【ASMR発売中】メイドリー・トライシス〜3姉妹メイドと共同生活!?〜

汐海有真(白木犀)

01

 夢を、見ていた。

 あの頃みたいに、ひとりぼっちで泣いている夢だった。

 心細くて、苦しくて……寂しさで、どうにかなってしまいそうで。

 でも、ふと、誰かに呼ばれているような気がした。

 誰かはわからなかったけれど、その声はとても温かくて、気付けば安堵に包まれていった。



 僕はゆっくりと、まぶたを開く。

 視界に映し出されたのは、僕を覗き込んでいるヒナの姿だった。


「あっ、ご主人様ー! ようやく起きたんですか? 相変わらずねぼすけさんですねー」


 ヒナはそう言って、くすくすと笑う。


「……ちなみに、今何時?」

「午前十一時過ぎですよ?」

「ね、寝過ぎた……」

「ご主人様、毎日それ言ってません? ちょっとは学んだらどうなんですかー?」


 呆れた様子のヒナに「う、うるさいな……」と返しながら、僕はゆっくりと上体を起こす。

 すると、少し遠くのソファに腰掛けているハユナと、その側でケーキのお皿を持っているフローナの姿が目に入った。


「はい、ハユナお姉ちゃん、あーんなのです♡」

「ありがとう……あむっ。もぐもぐ……やっぱり美味しいわね、このケーキ。特に、天使のような妹に食べさせてもらうと、格別だわ……」

「えへへ〜、本当ですか? フローナ、とっても嬉しいのですよ〜」


 仲睦まじい様子の二人を微笑ましく感じながら、(どういう状況なんだろう……)とも思った。

 眺めていると、フローナと目が合った。


「あ、ご主人様、おはようございます〜! ご主人様も、ケーキ食べますか〜?」


 そう言って、フローナはとたとたと小走りで駆け寄ってくる。


「それ、昨日のケーキの余ったやつ……?」

「そうですよ〜。ご主人様にあーんしてあげたくて持ってきたのです。その予行練習として、ハユナお姉ちゃんにあーんしてあげていたのです〜」

「なるほど、そういうことか……」


 あーんされるってちょっと恥ずかしいな……と思いながら僕が頷くと、フローナは「そういうことなのです〜!」とにこやかに笑った。

 そんなフローナの側に、ハユナが歩み寄ってくる。


「おはようございます、ご主人様……その、予行練習、見ておられましたか?」

「あ、うん、見えたけれど……」


 僕の言葉に、ハユナは頬を微かに赤く染めながら、「そ、そうしましたら、どうか忘れてください……」と告げる。どうやら照れているみたいだった。

 ハユナの隣で、フローナがケーキをフォークで切り分けて、ぷすりと刺す。


「それじゃあ、ご主人様! はい、あー……」

「「待ちなさい!」」

「えっ、ええ〜っ!?」


 ハユナとヒナからの待てが入り、フローナは驚いた様子で目を剥く。

 僕もびっくりして、思わず何度か瞬きしてしまった。


「ご主人様にあーんなんて、どう考えても適任は私でしょう?」

「何を言っているの、ヒナ? 最年長のわたしの方が、素晴らしいあーんができると思うわ」


 ヒナとハユナの言葉に、フローナは「フ、フローナだって、上手なあーんができるのです〜!」と焦った様子で言う。


「いや……フローナはまだまだですよ? 貴女のあーんには、『遊び心』が足りません」

「あ、遊び心が……!?」


 遊び心のあるあーんって何だろう、と僕は心の中で呟いた。


「お手本を見せてあげるので、ちょっとそのフォーク貸してください♪」

「お、お手本、見てみたいのです……!」


 フローナはそう言って、ケーキの刺さったフォークをヒナへと手渡す。

 ハユナが「相変わらず、フローナの純粋さに付け込むのが上手いわね……」とぼそりと言ったが、ヒナはまるで気にしていないようだった。


「それじゃあ、ご主人様。はい、あーんですよ♡」


 僕は取り敢えず、照れくささを抑えながら口を開いた。

 すると、唇の少し横にケーキがぶつかって、それからケーキが口の中へ運ばれた。

 もぐもぐと咀嚼する。うん、一日経っても美味しい……

 その側で、ヒナがにっと笑う。


