Code9 ―対龍害特殊作戦部隊―

ペンギン猫会長

プロローグ「撃てなかった少女」

 龍害。

 それは地上最強の生物である龍種たちによる、一種の災害の一つだ。

 龍によって田畑が荒らされ、生態系が乱され、建物が壊され、そして人が喰われる。時には天候や噴火などの自然災害さえ龍種によって引き起こされ、龍害の一つに数えられる。


「撃てっ! 殺せっ!」


 教官の声はリサにとっては疑う余地のないことだ。

 目の前の燃え盛る都市の上空には、耳が引き裂かれそうな鳴き声を発しながら旋回する数体の龍。

 翼龍種に該当する“ライダードラゴン”。ガタガタの牙が並んだ口の奥からは、朱色に輝く炎を吐き出している。

 その炎は建物に掠るだけで燃え移り、人が長い時間をかけて積み上げた建造物など簡単に灰へと変わってしまった。


 ――殺さなきゃ。


 思いははっきりとした言葉で頭の中に反響する。

 しかし、引き金にかかった指に動きはなかった。

 標的は小さな小さな“ライダードラゴン”。上空の群れから逸れた、子供の個体だった。

 子供でも、龍は脅威だ。

 体躯だって大人の熊ほどはあるし、当然噛みつかれれば骨ごと引きちぎられる。

 だが、今リサが構えている『BR314』の引き金を引き、弾丸を額に当てれば簡単に殺すことができる。


「何をしているっ! 撃てっ! いったい何のためにお前は生まれてきたと思っているんだっ!!」


 龍殺しがリサの存在証明だ。

 幼い頃に親を亡くし、滅龍部隊【ブルスバーグ】に拾われてから、龍殺しだけがリサが生かされ、この世に存在していることが許される唯一の条件だった。

 親は龍に殺されたらしい。

 だから、リサは龍を恨まないといけない。

 リサは一歩前に出た。

 さらに一歩。そして、もう一歩。

 まるで、目の前に脅威があれば、自分の生存本能が引き金を引かせてくれると信じ込んでいるかのような歩みだった。

 教官の怒号が遠くに感じた。周囲の訓練生の視線が消えてなくなったように感じた。

 この龍殺しの養成所の卒業試験。

 実際に龍を殺すことで、リサは晴れて【ブルスバーグ】の隊員になれる。

 目の前の子供の“ライダードラゴン”が威嚇の鳴き声を上げた。


 ――あぁ、噛みつかれる。


 あと一歩近づけば、リサの首は簡単に目の前の龍に持って行かれてしまうだろう。

 だが、リサの生存本能が引き金を引くことは無かった。


 バンッ


 リサの耳の横を弾丸が通り抜けた。

 放ったのは、別の訓練生だった。

 リサが振り返ると、引き金を引いた訓練生はリサのことを犬の糞でも見るかのような目つきで睨んでいた。


「……失格だ」


 教官の失望の声が聞こえた。


「忌まわしき龍種を前に、その愚行。貴様に滅龍部隊へ行く資格はない」


 リサは優秀な訓練生だった。

 実技でも座学でも成績はトップだったし、それが当然だとも思っていた。

 だが、最後の最後で、リサは最底辺の成績を取ってしまった。

 

 ――――そんなリサが辺境の配属を知らせる辞令とともに養成所を退学となったのは、この一件の一ヶ月後のことだった。

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