悪の組織の幹部ですが四天王の粛清が始まってダメそうです

神坂 理樹人

ダメ幹部たちは捨てられる

第1話 侵略者と魔法少女

 駅前のハンバーガーチェーンのレジ前に並ぶ行列には、制服姿の学生とスーツのサラリーマンが混じるようになってきた。それを見て、怜美怜れいみれいは注文を聞きながら夕方のピークが近づいていることに気が付いた。今は店長が不在なので、バイトリーダーの自分が店を仕切る必要がある。


「ご一緒にポテトはいかがですか?」

「いらない」

「承知しました。番号札を持ってお待ちください」


 すばやくレジを打って待機列をさばいていく。その姿を見た隣の同僚から感心するような溜め息が漏れる。にやけそうになる顔を抑えて目の前の客に意識を向けた。


「お次でお待ちのお客様ー」

「はーい、三人で食べていきます!」

「はい、かしこまりっ⁉」


 手を挙げたベリーショートの黒髪で元気な声を上げた女の子を見て、怜の言葉が詰まる。女子高生三人組なんてよくいる客グループだが、怜にはその三人に見覚えがあった。


 腰まで届きそうな長さの枝毛一つないロングヘアーをした黒髪の子は、レジ横に置かれたプラスチックナイフを一つ手に取って先端を撫でて意味ありげに笑っている。


「ご注文はなんでしょう?」


 他人の空似だ、と自分に言い聞かせながら、仕事を続ける。

 すると、最後の一人、茶髪をツインテールにしている背の低い子は左目を隠すように右手をかざすと、


「私は、鳳凰天照挟焦牙ほうおうてんしょうきょうしょうがを所望する!」


 と大声を張り上げた。


「はい?」

燐火りんか、何言うてんの?」


 行列の視線が燐火と呼ばれたツインテールの子に集まる。燐火は恥ずかしそうに両手を下ろすと、ベリーショートの子の背中に身を半分隠して、


「て、テリヤキチキンバーガーのセット」


 と怜にギリギリ聞こえる小さな声で言った。


 それを聞いて怜は自分の勘違いではないことを確信する。


 この三人は、魔法少女だ。


 三年前からこの日本を侵略するために異世界からやってきた魔族集団『週休七日ヴィランズ・ホリデー』。


 最初は人間の兵器による抵抗を退けながら侵略を進め、横浜一帯を廃墟にするほどの圧倒的な戦力差を見せつけた。しかし、一年ほど前から何の前触れもなく現れたこの三人の魔法少女たちによって戦況は膠着こうちゃく状態に陥っている。


 戦っている姿を何度も見たことがある。今は学生服を着ているが、魔法少女として侵略を進める魔王軍に立ち向かっていた三人と同じ顔だ。


 「あはは、私はトリプルチーズバーガー、ポテト付きで! 芽衣めいちゃんはどうする?」

「私は天麻てんまと同じでええよ。あ、ポテトはいらんわ」


 芽衣と呼ばれた子はナイフの先を見つめたまま、答えた。


「かしこまりました。お席でお待ちください」

「ありがとうございます! 美人のお姉さん!」


 天麻が元気よく手を振って席に向かっていく。怜は顔を隠すようにくるりと反転すると、その言葉を心で反芻はんすうした。


 まぁ、私が美人なのは世界の真実なんだけど、と思いながら受けた注文を伝えると、キッチンからバイトの男の子が顔をのぞかせた。


「さっきの子たち超かわいくなかったっすか? リーダー、ちょっとだけ俺とフロア代わってくださいよ、あの子たちの注文だけ!」

「うっさい。サボらずにちゃんと働け!」

「了解っすー。あれ、なんかメモの端、焼け焦げてません?」

「えぇ? 火事なんか起きたら大変なんだから。気を付けてよ」

「リーダーが持ってたんじゃないっすかぁ。でもレジに燃えるようなものないっすよねぇ」


 不思議そうに首をかしげるキッチンの男の子にメモを押しつける。レジをさばきながらも怜の視線は魔法少女たちから離せなかった。楽しそうに談笑する姿は普通の女子高生にしか見えない。ハンバーガーを受け取ってから食べている間も周りを警戒しているような様子もない。顔を知っていなかったら、怜も自分の敵だとは気付かなかっただろう。


