第10話 供火瓶

 空へ飛ぶにはそれを補助する道具が必要だった。さすがに羽を生やすみたいな馬鹿げたことは考えていない。冷静に考えて、空を飛べるほどの羽を生やす……というのは童話的な話すぎる。

 そりゃ羽を生やして空を飛べるのならそれが一番手っ取り早いのだろう。

 だけれどそれは夢物語。そういう風に進化したいと願うか、羽を生やす薬でも作るか。どっちにしろとても現実的とは言えない。宙に行く。そもそもそれ自体が非現実的だろうと言われてしまえば反論の余地もないのだが。


 例えば飛行機、ロケット。別に某青色のネコ型ロボットが出してくるタケコプターでも構わない。とにかく人間の力だけで空へと飛び立つのは不可能だった。


 初っ端から蒼い星に飛び立てるほどのものを作れるとは思っていない。

 幾度となく挑戦し、失敗を重ねつつ着実にステップアップして、やがて蒼い星へ飛び立てるだけのなにかを作り上げる。


 まず大事なのは「仕組み」を理解することだった。それは簡易的で構わない。小さくて構わない。

 とにかくその仕組みをこの世界で具現化できるか。そこを試す必要があった。

 少ないかつ拙いながら、ロケットの知識はある。これでも宇宙大好きっ子だったのだ。小さな頃、色んな本やネットを漁って、知識を仕入れていた。


 ロケットは爆発的なエネルギーを噴出し、推進力を得ている。


 仕組みは応用できる。

 ただロケットの動力源、エネルギーさえも同じものを使うというのは少し難しい。この世界にロケットに使われるような燃料があるか未知数だからだ。

 少なくともヴァルカ村の文明を見ている限り、世間一般的に出回っているとは思えない。もしかしたらこの世界でもっとも学問の発達した学校であれば取り扱っているかもしれないが、それでさえ確証はない。


 あまりにも未確定な要素に望みを託すのは……愚の骨頂と言える。


 仮にこの世界にその燃料が、エネルギーが存在しえなかった時に、すべて水の泡になってしまうからだ。


 まずやるべきはリエナへの知識の共有。

 それからこの世界での代替品を探す。

 極論を言ってしまえば超高圧の水だって良い。

 ロケットを押し上げ、軌道に乗せる力さえあれば構わない。


 そもそもなのだが、私の知識がこの世界において適用されるかすら不明だったりする。だって考えて見てほしい。この世界には雨に濡れて湿っても消えない火が存在するのだ。燃やしても溶けない氷だってあるらしい。

 前者はともかく後者はあっちの世界でも似たような話聞いたことあるような気もするが。


 とにかく、私の知っている化学の法則に反するものが存在している以上、私の知識すべてをまずは疑った方が良い。それはもちろんロケットの打ち上げ原理だって適用されるわけで。じゃあどうやって疑うか、どうやって疑問を解消するかってなると、小さなモニュメントみたいなもので試作品を作成し、打ち上げる。別に人は乗れなくても良い。側がダサくても良い、脆くても構わない。大事なのは打ち上げに必要な原理がこの世界にて適用されるか否かがわかるかどうか、それだけ。単純明快である。


 それにリエナにそれを見せれば、仕組みを理解してくれるはず。

 という甘い計算で淡い期待を抱く。


 今日も一時間半くらいかけて配給から戻ってきたリエナに声をかける。


 「ペットボトルってある?」

 「ペットボトル……?」


 相変わらず質素すぎる料理を机の上に並べ、首を傾げる。

 そうだろうなとは思っていたが、やはりペットボトルはないらしい。ふむ、どうしたものかなと考える。


 「そのペットボトルっていうのはどういうものなの?」

 「どういうのって聞かれると難しいなあ、うーん。水を貯めるボトル……容器。かな」


 この説明だと水筒がポッと出てくるが、かと言ってポリエチレンなんとかかんとかを使って作られた透明で安全性の高い容器で……みたいな説明をしたところできっとリエナからしたらちんぷんかんぷんだろう。そこだけ急に聡明になられても困る。仮に私より詳しい説明をしてきたら、ロケットエンジンの推進剤として使用できる燃料がこの世界に存在しないし、あってもそう簡単に使えないだろうという前提条件を覆す必要がある。


