第14話 カフェデートは美人の笑顔を添えて

 拠点から出て数百メートル歩くと、活気のある通りがいくつも見えてくる。れいたちと魔法少女たちが拠点にしている廃校一帯は戦場になった時に人々が避難していき、そのままになっているが、だんだんと人が戻ってきて隠れ家を移すことになる日も近そうだった。


 燐火りんかが迷いなく歩く後ろについていきながら、怜はやはりこの風景こそが本当の自分の日常に思えて、胸が絞めつけられる。


 通りを歩いている人はたくさんいるが、この中に高槻遼たかつきりょうが紛れているかはわからない。その遼は見つかりたくないかもしれないから、大声で呼びかけて探すわけにもいかない。


「調査って言っても何すればいいの?」


 先を歩いている燐火に問いかける。目的地があるように進んでいたが、だんだんと足取りが鈍ってきていた燐火は怜の問いかけにピタリと足を止めた。


「何か思惑があって歩いていたんじゃないのか? いつ言ってくれるのかと思っていたのだが」


「ウチにそんなのあるわけないじゃん。後ろついてきてただけなのに」

「な、なんだとっ。これじゃ目的の高槻遼は見つからないじゃないか」


「そもそもウチらじゃ人探しは難しいからアンタたちに協力してほしいって言ったんじゃん」

「そんな話を、していたような?」

「あんなにカッコつけといて話聞いてなかったの?」


 立て続けに正論を突きつけられ、燐火は黙って視線を落とす。怜は自分が新しく入ったアルバイトをイジメている先輩みたいだと思って、言葉を止めた。


「ごめんって、ウチが言い過ぎたから。ほら、人探しってどこにいけばいいの?」

「わかんない」


 ほんの一時間ほど前に、暴走した自分の能力が理解できなくて芽衣に詰め寄られていた時のことを思い出す。燐火はすっかり自信をなくしたように視線を下に向けたままだ。


「えっと、こういうときは」


 同じようにバイト先で新人アルバイトが失敗して落ち込んでいた時を思い出す。お客さんのクレームに巻き込まれた先輩アルバイトが、苛立ってしまって言い過ぎたと相談に来たのだ。


 その頃の怜には何が問題かもわからなかったが、優花ゆうかに教えてもらったカフェに行って後輩の話をゆっくりと聞いた。アルバイトへの不安や自分に自信が持てないこと。怜の働く姿に憧れてアルバイトに応募したこと。


 黙っていたことを吐き出したら、翌日にはすっきりとした顔でまた仕事に戻ってきた。


 怜自身も隠し事を一つ仲間に話して、いつの間にか気持ちが軽くなっている。魔族と人間は違うと思い込んでいたが、心の底の部分ではやはり同じなのかもしれない。


「よし、結構近いし同じ店でいっか」


 俯いたままの燐火の手を握ると、ようやく燐火が顔を上げる。突然の怜の行動に驚きで目を丸くしている。


「ど、どこへ連れていくつもりだっ!」


 上擦った声に怜は笑顔を返す。


「ウチのオススメのカフェ。ミルクレープがおいしいんだよ」


 燐火の答えも聞かず、怜は燐火の手をぎゅっと握ったまま、スルスルと人混みを縫って進んでいった。


 怜のお気に入りのカフェは、通りに面したオープンテラスの席に白いパラソルがいくつも並んでいた。夜も近くなってきたせいか、座席もいくつか空いているが、大学生や若い女性客が話に花を咲かせている。


