◆58話 招かれた先に待つもの

翌朝。

レイリアは窓辺に腰かけ、広場を行き交う人々をぼんやりと眺めていた。


(……調律)


昨夜、ユリオが語った言葉が、何度も頭をよぎる。


「正式には《世界調律(ワールド・チューニング)》といいます。

世界の理に干渉して――“起こったことを無かったことにする”。」


出来事を書き換えることはできる。

けれど、その代償は――激しい痛み。

そして、人々の記憶から、自分という存在が少しずつ薄れていくこと。


「出来事が大きければ大きいほど、調律者の身に返ってくる負荷も大きい。

魂を引き裂かれるような激痛……時には、存在そのものが消えてしまうことさえある」


レイリアは胸を押さえ、かすかに震える指を組んだ。


(……そんな力を、ルークは……)


その時、不意に別の記憶が胸を刺す。


――黒髪に金の瞳を宿す、宮廷魔導士ジルフリード。

あの冷ややかで、どこか愉快そうな声。


『ルーク・オルディア』


名前を呼ばれた瞬間、息が詰まった。


『世界を“調律”する者、だね』


「ちょうりつ……?」

思わず聞き返した自分に、彼は肩をすくめて笑った。


『ま、今はまだ知らなくていい。そのうち嫌でも向き合うことになる』


(……彼は、やはりルークのことを……知っている)



胸の奥に重たいものが沈む。

知らなければならない時が、とうとう来てしまったのだ。


さらに、ユリオはこうも言っていた。


「調律者のそばには“フムフム”という使役獣が現れるんです。

彼らは調律者の膨大な魔力を喰らい、結界を張り、代償をやわらげてくれる。――シロップもそうです」


(あの子が……)


昨日、足元で小さく鳴いた白猫の姿が脳裏に浮かぶ。


「もし、あの子がいなければ……ルークさんは、心も体も壊れていたかもしれません」


レイリアはぎゅっと唇を噛みしめた。

胸に疼く痛みは、恐怖なのか、それとも――別の感情なのか。



ふと、宿の前の通りをゆく少女が目に入った。

金の髪をゆるく三つ編みにし、腕に掛けた籠を揺らしながら歩いてゆく。


(……あの子)


昨日、裏庭で――ルークの隣にいた娘。

彼が見せた柔らかな微笑みは、間違いなく彼女に向けられたものだった。


考えるより先に、唇が動いていた。


「ユリシア……あの子。通りに……ルークと一緒にいた子がいるの」


レイリアの声音に滲む焦りを悟ったのか、ユリシアははっと王女を見つめ――すぐに小さく頷く。

迷いなく身を翻し、音も立てずに部屋を出ていった。


◇ ◇ ◇


ナナは、パン籠を抱えて宿屋の前を通り過ぎようとしていた。

その時、不意に声をかけられる。


「――少し、よろしいかしら」


振り返ると、気品ある雰囲気を纏った年上の女性が立っていた。

濃い栗色の髪をまとめ、落ち着いた瞳がこちらを射抜いている。


「え……?」


思わず立ち止まるナナ。

胸がきゅっと強張る。


「王女様がお会いしたいとおっしゃっております。どうぞ、ご一緒に」


侍女らしき女性――ユリシアは、静かに頭を下げる。

断れる空気ではなかった。


ナナの胸の奥で、小さな鼓動が早鐘のように打ち始めていた。





✼ ✼ ✼


ここまで読んで頂き、ありがとうございます!


王女に招かれた村娘・ナナ。二人の会話の先に待つものは――。


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