第9話

 ブラジェナは数回口を開閉した後、肩を落とした。ヤンネの方を見ると彼はこちらを見てハハハ、と笑っていた。アルフォンスに見えないようにわざわざ顔を背けている。ブラジェナはそれに眉を寄せた。


 自分は関係ないからって……。ブラジェナは軽く頭を振った後、頭を切り替えた。


「分かりました。やります。私が発端ですし。記録も承知しました。」


 アルフォンスは柔らかい笑みを浮かべ、頷いた。


「よろしく、ブラジェナ。」


 彼は徐にブラジェナに近付き、肩を押した。彼女は彼に促されるまま、ジーノやヤンネから少し離れたところに移動した。何かしら?彼女が見上げると、彼は微笑を浮かべて顔を近付けて囁いた。


「何かジーノさんに用事があるんでしょ?今日来てからずっとソワソワしてたし。丁度良かったんじゃない?」


 ブラジェナの肩が小さく揺れた。彼女は顔が引き攣るの感じた。バレたのね……。目だけを左右に動かすと、アルフォンスは目を細めて笑う。


「じゃあ、頑張って。」


 アルフォンスは手を軽く振った。


 そこで、ブラジェナは彼を眉を顰め、軽く両手を握る。一瞬ジーノの様子を窺う。聞こえてないわよね?そして、アルフォンスに尋ねた。


「アルフォンスさん、先程お会いした時、私達の様子を確認していましたよね。……まさか、私がジーノ隊長に花を渡すと思っていたんですか?」


 アルフォンスに険のある目を向けるブラジェナ。すると、彼は戯けたようにおや?と言う。そして肩を竦め、首を傾けた。


「違ったんだね。」


 笑みを浮かべながら言うアルフォンス。そんな彼に、ブラジェナは頰が上気するのを感じた。ブラジェナは口元を引き締め、目を逸らし気味に答える。


「私がジーノ隊長に?……渡しませんよ。」


 アルフォンスは魔法薬の効果時間などに関しては、大体か最悪書かなくても構わないと彼は言った。そして彼はヤンネに声をかける。二人は挨拶をし、去って行った。


 ブラジェナはジーノの方を向いた。彼は微笑を浮かべいる。


「休みなのに……悪いわね。よろしく。」


 眉を下げる彼女に、ジーノは首を縦に振った。


「かしこまりました。」



 不意に、ブラジェナの耳に、ある女性の声が届いた。


「花の準備をしないと!楽しみね!」


 ブラジェナは思わず苦笑いが漏れた。楽しみにしている人がいるのね。彼女が横に目を向けると、ジーノが顎に手を当て、考え込むような仕草をしていた。彼女は目を瞬かせ、首を傾げる。彼女は疑問をぶつけた。


「ジーノ、どうしたの?何かあったのかしら?」


 声をかけられたジーノは、青紫色の目を瞬かせると、彼女と目を合わせた。そして、手を下ろし、微笑を浮かべ、首を横に振る。


「いえ……、何でもありません。」


 それに、ブラジェナは目を細めた。何か、怪しいわね。彼女は、ジーノの方に寄り、顔を上に向け、彼を見据えた。


「本当に?」


「はい。」


 微笑を浮かべたままである。あくまで口を割らない気ね。そんな彼に、彼女は顔を逸らし、眉間に皺を寄せ、ため息を付いた。……何なのかしら。



 二人は女性が向かった本部のある建物へと向かった。昼がまだと言うことで、提供された食事を取った。そして説明を受け、一時半頃に見回りを開始した。


 ジーノは騎士という事もあり、スタッフ、特に警備員に頭を下げられていた。中には光栄です!と張り切る人もいる。


 ブラジェナとジーノには監督役と言うことでバッジが支給された。



◇◇◇



 バレンタインと言う行事なのもあり、恋人や夫婦のペアは多い。しかし一人で歩いているものや複数人でいるものも多いため、二人が浮くことはなかった。


 街の中での見回りの途中。キャー、と空気を切り裂くような高い女性の悲鳴が響いた。ブラジェナとジーノとは顔を見合わせ、声のした方へ向かった。猫科の獣人の二十代くらいの女性は、同年代の人間の男性の前に膝をついて座っていた。


 二人が近寄っても、彼女の目線は男性から離れない。猫耳はペタリと伏せられており、尻尾は地面の上にある。手は胸の前で組まれている。倒れている男性の近くには、花束が落ちている。二人が来たことに気付き、女性は顔を上げた。


