第13話 調査結果

 意識するのは初めてだ。以前の火事を鎮めたという魔法は、そのときに感じた感覚どおりでいいのだろうか。

 ああ、いけない。以前のあれは使ってから倒れてしまった。倒れてしまったら、きっとオルガは「まだしばらくはだめだ」と許可を出してくれない。


 大丈夫だとちゃんと証明して。火事を鎮めるほどの魔法でなくてよくて。

 小さくてもいい。ちょっとでいい。


(もっと、オルガ様の、皆さまのお役に立てるように。ちょっとでいいから。少しだけ)


 ただ、そう念じることしかできないけれど。


 それでも、きゅっとユフィが強く思ったとき、ユフィもオルガも、リークヴェルもメイドも、頭上からの衝撃に襲われた。

 一瞬消えた音。ぽたぽたと髪の先から垂れる雫。足元に広がる水たまり。濡れた服。


「……え」


「あ、雨……?」


「いや。これは……」


 オルガの視線がゆっくりとユフィへ向く。ユフィも頬に髪を張りつかせ、驚いた表情で固まっていた。

 四人からぽたぽたと水が垂れ、足元で音をたてる。


「これは、ユフィが……?」


「えっと……」


「ま、超局所的降雨じゃない限りはそうですね。全身一気に濡れるような雨なんてありえませんよ。あの一瞬で。うっわ羽が……」


 翼が濡れた感覚が気持ち悪いのか、リークヴェルがえさえさと日向で翼を広げて乾かし始める。視界の端でそれを収めつつも、オルガはユフィをじっと見つめた。


「これは魔法で間違いないな……?」


「た、たぶん、そうだと思います……」


 局所的。空は晴天。雨量は地面がすぐに乾かず自分たちがびしょぬれになるほど。となると、もう魔法しかない。


「ユフィ。体調は?」


「だ、大丈夫です」


「本当に?」


「はい……!」


 ユフィはすぐに大丈夫だと言う。大丈夫でなくても。

 それを知っているオルガは精一杯アピールするユフィをじっと見つめ、小さく息を吐いた。


「ユフィ。すぐに着替えよう」


「あっ。お召し物を……申し訳ありません」


「気にしなくていい。着替えればすむ」


 同じように濡れてしまったメイドとともに、オルガはすぐに別のメイドを呼んで二人の身なりを整えさせた。

 着替え直して食堂へ行けば申し訳なさそうにしているユフィがいて、やはりまだ相席に迷いが見えるので、今日もユフィを膝に乗せてせっせとその小さな口へ料理を運んだ。






 ♦*♦*




 ユフィがオリバンズ国へ来てから、半月ほどが経った。

 火事を鎮火させてから魔法を使ったのは、四人でびしょぬれになったあの一度だけ。それまでは自分が魔法を使えるとも思っていなかったユフィの様子から、しばらくは使わないようにとオルガが言い聞かせた。

 ユフィは少し落ち込んだ様子ではあったが、慣れないときに魔法を使わせてまた倒れては元も子もないということで、オルガの指示に頷いた。それからは一層に屋敷の仕事に力が入っているとエラゼとダリオスから報告が上がっている。


 さて。ユフィの魔法について今後どうしていこうかと考えていたオルガは、王城にある近衛隊棟の執務室に入り椅子に腰を下ろした。

 オルガの仕事は国王の守り。しかし国王付きの部隊をまとめる立場として書類仕事も少なくない。


 今日も信頼できる部下に主君の守りを任せ、書類をこなす。

 オルガの執務室は、室内の扉を隔てて副隊長の仕事部屋に続いている。用があれば室内のその扉を開閉させるが、現在隣の部屋に気配は感じられない。


 獣人はその特徴故に人間種よりも五感が優れている。重要な仕事部屋などは簡単に盗聴されないよう壁も厚く、扉を閉めれば部屋の音が漏れることはない。


 そんな静かな周囲と室内の中、オルガはさっと鍵付きの引き出しを開けた。

 ――そこに入っている大きな封筒。


(ようやくか……)


