第46話 ただいま

 一行は王都へ入り、王城へと帰還した。

 馬車を降りて伸びをしたアルヴェスターはユフィに手を貸す。降りるのを待ってから「さて」と一同を見回した。


「それじゃあ皆で陛下に帰還挨拶に行こう」


「了解です」


 帰還して気も抜けたのか、のんびりペースで歩き出すアルヴェスターの後ろを一同が続く。その中にはエラゼとシーランもいて、シーランはまさかの事態に驚きを露にしたが他の侍従たちにも促されて歩き出した。


 贅を凝らすよりもどこか落ち着きのある城の廊下を歩く。時折すれ違う者たちが王太子一行の帰城に「おかえりなさいませ」と頭を下げると、アルヴェスターも「ただいま」と気さくに応じた。


「ユフィ殿もただいまって言ってやるといいから」


「えっ……! わ、わたしがそのようなこと……」


「いいからいいから。ほら。――おっ。ただいまー」


「おかえりなさいませ。殿下」


 通りかかった文官らしい者たちがアルヴェスターに頭を下げる。それを見つつアルヴェスターは「ほら」とユフィにも促すので、ユフィは驚きと戸惑いで口籠った。

 しかし、王太子殿下からのお言葉だ。無にしては失礼である。


「あ、えっと……その…た、ただいま、戻りました……」


「おかえりなさいませ。ユフィ様」


 精一杯の言葉に返ってくる笑顔。ぶわりと胸に広がって、苦しくなる感情。

 苦しくて、俯いて。だけどほわほわとするあたたかさ。


 望まれないと思っていた言葉でも、それでも――……。


(わたしが、いてもいい場所なんだ……)


 歩みを進めた一行は、その先にある謁見の間に到着した。かつてユフィが国王と謁見したその場所である。

 開けられた扉の先には揃っている重鎮たちと、奥の玉座に座る国王の姿がある。


 鷹揚と悠然と座る国王のもとまでアルヴェスターはユフィと共に進む。扉から入って数歩で従者たちは足を止め、さらに進んだところで騎士たちが足を止め、半分を過ぎたところでアルヴェスターとユフィ、オルガが足を止めた。


「ただいま帰還しました。陛下。はい、ユフィ殿も」


「たっ、ただいま戻りました……!」


 ぴしりと背筋を伸ばしたどこか緊張気味のユフィ。けれどそこに見えるのは出発前とはどこか違う空気。

 感じとれたオルティス王はふわりと口許を緩めた。


「おかえり。アルヴェスター、ユフィ殿。そして皆よ。無事の帰還を喜ぶぞ」


「会談は無事に終了、式典も滞りなく終えることができました。ええ……報告書、いります?」


「あたりまえだ」


 最初こそきりっとしていたのに、面倒いやだモードに入ったアルヴェスターの顔が歪む。当然とするオルティス王に揃った重鎮たちもうんうんと頷く。

「めんどくさい」というぼそりとした呟きは隣にいたユフィにも聞こえていて、国王を前にユフィも狼狽えてしまった。アルヴェスターは父親相手としか思っていないのか心臓によろしくない。


 そんな息子だと分かっているのか、オルティス王はその視線をユフィに向けた。


「さて、ユフィ殿。忙しい日程も終えることができた。今後はゆっくり過ごしてくれ」


「はい。ありがたきお言葉にございます」


「オルガ、皆もご苦労だった」


 国王の言葉に一同が深々と頭を下げて膝をつく。それによって帰還の挨拶は終了となり、オルティス王は席を立つとユフィたちのもとへやってくる。オルティス王が席を立てば檀上の両端でひそりと護衛をする騎士たちが王につき従う。周囲ではすでに重鎮たちの空気も柔らかなものになっていて、謁見の間全体が軽くなっていた。

