第20話 獅子家の洗礼

 掲げたグラスに口をつけ、各々が挨拶や食事へと戻る。華やかでも気さくで、活気と笑顔の空気が再び目の前に広がる。

 それを見ていたユフィの隣から声がかけられた。


「さてユフィ殿。皆もそなたと話をしたいと思っているだろう。オルガとともに行ってくるといい」


「は、はいっ」


「オルガ、後を任せる」


「はい」


 国王にも挨拶があるのだろう。ユフィはそっとオルガを見上げると、オルガは安心させるように微笑んだ。


 ユフィの初めての獣人との交流が始まる。

 王家の面々から離れたユフィは初めての貴族との挨拶に緊張を感じていたが、いきなり囲まれるようなことはなく少しほっとする。そんな様子を見て小さく笑ったオルガは、ユフィの手を引いて歩き出した。

 が、誰も声をかけてはこない。


(わたしが、ノーティル国の人間だから……)


 停戦協定のためとはいえ、やはりよく思えない相手だろう。ノーティル国が獣人をどう思っているかはオリバンズ国でも知られたこと。

 嫌に思うだろうと視線も下がる。


 そんなユフィの隣で、オルガが足を止めた。


「ユフィ」


「はいっ」


「四種聖獣種はまず同じ聖獣種に挨拶に行くことが常だ。だから、まずはレオルラーゼ公爵家との挨拶にいこう。他の貴族との挨拶はそのあとだ」


「! 分かりました」


 そうか。そういった理由があったのか。分かって少しだけほっとした。


 レオルラーゼ公爵家は四種聖獣の一種『獅子種』の家系だ。王妃もその家の出であるという。

 公爵家に関しては王家と同じように学んだユフィは、緊張しながらも必死に学習内容を思い出す。


「ご当主はライセルッセ・レオルラーゼ公爵様ですよね? 夫人のスーチファ様が奥方方のまとめ役となっておられて、後継のガディオス・レオルラーゼ様は騎士団では第二師団長を務めていらっしゃると」


「そう。他にも学んだことは?」


「はい。レオルラーゼ公爵家は王都を中心にするオリバンズ国の南西を治めており、とても武勇に優れていてその腕は国でも随一と。ノーティル国とは国境が接するため国境守護を任され、領民の皆さまも武を誇る公爵家の方々をとても誇りに思っていると。一夫多妻の家庭は、妻同士の相性を夫が見極め、妻をとても大切にしていらっしゃると」


「俺には及ばないだろうがな」


「え、あ、えっと……」


 喉を震わせるオルガが冗談を言っているのか本気なのかよく分からない。照れくさい気持ちとなんと返していいか分からない心から、どうしても視線を下げてしまう。


「ではユフィ。残る二家、フォックランズ家とイグハントリー家については?」


「フォックランズ公爵家は四種聖獣種『狐種』の家系で、国の北西を治めておられます。とても穏やかで仲間思いなお優しい種族で、武にも文にも優れていると。ウルフェンハード公爵家とも領地が接するので交易も盛んなのですよね? 領地では農業が盛んで、オリバンズ国の名産『アラッサ』の多くを生産していると。それから、イグハントリー公爵家は四種聖獣種『鷹種』の家系です。領地はウルフェンハード公爵家に隣接する国の南東で、ノーティル国との国境の半分を守護しておられます。国境守護の役割から武にも優れ、それに頭脳明晰で文官として国に仕えることも少なくないと。領地では漁業が盛んです。一夫一妻の家系で、パートナーには一途だとも」


 学んだことを口にするユフィをオルガはじっと見つめ、最後には「そうだな」と頷いた。それを見てユフィもほっと息を吐く。


 ユフィが日々勉強を頑張っていたことは知っている。エラゼからも話には聞いていたし、ダリオスもユフィを褒めていた。

 その努力は決して無駄ではない。ユフィの姿勢も、努力が少しずつ身についていることも、オルガは嬉しく思う。


(それに……)