 待ちに待った。耳と鼻、目を周囲に向け他人の気配も存在もないのを確認してから、オルガはその封筒を取り出して封を開けた。

 そしてその中に入っている書類すべてに目を通す。


 鋭い視線が書類を睨み、だんだんとオルガの表情も険しくなる。

 書類には文字のみが記されている。オリバンズ国の文字でもノーティル国の文字でもない。また別の文字言語。


 しかしそれをすらすらと読んだオルガは読み終えて封筒に仕舞い直し、再び鍵付きの引き出しに仕舞った。

 ふっと一度だけ意識して呼吸をし、机に積まれた書類を捌いていく。内容を見て、サインをする。


 国王を守るという重要な部隊の長を任されると必然、近衛隊の中でも立場が上になる。面倒な書類も多い。

 嫌な顔をするどころか、封筒の中を見て以降怒りを滲ませるような表情で書類を捌き、タンッと最後の書類にペンを走らせた。


(冷静になれ。うつけもの)


 しん…と執務室の静寂が強調される。ふっと短く息を吐き、今まとめた書類のうち数枚を手に取ると、鍵付きの引き出しから例の封筒を取り出し、同じように持つ。

 そしてオルガは執務室を出た。


 近衛隊は王族を守る隊として、騎士団よりも王城や王宮に近い位置にある。外に出て石畳を歩き、門をくぐって王城へ入る。そして迷いなく足を進め、オルガは国王執務室までやってきた。


 執務室の扉の傍には警備の衛兵が立っている。オルガを見て礼をする二人に軽く手を挙げ、オルガは扉をノックした。

 執務室は二間続きだ。扉を入ってすぐには王の侍従が控えており、国王の言伝を伝えに走ったり、来訪者に対応したり、国王からの雑事を引き受けたりする。


 扉を開けた侍従に用件を告げればすぐに国王に伝わり、オルガは奥の執務室へと通された。

 国王の執務室。侍従が開けた扉の先へ進んだオルガはまず、国王に一礼した。


「お忙しい中お時間をいただき感謝いたします」


「構わぬ。おまえは世間話をしにくることはないからな」


 軽やかに笑う国王の言葉を耳に入れつつ、そっとオルガは扉の傍に控える部下を見遣る。

 うむ。しかと仕事をしているようでなにより。


 オルガを見て喉を震わせた国王はその視線を扉の傍の二人へ向け、すっと手を挙げる。その意を察した二人は一礼し、すぐに執務室を後にした。

 がちゃりと扉が閉まる。それを確認してからオルガは国王の執務机に近づいた。


「来月のものです」


「おまえは真面目だな、オルガ」


 国王の身を守る面々は事前に決められる。人選はオルガが行い、事前に王に伝えることで身辺の安全を確保する。隊員にはその日に国王の傍に控えることが知らされ、情報がもれないよう勤務に関してはオルガと国王だけの秘密である。

 ざっとそれに目を通しながら、国王は調子を変えず口を開いた。


「本題はなんだ? ユフィ殿のことか?」


「……」


 確証はこの封筒か。それともただの勘か。

 国王の指摘に、オルガは「こちらを」と封筒を王に渡した。


 勤務表を置いた王は封筒を受け取り、紙を取り出して目を通す。自国のものではない文字も国王はすらすらと目で追っていく。

 閉ざした口はだんだんと歪み、薄茶の瞳が鋭さを増す。


「――……なるほど。おまえの推測はそのとおりだったわけだな。どうりであの細さと自信のない様子だ」


「ノーティル国側は……ユフィの父は、彼女の微妙な立場を利用し、こちらが魔法を欲していると読んで魔法を使えないユフィを寄越した。こちらが彼女をどう遇しようがどうでもいいというつもりです」


「彼女はすでにおまえの妻だ。そう手続きも終えてある。今更どうにもできん」


 怒りが沸き起こって仕方ない。ぎゅっと拳をつくるオルガを見遣り、国王はふっと口角を上げた。


 ユフィを迎えると決めたとき、さてどういう立場に置こうかと考えた。

 過去数度同じように女性がこの国に来たことがある。置いた立場はいろいろだが、それらは元より両国の間にある溝が原因でうまくいかなかった。それらを考慮して今回の決定を下した。


