第6.5話 三題噺、もう一話だけ

「しおり」「手紙」「答え」

その三題を、鶴矢先輩が今日の放課後、紅茶の香りと一緒に差し出してきた。


「これ、“意図的”ですよね」


「うん。意図的に“選ばれた感のある三題”にしてみた」


「……すごい自白ですね」


「でも、どうせ君も“どういう意味ですか”って聞かないでしょ」


たしかにそのとおりだったので、僕は素直にうなずいた。


「じゃあ、今日も語りましょうか。勝負というより……継続ですけど」


「“話すことで保たれてる関係”って、悪くないよね」


◇僕の三題噺

(by 僕)


彼は、図書室で見つけた古い本を読み返していた。

ページの間には、しおり代わりに、折られた便箋が一枚。


それは、たった一言だけが書かれた手紙だった。


「この物語の続きを、あなたに読んでほしい。」


それが誰の手かもわからないまま、彼は何日もその一言の意味を考えた。

でも、どうしても答えが出ない。


やがて彼は、本に似た物語を自分で書き始めた。

それが“答え”になるのか、誰かに届くのかもわからないまま。


彼の物語は、いまだ本棚の奥に挟まれたまま、

しおりの代わりに、静かに眠っている。


語り終えても、先輩は何も言わなかった。

ただ、窓の方を見ながら、カップの中の紅茶をくるくると揺らしていた。


しばらくして、ぽつりと呟く。


「……“答えが出ないまま書く物語”って、君らしいね」


「良くも悪くも、はっきり言えない性格なので」


「そういうところ、私けっこう好きだけど」


言ったあと、先輩はふいっと目線をそらした。

そのあとでさらりと話を始める。まるで、句読点を打つように。


◇鶴矢先輩の三題噺

(by 鶴矢先輩)


彼女は、図書室の“返却されない本”に手紙を挟む習慣があった。

書くのはいつも短い詩や、断片的な台詞。

それが誰かの目に触れるかも、わからないまま。


ある日、返却棚にあったその本の中に、

自分が書いたものに“赤いインクで返事”がついているのを見つけた。


「続きを読む資格があるなら、返事をください」


でも彼女は、返事を出さなかった。

その言葉が、自分に向けられたものなのか、確信が持てなかったから。


ただ、彼女は本のしおりを挟みなおして、元の棚に戻した。

それが彼女なりの“答え”だった。


たぶん、ずっと。


語り終えたあとも、ふたりの間にはしばらく静けさが流れた。


風が窓を揺らす音と、カップのカチャリという音だけが、空間を満たす。


僕は口を開こうとして、やめた。


先輩もなにかを言いかけたけれど、それも飲み込んだ。


「……これって、“どっちかが言えば終わる話”ですよね」


僕がそう言うと、先輩は紅茶をひとくち飲んで、目を細めた。


「“終わる”っていうより、“始まる”かもね。

でも……“始まる”のって、けっこう怖いじゃない?」


「だから、“三題噺”にしてるんですか」


「うん。そうすれば、フィクションって言い張れるから。

ねえ、君もでしょ? 全部“お話”ってことにしてるけど、本当は――」


そこまで言って、先輩は止めた。

僕は、それを続きを促さずに、ただうなずいた。


「今日の話は、引き分けですか?」


「うん。答えはまだ、出てないからね」


そして、先輩は、ポケットからまた一枚の紙を出した。


次の三題が、すでに書かれている。


「音」「一歩」「いつか」


僕は受け取って、しばらくそれを見つめた。


関係性ははっきりしない。

でも、言葉だけは、確かに交わしている。


今はそれで十分だと思えた。

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