 「これじゃあダメ?」


 と言って立ち上がる。それから棚からカップを取り出して首を傾げる。

 たしかに水を貯める容器ではある。私の言葉からはなにも逸れていない。むしろ言葉通り。


 でも違う。


 「もっと、こう、なんだろう。密閉性? がある感じ」

 「密閉性……」

 「うーんとね、密閉性っていうのは隙間がなくて、液体とか気体……空気が一切漏れないような状態のことね」

 「わかるよ、それくらい。私のこと子供だと思ってるでしょ」


 カップを元の場所に戻したリエナは不満をアピールする。むっと頬を膨らませた。


 「ごめんごめん。そういうつもりじゃなかった」


 と、謝罪。

 密閉性っていう言葉も通じなかったのかと思った。なにが伝わって、なにが伝わらないのか。よくわからん。法則性……あるのかな。


 「で、そんな容器に心当たりはある?」

 「うーん……ちょっと考えてみるね」

 「そっか。ありがとう」

 「なにに使うの?」

 「空を飛ぶ原理、少し考えたから。それをリエナに説明するのに使おうかなと思って。ほら、口であれこれ説明するよりも、物で見た方がわかりやすいでしょ?」


 少し考えたと言うけれど、別に考えてはいない。元ある知識をそのまま使おうとしているだけ。

 まあいいや。

 細かいことはね。


 リエナは私の言葉を聞くとなるほどという感じでぽんっと軽快に手を叩く。

 満面の笑みを浮かべていた。


 「そういうことなら! ちょっとまってて!」


 るんるんである。声を弾ませまくっていた。お互いに座って、目の前にご飯があって、さあ食べようというタイミングだったのに立ち上がってガチャゴチャと棚を漁り始める。数分もすると目的のものを見つけたようで戻ってくる。

 手には瓶? のようなものがあった。

 瓶にしては柔らかそう。

 だけれどペットボトルよりは硬そう。

 ペットボトルと瓶の中間かな。


 「これならどう?」

 「とりあえず借りていい?」

 「どうぞ」


 リエナから受け取る。

 質感は瓶に近いけれど、硬さはペットボトルに近い。形もペットボトルのような形。キャップ式なのもポイント高め。あとは内側からの圧力にどれだけ耐えられるか……だが、こればっかりは触っただけじゃわからない。


 「どう?」


 グイッと私の顔を覗き込む。

 比喩でもなんでもなく、目と鼻の先にリエナの顔があって思わずギョッとする。


 ビックリして若干顔を引き攣らせる。

 するとリエナはキスでもするんじゃないかって位顔を近付かせてくる。


 な、なにこれ。


 「ねえ、これじゃダメ?」


 うるうるした瞳。

 上目遣い。

 私の心を鷲掴みにする。

 卑怯だ。


 「どうだろうね。わかんない」

 「なら使ってみてよ」

 「別にそれは良いんだけど。壊れちゃうかもしれない」

 「そうなの?」

 「そこは大丈夫?」


 内側からの圧力に耐えられなければ壊れる。ひび割れるか、爆発するかもしれない。

 こればっかりはやってみないとわからないのだが。

 確率的にはハーフハーフってところか。壊れる気もするし、成功する気もする。正直どっちかわからない。触っただけじゃ尚のこと。


 「良いよ。これ供火瓶だから。いらない」

 「……供火瓶?」


 知らない単語ばかり出てくる。この世界に来て何度目だろうか。


 「うん、供火瓶」

 「なにそれ」

 「供火を保管する瓶だよ。この中に供火を宿らせるの。だから壊していいよ。あっても使わないし」


 そのままだった。

 でも耐熱性はありそう。って考えると、そこそこの内側の圧には耐えられる気がする。密閉性は担保されてる……のか?

 中で供火を燃やすってことは酸素を中に取り込まなきゃいけないわけで、密閉性があるとは思えない。密閉性がないようじゃペットボトルロケットの代わりには絶対にならない。


 「とりあえず……水入れてみていい?」

 「いいよ」


 水がこぼれれば密閉性はないし、こぼれなければ密閉性はある。水すら通さない小さい穴があるとかだともうどうしようもないれど。

 質素な食事を爆速で終えて、貯め水を供火瓶に注ぐ。どぼどぼどぼと音を立ててどんどんと貯まっていく。そしてすぐに満杯になった。たっぷり入った水はどこからも漏れていない。漏れる気配もない。蓋を閉めて、思いっきり振る。びちゃびちゃと中で音はするけれど、それだけ。外に漏れるようなことはない。

 一応密閉性も確認できた。


 「どう?」

 「これなら大丈夫そうかも」


 そう答えると、リエナは嬉しそうに微笑む。


 「じゃあ飛ばせる? 飛ばせるよね?」


 まるで子供のような反応だ。

 そうだよって肯定してあげたいのだが、生憎そうもいかない。


 「まだ準備しなきゃいけないもの沢山あるから。すぐは……無理じゃないかなあ」


 加工していない機体を手に入れただけ。機体になる部品を手に入れたという表現の方がもしかしたら適切かもしれない。

 リエナは露骨に落胆する。肩を落として残念がった。別に私はなにひとつとして悪いことはしていない。なのになぜか悪いことをしたような気分になる。もうちょっと言うと変な罪悪感みたいなものを抱く。


 「そっか」

 「でもいつかはできるよ……それに、確実に一歩空に近付いたから。そんな落ち込むことじゃない。うん、そうだよ、うん」


 自分に言い聞かせるような形でリエナに声をかける。


 「そうだね」


 リエナはくしゃっとした笑顔を見せる。


 まだまだ蒼い星には届かない。スタートラインにすら立てていない。それが現状。でもスタートラインに立とうっていう準備はゆっくりながら進む。たったそれだけのこと……なのかもしれないが。ただ願っていただけの頃に比べれば大きな進歩と言えるだろう。

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