(オルガならうまくやれるかと思ったが、この勘は当たったようだな)


 オルガという人物の人柄を考えたことで出した結論でもあったが、うまくいってなによりである。

 妻のことを想い、怒り考えるオルガを見てどうにも微笑ましさを感じてしまいつつ、国王は書類へ視線を戻した。


「しかし、ヒーシュタイン侯爵家はユフィ殿が魔法を使えないと思っていたのだろう。なぜユフィ殿もまた、そうだと思っていたのか……。あの状況で突然開花したわけではあるまい」


「何かしらの要因があると?」


「さてな。ユフィ殿はその後、魔法を使ったか?」


「一度、水汲みの役に立とうとして水魔法を。……頭から水を被ることになりましたが」


 狙い通りに発現させられなかった不発。怒りなど微塵も感じていないがそれなりに衝撃があった。

 思い出すオルガを見て国王が「そうかそうか」と遠慮なく笑うので、オルガもぴくりと眉と耳を動かしつつも無言を貫いた。


「報告書によると、ユフィ殿がヒーシュタイン侯爵家で暮らすようになったときから魔法は発現せず、使えなかったとある。それ以前は分からぬのだな?」


「……母親とともに暮らしていたとは分かっていますが、それがどこで、どのような暮らしだったかまでは」


「母子だけの暮らしとなると想像は易い。その頃に果たして魔法を使えたのかどうかは本人に聞いてみるしかあるまい。どちらにせよこれではっきりしたわけだ」


「はい」


 国王が口角を上げてオルガを見る。その目にあるのは強い光であり、怒りではない。

 それを見るからこそ、怒りを感じる自分を抑えることができる。オルガもまた気を引き締め直して国王を見た。


「オルガ」


「はい」


「では、おまえの妻の披露目を行おう」


「……は?」


「なにを呆けている。もとは謁見の後の夜会で行うはずだったのがずっと延期になっているだろう。それだそれ」


 それは、では、で切りだす内容であろうか……?

 真剣と凄みさえ覚えた国王から発された言葉にオルガも一瞬思考が止まる。呆けたオルガに国王はそれまでの凄みを消すと、やれやれと肩を竦めて言った。

 分かるだろうと言わんばかりに言われるが、オルガは一瞬額に手をあててしまう。


「……予定にあったのは憶えております。まだ必要ですか?」


「当たり前だ」


 オリバンス国において、婚姻は書類の提出と挨拶が主である。

 平民ならば互いの同意と親族への挨拶、群れの長たる四種聖獣への書類の提出を行う。貴族ならば王への挨拶、親族や群れへの挨拶、群れの長たる四種聖獣への書類提出を行う必要がある。四種聖獣となると、王への挨拶と王への書類提出、群れへの紹介が主な流れだ。

 貴族という立場上、夜会などでは同伴することになるので必然他貴族への挨拶も行われることになるが、ユフィは国の協定によりやってきた身。獣人を妻にするのとは事情が違う。


 オリバンズ国から国の協定のためやってきた令嬢。

 だからこそ、国王は書類の提出と自分への挨拶だけで済ませず、謁見の後に夜会でユフィをオルガの妻として認め、それを宣言するつもりだった。が、想定外によりそれを行えていない。

 行えていなくとも別段に問題はない。すでに貴族の中ではオルガがユフィを妻として娶っていると周知されている。しかし、国王の狙いはそこにはない。


「陛下のお考えは分かりますが……」


「これを見てみろ」


 言いながら国王が一枚の書面をオルガに渡す。それを受け取ったオルガは内容を読み、眉根を寄せた。


「……なるほど。こうなるとまずは我が国の中で強く印象付けるがよいと」


「時間を与える。短いが一月後だ。いいな?」


「御意」


 王の言葉にすぐに頷き、オルガは早々にユフィの今後について考えた。





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