「燐火って好きなケーキとかある?」

「えっと、チョコレート系の方が」


「それならガトーショコラもオススメだよ。ウチはレアチーズにするけど、どうする?」

「じゃあガトーショコラで」


 燐火を席に案内して椅子いすを引いて座らせると、怜は常連らしい動きで注文を済ませてコーヒーとケーキセットをトレイに乗せて燐火に差し出した。


「コーヒーには何か入れる?」

「ブラックで構わない」


 燐火は思い出したようにそっけない手つきでカップを手にとり傾けるが、苦味に顔をくしゃりと歪ませる。


「砂糖とミルク持ってくるね」


 クスクスと笑いをこぼして、怜はセルフサービスのスティックシュガーとミルクポーションを持ってくると燐火のコーヒーに注いであげる。


「な、なんで急にそんなに優しくするんだ。そんなことで私を懐柔しようとしても無駄だぞ!」


「うーん、落ち込んでる時は、甘いものを食べるのが一番だから、っていうのはどう? ウチもカミラにボコられたし、知らない能力で迷惑かけてるし。こう見えて結構落ち込んでるんだ」


「わ、私は怒られたから落ち込んでなんていない!」


 焦って出た燐火の言葉は、語るに落ちるという言葉の例文になりそうなほどはっきりしていた。


「ねぇ、トールって口が悪いし、面倒くさがりだけど、あれで結構頼りになるの。だから落ち込んでるウチらはちょっと休憩してても悪くないよ。それよりさ、ウチがどうして魔王軍に入ったかは教えたじゃん。燐火はなんで魔法少女になったのか教えてよ」


 組んだ両手に細いあごを乗せて微笑みかける。何かを言い返そうとした燐火の口はもごもごと動いただけで何も言えなくなる。


「私のところに使いが来たんだ。魔法少女になって世界を救わないかって」

「そういうのって本当にいるんだ。妖精とか精霊みたいなんでしょ」


「いや、私のところに来たのは金色の仮面を被った小人だった。足は鳥のように細くて、手は猫のような肉球がついていた」

「なんかちょっと怖くない? 代わりに何でも願いを叶えてくれるって言って、騙してくるやつじゃん」


「別に願いはない。私にとって正義とは私が執行すべきことであり、私の存在意義そのものだ。戦う力を手に入れられるなら対価だって払っていい」


「世界を救った英雄になることが燐火の目的?」

「それもいらない。週休七日ヴィランズ・ホリデーを追い返したら、私はまた次の正義を求めるだけだ」


 燐火の邪眼ひとみに炎が宿る。いつもの厨二病とは違う、本物の決意と少しの寂しさが怜を射抜いた。自然と怜は燐火の手を両手で優しく包み込んでいた。


「本当にそれでいいのかな、ウチら。この世界を侵略する必要も、ウチらが戦う理由ももうなくなったのに」


「わかった。レヴィアさんが敵対していないことは伝わった。だから手を離してくれ。女の子同士で手を握りあっているなんてまるで恋人みたいじゃ。いや、レヴィアさんは本当は男で、でも周りから見ればきっときれいなお姉さんに見えていて……」


 顔を真っ赤にして手を振りほどこうと暴れた燐火の手が止まる。声はだんだんと小さくなり、炎のように燃えていた瞳は虚ろなものに変わっていく。怜にはよく見覚えがある。魅了にかかった人間の変化だった。


「なんで⁉︎ ウチは能力なんて使ってないのに!」

「レヴィアさまトデート」


 燐火は魅了にかかった目で怜の手を握る。その表情に怜は背筋が凍る思いだった。


「大丈夫、ウチが必ず元に戻してあげるから」


 怜は燐火の手を強く握り返すと、周囲に目を配りながらひっそりとカフェを出た。


「どうしたの? 困っているのかな?」


 人目を避けて裏通りに入ったところで若い男に声をかけられた。深くかぶったニット帽から金色のウェーブした短髪がのぞいている。大きめのパーカーで体型はわからないが、指先が骨ばっていて出会ったばかりのとおるを思い出す


「ちょっと、友達が酔っちゃっただけだから。気にしないで」


 ナンパだと思った怜が離れようとすると、男はにやりと笑って、怜の耳元に顔を寄せて呟く。


「魅了の解き方、知りたくないかい?」

「アンタ、まさか」


 顔を離して手招きした男の背中を追いかける以外に、怜に選択肢は残されていなかった。

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