 形式は終わりだ。そうだと分かる空気にアルヴェスターも「終わった終わった」と気楽だ。


「大変だっただろう。ユフィ殿」


「いえ、そのようなっ……」


「そうか? 少し前とは違う表情に見えたが、気のせいか?」


「え……」


 心当たりのないユフィは首を傾げるが、前にいるオルティス王はどこか笑っていてよく分からない。

 ユフィになにかいい変化があったように感じつつ、それを与えたおそらくの要因にオルティス王は視線を向けた。


「オルガもご苦労」


「はっ。今回はわが身の至らなさを痛感するばかりでしたので、そのようなお言葉はもったいのうございます」


「なんだ。アルヴェスターはしかと婚約者候補にならなかったのか?」


「やりましたよー。何回オルガの私情視線に刺されたか。それにオルガが暴走しようとするから俺は何度止めたことか。俺も頑張りました。褒美がほしいくらいです」


「そうか。ではその頑張りは報告書でしかと私に伝えるように」


「うっ……! ほ、補佐官の報告書で……」


「ならん」


 自己製作から逃げようとしても無駄である。息子の考えなどお見通しなオルティス王はやれやれと肩を竦めた。

 国王と王子ともなれば難しい親子関係でもありそうなものだが、目の前の二人にそれはない。面倒がる息子と呆れている父親にしか見えない。

 そんな家族の光景にユフィは少し不思議そうな、じっと見つめるような視線を送っていた。


 苦労したんだと顔に出して訴えるアルヴェスターにはオルガの眉が動き、それを見てオルティス王は喉を震わせ、見ていたユフィは俯き加減の先で気づいた。


(あれ……?)


 オルティス王の後ろに控える護衛騎士。その制服はオルガも着ているので見慣れている。

 国王護衛部隊の隊長であるオルガ、その部下たち数名がユフィの護衛につくことになったので、現在のオルティス王の護衛部隊は人員が減っている。オルガは隊長である自分が抜けても頼れる人がいると言っていたが、今後ろに控えているのがその人なのだろうか。


(だけど、この御方は……)


 俯き加減の視界には人の足や獣人の尻尾がよく見える。だから分かる。


 品格と機動性を兼ね備えた隊服。その足の傍に見える尻尾は細く、先端に房がある。他の種では見ない特徴は、オリバンズ国では四種しかいない聖なる獣の一種。

 怪訝に思ってそっと視線を上げた。


(あ……)


 四種聖獣の一種『獅子種』であり、以前一度会って気さくに言葉をかわしてくれたこの国で最も尊い女性。そんな人はユフィの視線に気づいたのだろう、挨拶をするように手を振ってくれる。


(王妃様がどうして近衛騎士の隊服を……?)


 オルガも国王も平然としている。驚くことではないのだろう。

 しかしユフィにとっては驚くことである。その驚きと視線に気づいたオルガは、ユフィの視線の先を見て納得したような顔をした。


「俺が留守の間、ラジェイナ妃殿下が陛下の護衛部隊隊長代理を引き受けてくださったんだ」


「そ、そうだったのですね……。ですがその…なぜ、王妃様が……?」


「母上は陛下の元護衛騎士だから」


「えっ」


 初情報に目を瞠るユフィに、オルティス王もラジェイナも喉を震わせた。

 オルティス王はラジェイナに隣に来るよう誘導すると、ラジェイナも笑みを浮かべてユフィの前へとやってきた。


「驚かせてしまったな。私は元は陛下の騎士で、オルガとは同じ立場にいたこともある。こういうときは二役できるから私から立候補したんだよ。久しぶりに身体を動かせていいからな」


「二役……」


「便利だろう?」


 便利、といってもいいのだろうか。迷ってしまう。

 しかしラジェイナはどこか満足そうである。その傍でオルティス王はおかしそうに笑っている。


 つまり、オルティス王は自分の騎士を妻にしたということだ。それも妻は一人のまま他は娶っていない。


「だけどオルガ。私はもう少しこのままでもいいよ?」


「とんでもない。妃殿下にはお戻りいただきます」


「たまにはいいじゃないか。私だって鍛錬したいのに」


 唇を尖らせるラジェイナだがオルガは意に介した風もない。

 そんなオルガにラジェイナは「陛下もなんとか言ってよ」と不満を露にするが「私は戻ってくれたほうが嬉しいな」とオルティス王もオルガ派の様子。それにまたラジェイナが頬を膨らませた。両親の仲睦まじさにアルヴェスターが隠すことなくため息を吐く。

