第2話
崖から落ちている途中、俺は何も思い出せなかった。大事な家族も、毎日見ていたはずのあの三人も、まあ、死とはそういうものなのだろうか。もう少しだけ、あいつらに寄り添ってればもっと関係が変わる事ができていたのだろうか。
それももう、叶わない夢……………え?
崖から転落したはずの俺は、何故か家の近くにある橋の上に立っていた。下を見ると、見慣れた川が流れている。
そして周囲を見ると、自分が生まれ育った町が何も変わる事もなく存在している。あれ?俺はあの時崖から落ちて死んで………生き返った?
ふとポケットを触ると、そこにはスマホが入っていた。電源をつけてみると、それは紛れもない俺のスマホだった。何で山に置いてきたはずのスマホがここに入ってるんだ?そして自分の服装を見てみると、あの時崖から落ちた時の服装と全く同じだった。
うーん。全く状況が整理できない。つまり死んだけど生き返ってまた戻ってきたってわけか?そういうのって気がついたら異世界にいたとかじゃねえのかよ。
「ゲッ!何でこんな通知来てんの?」
ふとスマホを見てみると、鬼のようにメッセージアプリの通知が溜まっていた。その通知の数は800件以上。主に家族や紗希からの通知だった。いつもバカにしてくる三人組の中で連絡先を交換しているのは幼馴染である紗希だけだ。
紗希からの通知の内容を確認してみると、どれも『今どこにいるの?』『お願い、返事して……』『今までごめんね。だからお願い、お願いだから生きて帰ってきて』とかと同じようなものだった。怖。何これ別人?いつもバカにしてきたアイツとは到底思えないんだけど。
あと他にニュースアプリの通知が溜まっていたので見てみた。
それも見てみると……一番上に書いてあったトップニュースは、『今日で高校生が行方不明になってから一年』というものだった。
気になって記事を見てみると、一年前、山でキャンプをしにきた家族の中で長男の高校生が突然消えたらしい。しかもその山は俺が死んだあの山だった。へえ……そんな偶然もあるんだなぁ。
……いや、絶対に俺のことじゃん。キャンプしに行って行方不明で同じ山って俺しかいねえわ。てか俺の死体見つかってなかったんかい。通りで紗希からまるで俺が生きてるかのようなメッセージが届くわけだ。でも普通一年も行方不明なら死んでると思わないか?
「とりあえず、ここは俺が死んでから一年後の世界ってことだけど……どうしよう?」
絶対このまま家に帰ったら家族全員に大騒ぎされるに違いない。家族から見たら俺は一年ぶりに死んだと思った俺が生きて帰ってきたという感動的なものだが、俺からしたらさっき死んですぐに生き返ったような感覚なので家族ともさっきまで会っていたようなものなのだ。まあでも、家族も俺が生きて帰ってきたら喜んでくれるかな?多分。
俺は覚悟を決めて家まで歩き始めることにした。……のだが、
「ほら、やっぱり生きてるじゃないですか………」
「え?」
その声は聴いたことがあるようで無いような少女の不気味な声だった。低く霞んだ声は何か声の主の奥底にある心根を吐き出すように響く。
俺は声がした方向を見てみると、そこには顔色が酷くなった毎日のように姿を見ていた後輩の少女、岩坂だった。彼女は俺を見て千鳥足のような不安定な足取りで近寄って来た。
彼女の姿が怖く感じて俺は少し後ずさった。しかし、彼女はそんなことも関係ないように向かってくると、俺の腕を掴んだ。彼女の掴む力は彼女の全力と言っても良いような強い力で腕が痛む。心なしかもう離してくれないような不安まである。
「探しましたよ?先輩。そうですね、一年くらいも。」
彼女は微笑んでいた。でも、何かが変だ。いつものような人をバカにするニヤついた笑みではなくて、奥底に黒いもののある不気味に感じる微笑み。彼女は俺を見て急に笑い出す。
「あっっはははは!やっぱり、周りなんて嘘つきだ!だって先輩は、ここにいるじゃないですか。」
「岩……坂?」
狂っている。そのように形容できる彼女の態度に俺は元々の姿の岩坂を思い出して自分の中の彼女のイメージと乖離していることに困惑する。
「えっと、一年ぶり……で良いのか?げ、元気だったか?」
「…………はい、元気でしたよ。それはそれは、毎日貴方を捜索するぐらいには。」
怒っている。まちがいなく怒っているのだろう。彼女はまだ不気味な微笑みを続けながら俺の腕を握る。もしかして今から殴られたりする?
「まあ、落ち着け岩坂。俺には唯ならぬ事情が……そう、いろいろあったんだ。自分でも説明できないくらい……」
逆に俺が説明して欲しい、この意味の分からない状況を。
山から落ちたら一年後でした。そう言って岩坂は信じるだろうか。いや、やめておこう。一年居なくなった人間がそんなこと言ってたら俺だって錯乱してるのかと思う。
「まあ、良いです。とりあえず、行きましょうか先輩。」
「行くって何処に?」
岩坂は有無を言わさずに腕を掴んで何処かへ向かおうとする。流石に行き場所だけ教えて欲しい。もう一回山から落ちてこいとか言わないよねこの子。
「私の家です。先輩は一年間行方不明だった人間なんですよ?今や軽い有名人です。」
まあ、確かに一年間行方不明の人間がひょっこり帰って来たら大騒ぎになるわな。
でも、だからと言って彼女の自宅に入るというのは……というか、別に岩坂とは学校だけで話す中で自宅などには一回も行ったことない。本当に良いのだろうか。
「それに、これは先輩のためでもあるんですよ?」
「俺のため?」
岩坂は俺の方向へ振り返ると、今まで見たこともないような明るい笑顔で言い放った。
「二度と先輩が居なくならないようにするんです。先輩、私がセンパイを飼ってあげますよ?」
彼女の発言と表情を見た時、俺は何を言っているのかあまり理解することができなかった。だが、これだけは言える。
一年間失踪したら、学校の後輩が狂っちゃった。
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多分この話で読む人がだいぶ減ると思うので明日から気負わないで書けそうです。
壊れた女の子をもっと書きたい。
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