入ってた、って噂だ。
……でも、最初に話してたのって、誰だったかな。
三人……四人……いや──俺? でも、行ってない。話を聞いただけ。誰から……?
──あれ? 返事、したっけ。
風の音に混じって、誰かが名前を呼んだ。 返したような気がする。録音──入ってたっけ? 自分の声、何回入ってた? 一回じゃ……なかった気がする。
……おかしいな。
スマホが、勝手に録音を始めてる。
あれ? いま、話してるの──誰?
(波の音が、ぬるく返ってくる)
……○○⬛︎⬛︎○⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎○⬛︎?。
【“返事をしたら、だめだよ”】
足音が、しない。 いや、してるはずなんだけど── 濡れた砂が、全部を吸い込んでいく。
汐崎町。 潮の匂いが日常のこの町で育った、花恋。 その彼女がいま立っているこの場所は、“返事の浜”と呼ばれていた。
──誰がそう名づけたのかも、いつからそう呼ばれていたのかも、知らない。
でも、半年前から。 この浜で人が倒れたという話が続けて起きて── 町の子どもたちは、そこを“呼び子の浜”とか、“返事の浜”とか言うようになった。
花恋の、幼なじみも──その一人だった。
スマホに、白い貝の写真を残して。
音声データもある。 でも、まだ……聞けていない。
──だから、今日で三度目。花恋は、ひとりで来た。
引き潮が残した潮だまりと、ぬるい風。 あのとき彼女が見たかもしれない景色を、いま自分の目でなぞっている。
静かすぎる。波の音もなく、風もゆるい。 でも、耳の奥がむず痒い。
誰かが、鼓膜の内側をこすっているような──そんな気配が、ずっとある。
しゃがんだ視界の先。白くて、小さな──あの貝があった。
「……これだ」
あの日、スマホに映っていた、あのかたち。
触れようとして、指を止める。
そのすぐ奥に──何かが“倒れていた”。
波打ち際でも、岩の陰でもない。 誰も入らない、はずの場所に。 ひとり、人の影。
服が濡れている。 動いて──ないように見えた。
けど。
ピクリ。
また、ピクリ。
あれは……痙攣? でも、まるで“何かを見て震えてる”ようにも見えた。
花恋は、息を止めて、近づく。
呼びかけようとして、言葉を飲み込む。
──ここでは、声を出しちゃいけない。
鼓膜の内側で、また“音”が鳴る。 風じゃない。波でもない。
……誰かが、自分の名前を呼んだ気がした。
「かれん」
声は、幼なじみの声に似ていた。 でも、自分じゃない。彼女じゃない。 ──“誰か”が、彼女の声を使って、呼んでいた。
返しちゃダメだ。そう思った。
けど、喉が動く。
「……っ」声にならない声。
そのとき── 倒れていた人の指が動いた。
花恋のほうを、指さしていた。
背中に冷たいものが這い上がる。
……逃げなきゃ。
でも、足元が抜けない。
自分の足跡の横に、もうひとつ、知らない足跡があった。 “誰かがずっと、隣に立っていた”──それに、いま気づいた。
白い貝──じゃなかった。
それは、ゆっくりと開いた。
ぬらりと濡れた、青い輪。 目、だった。
それに見られた瞬間、頭の奥で何かが“返事”を返した。
視界が、溶けていく。呼吸が止まり、胸が締めつけられる。
遠くで、自分の声が聞こえた。 ──でも、口は動いてない。
返事が返ってきた。何度も、何度も。
そして、花恋は音のない世界へ── 静かに、沈んでいった。
【数年後……】
放課後の教室。
いつものように、3人組は窓際の席に集まっていた。
ケンタが給食のあまりでくすねた牛乳パックをトントンと軽く叩き、
ストローをぷすりと差しながら、話題は“例のやつ”に向かう。
ケンタは、時々牛乳や夏みかんなどをくすねて
如月先生に大目玉の繰り返しだ。
もちろん私たちも共犯なのだけど。
如月先生に見つかったら、、、また居残り掃除になるなぁ
そんな事をミオは考えつつ、少し怖いドキドキに耳を形見ける。
「声を出したら……誰かに返されるんだって」
ケンタの妙に真剣なトーンに、ミオがそっと眉をひそめる。
「また怪談? 前も“サメの幽霊”でカーテン揺らしてたよね」
「いや今回はマジ!“白い貝を拾ったら声が出なくなる”って、昨日聞いたばっか」
「しおざきの浜で、また誰か倒れたって──」
ミオのひとことが、空気をぴたりと止めた。
──そのときだった。
「……え?」
教室の後ろ。
誰かがプリントの束を落とした音がして、次いで「ガタッ」と机が動く音。
ふわっと影が差し、そこには──月島すみれ先生が立っていた。
「ミ、ミオちゃん……今、なんて言ったの……?」
「え? しおざきの海の話?」
ミオが素直に答えると、すみれ先生はばたばたと駆け寄ってきて、机に手をついたまま、震えていた。
「そ、それって……“返事の浜”のことじゃ……っ!?」
「うわあ……」「急にどうしたの……」
そして、いつの間に教室の入り口に 如月先生が来ており、プリントを拾っていた。
3人は冷や汗をかきつつ、牛乳を机の下に下げて、視線をそらす。
如月先生は、こちらを見ることなく
プリントを拾いながら──
「……牛乳は、隠した時点で有罪だな」
いつもの“お決まりツッコミ”が静かに飛んだ。
「“名前を呼ばれたら返しちゃダメ”って、昔から言うでしょ!?
しかも白い貝なんて──それ、“呼び子”の印だよ! 呼んでるんだよ!」
「呼び子……? なにそれ……」
ケンタが食いつく。「なにその名前! 急にホラー感!」
「だから無理って言ってるでしょ!? ミオちゃんは行っちゃダメ!ほんとにダメ!」
「なぜ私にだけ……?」
すみれ先生は答えず、ミオの袖をぎゅっと握ったまま、目をそらした。
その視線の先──如月先生が拾ったプリントを教卓を置く。
「……また始まったのか、“返事の浜”の話」
先生は、誰にも聞かれないような声でそうつぶやいた。
「昔、聞いたな。“潮が引いた浜で、音が返ってこない場所がある”って。
“そこでは、声じゃなくて、影が返事をしてくる”──ってね」
「その話……例の教授に聞いてみたらどうだ?」
全員、ハッとする。
「そ、そうですね!せ、せ、センセーなら……説明してくれるかも……っ!」
「月島先生……あなたが動揺してどうするんですか……」
沈黙が流れる。
どこかでチャイムが鳴った。
下校の時間だ。
その音に、すみれ先生は「ひゃっ」と声を漏らした。
──かわいかったけど、ちょっと引いた。
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