 レオルラーゼ公爵家を探す傍ら、オルガはちらりと周囲に視線を向ける。


 唖然としたような。驚いたような。感心しているような。そんな面々がいる。

 獣人はその特徴から耳が良い。たぶんきっと、ユフィは緊張しどおしでそこに気づいていないだろうけれど。


 ユフィは無知ではない。オリバンズ国を嫌うこともない。

 自分なりに今できることをしている。オルガはそれを知っている。それを知らしめるにもいい機会だ。


 そう思っていると目的の人物を見つけ、その足がこちらに向かっているのを見たオルガはユフィを隣に立たせた。

 向かってくる獣人。オルガの尻尾でそっと促されオルガの視線の先を見たユフィも、その人物に気づいた。


「お久しぶりだな。オルガ殿」


「お久しぶりです。レオルラーゼ公爵」


「父君は息災か? 春の不参加はいつものこととはいえ、今日くらいは参加しろと思うがな」


「両親とも変わりなく。父は母を置いてこちらへ来たりはしないもので。本日も名代を務めさせていただきます


 鍛え上げられた体躯から漂わせるのは強者の風格。金色の髪と、光によって金にも見える茶色の瞳。

 国を支える立場がまとわせる空気よりも、武人としての空気が強く感じられてしまうのはその種族の特性なのか。


「お初にお目にかかる。ユフィ・ウルフェンハード夫人」


「お目にかかれて光栄にございます。レオルラーゼ公爵閣下」


 ユフィを見る眼光からその鋭さは抜けない。見定めるような鋭さに身体が竦む。


 社交の場というものに慣れていないユフィは絶賛緊張中だ。それに加えて警戒と見定めを向けられ、足が震える。崩れ落ちないように必死に堪えるユフィは小さく唇を噛んだ。

 それを目敏く見つけるのがオルガだ。そっと優しくユフィの背に手を添える。


「閣下。妻は初めての我が国の社交です。お手柔らかに」


「ウルフェンハードの番に牙は向けんさ。その立場と我が国や獣人の在り方に沿うてくれるのならな」


「我が屋敷ではいつも皆といろんな話をしていますよ。かくいう私も。だからこそ彼女はここにいる、ではないですか?」


 不安げなユフィの目がオルガを見上げる。

 明らかに自分に対してあまりよくない思われ方をしているのは分かった。それは当然のことなので反論はしない。

 けれど、オルガが前に立ってしまうのはあまりよくないのではないかと思ってしまう。


(わたしのせいで獣人の皆さまと険悪になってしまったら……)


 自分には反論できる言葉がない。だけど、だからといってオルガに反論してくれとは思わない。

 だから、ユフィはそっとオルガの袖を掴んで止めた。微かな力でもオルガはすぐに口を閉ざして視線を隣に向ける。


 だから、ユフィはレオルラーゼ公爵を自分の目で見つめた。


「公爵様。わたしはノーティル国の出身なので、皆さまが好く思えないことは重々承知しておりますし、それは当然のことだと思っています。……ですがわたしは、獣人の皆さまが優しく相手を思いやる心を持ち、知らないことを教えてくれる、心にあたたかなぬくもりをくれる方々であると思っています。……旦那様も、これ以上ないほど優しいぬくもりをくれる素晴らしい御方です。だから、わたしのことはわたしにおっしゃってください。旦那様に向けるものではないはずです」