「ブラジェナさん、ジーノさん!どうしたら良いのかしら……。彼が気絶してしまったの!」


 彼女は顔を強張らせて言った。ブラジェナはジーノに目配せをした。彼はそれに頷くと、女性の方に駆け寄り、声をかける。


「落ち着いて下さい。何があったんですか?」


 落ち着いたジーノの声を背に、ブラジェナは男性の前に膝を付き、様子を見る。男性は仰向けで倒れている。


 見た限りでは、外傷はなさそうである。大丈夫ですか、と何回か彼女が声をかけるが、反応はない。手首を握った限り脈はあり、体温は問題ない。呼吸も問題なさそうである。彼女は目を細めた。頭を打ってないと良いけれど。暫く経って意識が戻らないようなら医者呼ぼうかしら。


 彼女は医者ではないので、ここまで考えてから、女性とジーノに目を向けた。


 ブラジェナの目には女性が宥められ、先程よりも落ち着いたように見えた。こちらに何度も視線を向けている。ブラジェナは女性に向き直った。


「落ち着きましたか?」


「ええ、ありがとうございます……。」


 女性は力なく笑った。


「私は医者ではありませんが、意識がないだけで気絶してるだけだと思います。」


 ブラジェナは持って来た鞄から新薬の魔法薬を取り出し、女性に見せた。瓶の中で濁った色の液体が揺れる。


「回復薬を使いますね。」


「はい、お願いします……。」


 頭を下げる女性に頷いてから、ブラジェナは男性の方を向く。そして、回復薬を男性にかけた。男性の身体全体を白い優しい光が包む。


「これで、暫くすれば起きると思いますよ。」


「ありがとうございます!」


 女性は顔を綻ばせた。同時に耳と尻尾がピンと立つ。良かったですね、と微笑みかけるジーノ。女性はええ、と笑顔を返した。彼女を一人にする訳にはいかないし……。ブラジェナは少し考えた後に口を開く。


「それで、何があったのかしら。」


 ブラジェナはジーノの方に尋ねた。彼は青紫色の目を女性に向けた後、口を開きかけた。それに、女性は手を挙げて制した。


「いえ、私が自分で話します。」


 ブラジェナはジーノと一瞬目を合わせると、女性の話を聞くことにした。彼女の名前はジャクリーンで、人間の男性はユーグと言う名前である。


 ユーグに想いを寄せているジャクリーンは魔法を使って花を強化し、彼に投げた。彼は笑って受けようとしてくれていたとのこと。


 しかし、花が彼にぶつかった瞬間、倒れてしまったらしい。多分魔法を強くかけ過ぎてしまったのよ、と彼女は目を伏せた。倒れた花が当たったのは腕。しかし、仰向けに倒れたので、その際に頭を打っていないか心配、とのことである。


 ブラジェナは一応彼の腕を捲り、上は服越しに軽く触って何も異常がないことを確認した。そしてブラジェナが問題なさそうですよ、と言うと彼女は目を細めホッとため息をついた。


 ブラジェナはついでに花束に杖を向け、魔法で持ち上げた。魔法で見てみると、やはり強い魔法がかかっていた。彼女はそれを解除しておくことにした。


 でも、と彼女は首を捻る。保護魔法を強くかけたにせよ、何でユーグさんは倒れたのかしら。腕に怪我はなさそうだし……。彼女は目を閉じて考えたが、結局答えは出なかった。


 数分後。三人でポツポツと会話をしていると、下からうーん、と言う声がした。三人は身を乗り出し、ユーグの顔を覗き込んだ。真っ先にジャクリーンが声をかける。


「ユーグ!大丈夫!?」


 ユーグはイテテテ……、と頭を抑え顔を顰めながら起き上がろうとする。ジーノは背中に手を添えてそれを手伝った。彼はありがとう、とお礼を言う。目を白黒させて周りを見た。


「此処は……?」


「王都の街よ。貴方は倒れたんです。何があったか覚えていますか?」


 ブラジェナが答えると、彼は周りを見て目を見開いた。


「ブラジェナさんに、ジーノさんもいたんですね。」


 そう言ってから、ああ、ブラジェナさんは監督役だからか、と自分で納得したように呟いた。そして、彼は斜め上に視線を向ける。


「そうか、俺、ジャクリーンからの花を受けて……。」


 ユーグはジャクリーンに視線を向けた。ジャクリーンの体が小刻みに震え出す。


「ユーグ。ごめんなさい……。私が花を投げたせいで。貴方が起きなかったらと思うと、私……。」


 ジャクリーンは顔を覆って泣き出してしまった。それをユーグは座ったままじっと見ている。彼は目を細めて呟いた。


「そんなに俺の心配をしてくれたのか……。」


 ブラジェナは彼が熱の籠った目をしていることに気付いた。あ、これは……。


 彼女が静かに立ち上がると、同じような気配がしたことに気付く。そちらを見ると、ジーノも察したように立ち上がっていて、こちらを見ていた。ブラジェナが軽く頷き、二人が離れた瞬間。


 ユーグがジャクリーンに勢い良く抱き付いた。

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