「ハユナ姉さん、フローナ、見てください! ご主人様の口元に生クリームが付いて、とっても可愛くはないですかー?」

「「た、確かに……!」」

「これが、遊び心のあるあーんですよ♡ 芸術点が高いでしょう?」


 胸を張るヒナに、僕は恥ずかしくなって「あの、ティッシュ取っていただいてもいいですか……」とぼそぼそと言う。


「えー、照れてるんですか、ご主人様? 可愛いですー!」

「別に可愛くないし……」

「口元、私が拭いてあげますよ? ほーら、ふきふきー」

「こ、子ども扱いするなあっ……!」


 僕の抵抗も虚しく、ヒナによって口元を綺麗にされる。

 な、何か、大事なものを失ったような気がする……


「ちょっと、ヒナばっかりずるいわ。そうしたら、今度はわたしの番ね」

「えー、しょうがないですねー」


 ハユナはヒナからフォークを受け取ると、フローナが持っているお皿の上のケーキを丁寧に切り分ける。

 それから、僕の顔を覗き込んだ。


「……ご主人様、どうぞ。わたしからも、あーんです」


 僕はまたしても照れくささを抑えながら、差し出されたケーキを一口で食べる。

 な、なんか、妙に美味しいぞ……!?


「『妙に美味しいぞ』という表情をされていらっしゃいますね、ご主人様」


 ナチュラルに、心を読まれた……!

 驚く僕の側で、ハユナはふふっと微笑む。


「それもそのはずです。何故なら、ケーキを取り分ける際に、生クリームとスポンジと苺の割合を、最も美味しく感じられる配分で抽出しましたから」

「いや何ですかその特殊能力みたいなのはー!?」

「流石ハユナお姉ちゃん、すごすぎるのです……!」


 戦慄するヒナとフローナに、ハユナは「完璧なメイドなら、これくらいできないとね?」と笑ってみせる。


「でっ、でも、フローナも、お姉ちゃんたちに負けてはいられないのです〜!」


 そう言って、フローナはハユナからフォークを受け取る。

 それから、かなり大きめなサイズにケーキを切り分けて、フォークで刺した。


「はいっ、ご主人様! 幸せたっぷりの、あーんなのです♡」


 満面の笑顔で、フローナはケーキを差し出してくれる。

 これは照れくさいというよりも、この量を一口で食べられるか若干不安だ……!

 そう考えながら、僕は差し出されたケーキをどうにか一口で食べて、ごくんと飲み込んだ。


「美味しかったですか、ご主人様〜?」

「うん、美味いよ」

「わーいなのです〜! ご主人様が幸せで、フローナはとっても嬉しいのです♡」


 フローナはそう告げながら、眩しい笑顔を零した。


「流石、うちの天使だわ……可愛すぎるわね……」

「やっぱりフローナって天使なんですよねー……」


 姉バカを発揮するハユナとヒナに、僕は思わず笑ってしまった。


「ん、何笑ってるんですか、ご主人様ー?」

「いや、つい……」

「で、誰のあーんが一番でしたか? 早く教えてくださいよー」

「フローナもそれ、気になるのです〜!」

「わたしも気になるわ。ご主人様、どうなのですか……?」


 三人の言葉に、僕は少しの間沈黙する。

 それから、口を開いた。


「どれも、美味しかったです……」

「ええー? ご主人様、そんな逃げみたいな回答で許されると思ってるんですかー? そしたら、もっかいやってあげますよ♡」

「ちょっと、ヒナ! さらっと抜け駆けしちゃだめよ!」

「さっきは一番最後だったので、次はフローナが最初がいいのです〜!」


 そう言って、わちゃわちゃとケーキとフォークの取り合いを始める三人に。

 僕はまた、笑ってしまって。

 ……それは多分、幸せな心から剥がれ落ちた、笑顔だ。



 ずっと、ひとりぼっちのままだと思っていた。

 自分が誰かを愛する未来なんて、訪れることがないと考えていた。

 だから、あの夜、あの決断をしてよかったなと心から思う。


 ――――星の綺麗な夜の記憶を、僕は思い出していた。

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