 ラジェイナが不満そうながら了承し、オルティス王はオルガを見る。


「しかしオルガ。今日は帰宅を許そう。ユフィ殿もお疲れだろう」


「感謝いたします、陛下」


 恭しく礼をするオルガの前ではラジェイナが頼もしく胸を張る。今日はまだ護衛騎士ができることに満足らしい様子に、ユフィはラジェイナがその仕事を好きなのだろうと感じた。


 そうしてユフィはオルティス王とラジェイナの前を辞して、ウルフェンハード公爵邸へ向かう馬車へと乗りこんだ。






 久方の公爵邸。懐かしくて、けれどどこか安心感がある。

 そう感じて馬車を降りたユフィは、差し出された手を見た。


「おかえり、ユフィ」


「はいっ……! ただいま戻りました、オルガ様。オルガ様もおかえりなさいませ」


「ただいま」


 王城からついて来たのはリークヴェルと、エラゼ、そしてシーラン。シーランは屋敷を見て驚いた顔をしつつも、揃っている少人数に僅か怪訝と眉を寄せていた。


「「おかえりなさいませ。若旦那様。若奥様」」


 扉を開ければ出迎えの一同。

 平然と受けるオルガと気圧されるユフィ。オルガはすぐにそっとユフィの背に手を添える。頭を上げてそんな二人を見つめ、執事のダリオスは笑みを深めた。


「出迎え感謝する。ただいま」


「た、ただいま戻りました」


「長い留守からのご帰宅お喜び申し上げます」


 驚いた出迎え。慣れなくて申し訳なかったのはこの屋敷に来た初めての頃。今は少しだけ受け入れられる気がする。

 そう思えるようになったのはきっと、オルガと、皆の笑みのおかげ。


(ここが、わたしの帰る場所なんだ)


 それがあることは、泣きそうなほどに嬉しいことなのだと、初めて知った。変わっていくことに少しだけ恐怖と、喜びを感じながら。


「全員揃っているなら話がある。――シーラン」


「はいっ……!」


 オルガは後ろに視線を向けシーランを呼ぶ。エラゼに促されるままに前へ出たシーランは、公爵邸の使用人たちの中の圧倒的に多い獣人と数名の人間を見て驚きと緊張を抱いているのか、少し硬い動きで前へ出た。

 そんなシーランをオルガは一同に紹介する。


「彼女はシーラン。ユフィとも縁があり、俺が招いた。試験後に正式に彼女を雇うかどうかを決めるつもりだが、そのつもりでいてくれ」


「「承知いたしました」」


「あ、あのオルガ様……」


 詳細を知らないシーランが傍で困惑している様子だ。

 俯き加減でも精一杯の視線で見上げてくるユフィにオルガもひとつ頷いた。


「休まなくて平気か?」


「はい」


「では着替えてから改めて話をしよう。エラゼ、ミュレス」


「「はい」」


 呼ばれた二人はすぐにやってくる。それを見てからユフィはシーランに向き直った。

 驚きと困惑を抱いているだろうシーランは、それでもなにを問うこともしない。使用人としての姿勢を保つ姿に、それでもちゃんと伝える。


「シーラン。ちゃんと話がしたいです。すぐに戻りますから」


「は、はい。分かりました」


 少し緊張させてしまったかもしれない。そうならば申し訳なくて、ユフィはいそいそと人間種のメイドたちとともに部屋へと向かっていった。

 それを見送りダリオスは他の使用人たちにてきぱきと指示を出す。口を出す必要などないオルガは身体ごとシーランに向き直った。


「シーラン。こっちへ。話がある」


「――はい」


 知らないこと。知らされること。

 シーランは自分の心を叱咤して、オルガの後ろを続いた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る