 ようやく行列を捌ききり、レジが落ち着きを取り戻す。一息つける、と思った矢先、店内のそこかしこで警告音が鳴り響いた。


『魔族速報です。国道十五号線東高杉ひがしたかすぎ駅付近で魔族の攻撃が始まっています。近くにいる方は気を付けて避難を始めてください。繰り返します……』


 魔族の攻撃を知らせる速報がスマホに届くようになって数か月。最初こそ大きな音でびっくりした客たちだったが、警報が止むとすぐに平静を取り戻す。週に一度は鳴るこの警報に慣れてしまったのか避難指示を聞いても一向に逃げ出す気配はない。誰もが心の中で魔法少女が助けに来て、ここまで魔族が来ることはないと高を括っている。


「ちょっと。みんなスマホはロッカーに入れるってルールでしょ」

「そういう怜だって鳴ってたよ。今日は店長いないんだし見逃してよ」

「まぁ、告げ口するつもりはないけど。ってヤバっ!」


 怜はスマホのホーム画面を見て驚いたふりをする。


「ごめん! 今日大学のレポート提出だった! ちょっと抜けさせて」


 両手を合わせて拝むように頭を下げる。


「もう、黙っててあげるからお互い様ね。早く行ってきなよ」

「ホントごめん。終わったらすぐ戻ってくるから!」


 顔を上げてロッカーに向かう前に客席を見る。怜の想像通り、三人が急いで店から飛び出すところだった。


「邪魔されたお礼は、とりあえずぶん殴ってから考えるよ!」

「私もちょっとおつむに来たわね」

黄昏たそがれ饗宴きょうえんに無粋な不協和音。燃やし尽くしてくれる」


 これはすぐに戦うことになりそうだ、と思いながら着替えを済ませ、怜は現場と言われた国道へと急いだ。


 帰宅ラッシュの国道は一部が突然現れた半透明の半球体に阻まれ、そこから逃げ出す車たちのせいでパニック状態だった。


 ボンネット部分が半球体に埋もれた車が必死にバックしようとアクセルを踏んでいるが、後輪が空回りするばかりでまったく動く気配がない。恐怖に固まる男に近づくと、怜は変装を解き、本来の姿に戻った。


 炎のように赤い髪が地面に届くまで伸び、その瞳と右手も同じように赤に染まる。ウロコと尾ひれのついた大きな尻尾が飛び出す。他は人間の姿とほとんど変わらないのに、異形なパーツが彼女が魔族であることを証明していた。


 怜美怜とは、人間界に紛れ込むための仮の姿。本当の彼女は侵略軍週休七日ヴィランズ・ホリデーの幹部、レヴィアである。


「ウチの言うことを聞いて。『僕が先に好きだったのにスティール・オブ・ファーストラブ』。さぁ、車から降りて」


 レヴィアがそう告げると、さっきまでアクセルを半狂乱状態で踏んでいたドライバーの中年の男はぼんやりとした目で車を降りてレヴィアの隣に立った。同時に半球体が消え、ボサボサ頭に無精髭が伸びたままのスウェットを着た男がレヴィアに小さく片手を挙げた。


「トール。どういうこと? 今日攻撃をしかけるなんて聞いてないんだけど」

「魔王様がやれって」


「何の作戦会議もなしに? そんなのおかしいじゃん。前はちゃんと作戦を決めて戦ってたのに。最近急にウチらの直属の兵士を引き上げさせて、ウチらだけに戦わせるし。絶対おかしいよ」

「僕は知らない」


「ウチらってさ、幹部なんだよね? 扱いがひどすぎない」

「さぁ? それより来たよ」


 空に三本の光の線が走る。ほんの数十分前に接客したときと同じ顔の三人がそれぞれのコスチュームに身を包んで現れる。


週休七日ヴィランズ・ホリデー! 交通の妨害はやめなさい! 私たちが相手だよ!」

「煉獄より来たりし正義の使者、見参!」

「出てきたタイミングが悪かったねぇ。ちょいとお仕置きさせてもらいますえ」 


「魔法少女、熾天使の翼セラフィック・ウイング。こっちは相手なんてしたくないんだけど」


 レヴィアの愚痴も虚しく、漆黒のコスチュームをまとった燐火がまっすぐに飛び込んできた。

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