 普段は自信もなく俯いて、消極的で、何かしなければと必死になる。

 そんな彼女はけれど、時折、オルガも驚くことを言ってのける。国王と謁見したあのときのように。


 そしてその言葉はあのときと同じ、周りの獣人たちの耳にも入る。それを聞き、レオルラーゼ公爵は口角を上げた。


「言ったなユフィ殿! これは面白い! ハハハッ!」


「え……」


 声を上げて笑う公爵にユフィは威勢を削がれて瞬く。その隣でオルガも口許に手をあてた。

 緊張させてきた公爵の空気が霧散して、オルガの尻尾が絡みついてきて、ユフィは二重の困惑を抱く。


「いや。オルガ殿が君に好くしているのは分かったが、君はどうかと思ってな」


「閣下。私と妻はとてもよき関係でしょう?」


「ああ分かった。分かったからその尻尾に困惑している妻に気づけ」


 ぎゅうぎゅうと尻尾に抱き締められてしまうユフィに公爵が助けを出す。オルガの喜びように公爵も肩を竦めた。「まったく」と言いつつもその眼差しは優し気だ。


「ユフィ殿。改めて、レオルラーゼ公爵家当主として、私個人として、今後もよろしく頼む」


「は、はいっ! こちらこそよろしくお願いします!」


 数分前とは違う親し気な空気をまとう公爵にユフィは頭を下げる。

 と、公爵の後ろからやってくる人物に気づいたオルガは少しだけ眉根を寄せた。


「親父。他の連中が挨拶したがってるぜ」


「ん? ああ、そうか。分かったすぐ行く。――ではオルガ殿、ユフィ殿、また」


 軽い挨拶を交わして去っていく公爵を見送ったユフィは、代わりにやってきたその人物を見上げた。


 逆立った金色の髪と茶色の瞳。頭にあるのは丸い耳、腰元には房の付いた細長い尻尾。レオルラーゼ公爵と同じ獅子種の特徴を持つ男性が立っている。

 引き締まった体格からは鍛え上げられた筋肉と若さ故のエネルギーを感じる。公爵に劣らない威風だ。


 再び緊張してしまうユフィだが、そんな人物の後ろからひょいと姿を見せた二人の女性と目が合った。


「わー。本当に人間種ちゃんだ。ノーティル国から来るならどんな嫌な女かなって思ったけど、仲良くなれそー」


「こら、失礼よ。彼女は我が国の、オルガ様の奥方なのだからね」


「はーい」


 のんびりとした口調とユフィの手を取り軽く振りながら握手をするのは猫の獣人、それを窘めるのは獅子種の獣人。どちらも女性で、親しい関係なのだろうと見て取れた。

 が、突然手を取られて握手させられるユフィは驚きで為す術なく、隣のオルガがやんわりと猫の獣人の手をユフィから離させた。


「ドロシィ殿、妻は我が国の社交が初めてですので」


「初めてだから仲良くねーって挨拶してたのにー。ねー? ユフィちゃん」


「ちゃ……え、えっと、はい……?」


「ユフィ。違うことは違うと言っていいんだ。相手に流されなくていい」


 初対面にしては距離が近い。ユフィが慣れずに押される隣で、オルガがその眼光を女性二人の後ろへ向けた。

 オルガのその視線の意味にすぐに気づいたのだろう、男はにやりと口端を上げた。


「おまえがそうしてるってことは、まあよかったじゃねえか」


「冷やかしなら余計だ、ガディオス」


 聞いた名前だ。ユフィの視線がその男性に向くと、強さと生命力にあふれたその目がユフィへ向けられた。


「俺はガディオス・レオルラーゼ。騎士団で第二師団の団長をしてる。んで、妻のケミティとドロシィだ」


「初めまして、ユフィさん。獅子種の一人、ケミティよ」


「猫種のドロシィでーす。仲良くしてね」


「お初にお目にかかります。ユフィと申します」


 ぺこりと頭を下げるユフィに、ケミティとドロシィも笑顔を浮かべている。

 ケミティはどこかおしとやかそうな、けれどしかとドロシィを窘める一面もあるようだ。ドロシィは会場の空気に一切怯まないのんびりとしたような様子と、社交の決まりで縛れないだろう態度を思わせる。


(獅子種は一夫多妻で、だから同じ獅子種の分家から妻を娶って、その妻に妻たちのまとめ役を担ってもらうってダリオスさんが教えてくれた)


 ガディオスには二人の妻がいるようだ。ドロシィのマイペースなところを上手くケミティが引っ張っているのだろう。

 一夫多妻という夫婦の形は、ユフィにとっては馴染みがない。ノーティル国では愛人がいることはあれど一夫一妻が夫婦の形だ。


(ウルフェンハード公爵家は明確に一妻と決まっていないってダリオスさんは言っていたけれど……)


 思わず、ちらりと隣のオルガを見上げてしまう。と、オルガは何を思ったのかユフィを見て微笑んだ。


「ガディオスや他の公爵家の子息令嬢とは幼馴染なんだ。それに騎士という仕事上、ガディオスとは付き合いも長くて。こいつは強さこそ正義、というようなところがあるから、ユフィは夫人たちとだけ交流してくれればいい」


「え、あ、ですが……」


「そだよー。仲良くしよ。ね?」


 相変わらず距離が近いドロシィに戸惑いつつも、ユフィはちらりとその視線をガディオスに向ける。


 同じ公爵家。四種聖獣の特別な獣人。交流を持つべき相手であるのは互いに同じなのに、そんなオルガの言葉に不快にさせたのでは……と思ったが、ユフィの視線にガディオスはにやりと口端を上げた。


「おう。嫁と仲良くしてくれ。俺は強え相手にしか興味がねえんでな。あんたが魔法でどんぱちやってくれるなら、俺も仲良くしてもらいてえんだが」


「口を慎め、ガディオス。陛下は魔法を使用するのではなく、知るためにユフィを招いたんだ」


「わーってるよ。俺はオルガと狩りやら試合やらをするんでな。そのときにでも嫁同士仲良くしてやってくれ」


「は、はい」


 強さに重きを置くのが獅子種である。

 それは種族について学ぶ中でも知ったこと。それを体現するガディオスはユフィにとっては初めて知る人柄で、慣れないからこそ少し緊張もする。

 同時に、魔法について使用するべきという声から守ってくれているのはオルティス王であるのだと強く感じる。


 親し気なドロシィにケミティもやれやれと肩を竦めるが強く諫めることはない。

 ノーティル国での社交会ならばまずありえない光景だ。これがオリバンズ国の楽しむ社交なのだと思うと、ユフィも張っていた気が解けて少しだけ口許が緩んだ。





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