第23話

「まあ、妖刀なんて概念、普通に考えれば存在しているかどうかさえ分からないからねえ……。ある種の澱を見るぐらいに、闇に触れないと、こっちの世界には足を踏み入れることさえしないだろうから」


 翼は、まるで知っているかのような言い回しで、そう言った。


「知っているのかよ、お前は。妖刀なんて……カリキュラムじゃ習っちゃいないだろ」

「そりゃあそうだね。当たり前だろ。アカデミアで習うカリキュラムなんて、世界に蔓延る全ての知識から比較したら、一握りの砂にさえなりはしない。せいぜい砂場に広がる細かい砂粒一つが妥当だろうね」

「……で? その砂粒一つしかないようなカリキュラムを受けていて、かつ新たな知識を身につけた、って? そいつは随分欲張りさんな思考だな。そこまでやろうとは誰も思いやしねえよ。そもそも、カリキュラム以外のことについて学ぼうとさえしないんじゃねえの?」


 翼はおれの言葉を聞いて深い溜息を吐いた。

 え? おれ、何か変なことでも行っちゃったか?


「……何も。何も変なことは言っていないよ。ただ単純に……人間って諦めてしまったら、こうも堕落してしまうのかってことについて、勝手に落胆していただけ。まあ、勝手に期待していただけなのかもしれないけれどさ」


 翻って。

 翼は机の前に置かれているホワイトボードに手を当てる。

 マーカーペンを取り出して、スラスラと何かを書いていく。

 それは——間宮雷人の名前だった。


「そいつが、今回の黒幕ってことだな」


 おれの問いに翼は頷くと、


「うん。流石にそれぐらいは分かっているようで良かったよ!」

「おれを何だと思っているんだ……?」

「少しだけ頭の良いチンパンジー……おっと失礼、類人猿ぐらいにしか思っていないのでは?」


 円さんのアシストが強烈に痛い。

 チンパンジーを類人猿に言い直したあたりもまた、強烈過ぎる。


「……勝手に項垂れているところ悪いけれどさ」

「いやいや、それはそっちがそういう発言をしてきたからであって——」

「間宮雷人をどうやって誘き寄せて、どうやって罪を償わせる?」


 翼の言葉に、おれは思考が停止した。

 いや、おれだけではない。未来や円さんでさえ、何も言えずに、目を丸くして驚いている様子だった。


『……自分の行動には責任が伴うこと、それは大人であろうが子供であろうが一緒ではある。それをその七つ星とやらが理解しているのか……そう言うことだな?』


 唯一、まともに反応をしたのは雪斬だった。

 まさか会話のレスポンス速度において、人間より刀の方が早い火が来るとはな。

 流石におれだって予想できやしない出来事だったよ。


「……そう言うこと。言いたいことをはっきりと言ってくれて、非常に助かるねえ。妖刀の方が話が通じるなんて困ったものだよ。返事を出せなかった人間一同はしっかりと反省するように」

「いや、反省って……」


 何をどう反省しろと?


「返事は?」

「………………………………はい」


 大分理不尽な気がするが、こればっかりは致し方ない。

 そんなことを思いながら、おれは再び作戦会議に集中せねば、と思い自らを奮い立たせた。


『ところで、それはそれとして、これからどうするつもりだ? 何も考えていないってことはねえのだろうけれど』


 雪斬がそう言う。

 すっかり狂言まわしになってしまったと言うか、そんな感覚だ。


「……はっきり言うね。でも、申し訳ないけれど直ぐにアイディアは出てこないんだ。残念ながら。ネプチューン・アカデミアに潜入すれば良いのだろうけれど、きっとアカデミアの学生であっても、間宮雷人にたどり着くことはできやしないと思う。それぐらい、彼の情報は秘匿されているんだよ」



 ◇◇◇



 ネプチューン・アカデミア学生寮。

 その一室。


「……彼女がしくじったようだね?」


 その部屋の中心にある大きなソファに腰掛けている少年が、問いかける。

 問いかけの相手は、少し距離を空けて立っている少女だ。黄色い髪をポニーテールにして、薄暗いグラスをつけたサングラスめいたメガネをかけている。


「……お言葉ですが、あの能力は見たことがありません。はっきり言って、あれに対処することは出来なかったかと」

「予知、予見出来なかった」


 少年は飴を舐めていたのか、何処かふわふわした感じで語りかける。

 しかし、その口調やトーンは低い。いたって真剣だ。


「そう言いたいの? アカデミアのトップ——七つ星たるぼくの前で」

「い、いや……! そんなことを言いたい訳では……!」


 少女は頭を下げて、必死に許しを乞う。

 少年は飴を噛み砕くと、


「……まあ、致し方ないか。それぐらいは。予知予見なんて、どんなカリキュラムで勉強をしたって、『光の石』の助けがあったって出来るはずのない、いわば実現不可能な魔法なのだからね。でも、」



 ——あれは、違う。



 攻撃を、ゼロにした。

 あの魔法だけは、他の魔法とは違う——しかし『光の石』を使えば実現出来るだろうとさえ思わせる、それ。


「あの魔法……」


 少年はうっとりとした笑みを浮かべ、


「是非、自らの手の中に欲しいものだよね……!」


 少女は少年の表情を見ながら、深い溜息を吐く。

 こうなってしまったら、少年が満足するまでは終わらない——そんなことを考えながら。

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