第5話 笑顔の奥にあるもの
数日後、私たちはいつもの噴水の前で待ち合わせていた。
紬「詩音、遅いよー」
詩音「ごめんごめん、ちょっと準備に手間取っちゃってて」
このとき、胸の奥がふっと冷えるような、妙な違和感が走った。
詩音は、今まで一度も待ち合わせに遅れたことがなかったのだ。
――でも、そのときの私は、それを深く気に留めなかった。
紬「じゃあ、行こっか」
そう言って、私たちは並んで歩き出した。
⸻
紬「こうやって一緒にご飯食べるの、久しぶりだね」
詩音「……うん、そうだね」
詩音の返事は、いつになく歯切れが悪かった。
どこか居心地の悪さを感じながらも、テーブルに届いた料理に箸を伸ばす。
少し迷いながらも、私は思い切って踏み込んだ。
紬「詩音、先週、面接って言ってたよね?どうだった?」
詩音「……別に。普通だったよ。」
詩音(心の声)
(……落ちたなんて、口が裂けても言えない……)
紬「えっ、今……何て言った……?」
詩音「……?普通だったよ、って言ったんだけど?」
紬「……そう? なら、いいんだけど……」
確かに、“落ちた”って聞こえた気がした。
でも詩音の口は動いていなかった。
――気のせい……そう思い込もうとしたけれど、胸のざわめきは消えなかった。
詩音「私は大丈夫だよ。紬こそ、大丈夫なの?」
紬「え? ええ……うん。
実は……一次面接、受かったんだよね」
その瞬間――詩音の表情がわずかに曇った。
でもすぐに、いつもの笑顔を作ってみせた。
詩音「……そっか。よかったね」
笑っているのに、
その一言が、妙に冷たく聞こえた。
私たちは食事を終え、再び噴水の前で別れ、それぞれの帰路についた。
数メートル歩いたあと、何気なく振り返ると――
詩音の足取りは、どこか重たそうに見えた。
その姿が、なぜか胸に引っかかった。
⸻
家に帰り、着替えを済ませて一息ついた私は、彼女にLINEを送った。
「今日は久しぶりの食事、楽しかったね。
またタイミングが合ったら行こうね。」
詩音は、昔から几帳面で、すぐに返信をくれる子だった。
……でも、その夜、詩音の名前の横には、いつまで経っても「既読」の文字が現れなかった。
「きっと疲れて寝ちゃったのかな」
そう思いながら、私も静かに布団へ潜り込んだ。
⸻
翌朝。
LINEを開くと、そこには「既読」の文字。
でも――彼女からの返信はなかった。
紬(心の声)
「……どうしたんだろう」
そう呟いた瞬間、
私はもう、気づいていたのかもしれない。
――私の知らないところで、彼女の心は、少しずつ遠くへ歩き出していたのかもしれない。
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