≠04:外道ぅー(あるいは、世界でいちばん/暑苦しい夏なんで/あきらめて、どうぞ)

 僕の逡巡を完全に置き去りにしつつ、掌サイズの画面の中では目まぐるしいカメラワークにて、今まさに「試合」とやらが開始されてしまったようだけれど。テーブルの天面に置かれた端末スマホの中空あたりでは、みとっちゃんがその太く短い手指十指全部を、往時の名人が戦いに臨む前に行っていたと伝えられている、聖なる前儀式ファミコンたいそうのようなせわしくも整然とした動きにてカクカクと動かし始めたのだけれど。え? これってもしかしてこういう風に操作するの?


「『魂バティ』元々の醍醐味は、自らの身体情報を有した『擬体アバトラ』を、機動武闘伝士ガン〇ムファイターが如く己の身にて操作するというところにあるが……まあそれは機材とか、場所とか、時間とか、制限されるものが多いよねってところで、新運営が簡便さと『肉体操作感』の双方を鑑みて落とし込んだのがこの『Next century of Power Glover 2122』さぁ……」


 例の如く、つらつら説明の数パーセント程度しか理解は及ばなかったものの、落とし込んだというよりは混沌の峰側に正気の足裏を踏み外したとしか表現できないほどの迷走感だけは伝わった。なかなかに傍からの見た目はけったいだね……なんだけど、


「!!」


 画面内では想像していたよりも遥かに超速度的ドッカン格闘バトルが展開されておる……桃黒少女の方は軽く中空に浮いた状態から高速で接近しては、激しい突きラッシュの速さ比べへと持ち込んだり、気弾的なモノを現出させたりしておる……開発初期に想定していたのだろう、現実では叶えることの難しい己の肉体を駆使して対人格闘を、仮想空間にて自分の肉体に可能な限り即してなおかつ思い切りやれる……というようなコンセプトを、まるで無視したというよりは悪意を持って意図的に真逆方向へと捩じり捻り上げたと表現すればよいか、「肉体操作感」とか言うけど手指のみを使って操作するってそれはもう普通の格ゲーじょのいこ……という往年の天才子役K・ENARIに負けないくらいの困惑顔を今、僕はこの顔に、浮かばせているに、違いないわけで……


<22><18><11><16>


 繰り出される不要に大振りな打撃パンチ蹴撃キックは、相手の身体に当たるやいなや、そのような普遍的ありがちな「ダメージ数値」らしき白く無機質な数字を虚空に現出ポップアップさせていくけれど。うん……これはもうあれだね、格ゲーかどうかも怪しいよね……こうまで節操なく、色々な要素を臆面もなく盛り込んじゃうんだね……まあその辺りの界隈が抱えて内燃してるだろう問題点には目をつぶろうというか、そこは本題では無いということは分かってはいるのだけれど。


「……」


 そして指先以外を動かさず黙って何かに集中しているみとっちゃんというのは、一日のうちで体感約二分ほどしか見られない/望まれない希少レアさを有しており、そしてこちらの神経を揺さぶってくる静のシリアルキラー感とでも言うべき根源恐怖を醸してくるのだけれど。


 押している……?


 「魂バティ」初見勢の僕の目から見ても、形勢はそのように映った。画面奥側の未来的桃黒少女―「イヅモ」と表示されているところの端整で華奢な体のあちこちに、手前側の昭和的大将―「ミトヤー」の脂肪を波立たせながら放たれる打撃のふたつにひとつくらいが確実に着弾している……あれだけ自信たっぷりに言っただけはある……そしてお願いだから何か不必要なことでもいいから喋って欲しいし、手首以外の身体箇所を微動でいいから動かして欲しい。真顔で指だけを高速で動かしている誤作動しバグったかのような挙動が怖ろしすぎるよ……と、


「っプウッ……!! まあ初っ端奇襲的なやり取りはややこちらの優勢ってところだけど、流石にそれでは押し切れんかぁ……見てみな、頓ジローくん。相手はどうやら『こっち』では珍しい『身体疑似操縦シュードォ』使用だ。その利点は『打撃のいなし』が熟練者になるとミリ単位の精密さで出来るってとこにある。だからボクの攻撃は当たってはいるけれどその実、与えているダメージは軽微ってことさぁ。そして見た目と真逆に老獪だな、この操作者ボクの方の、スタミナ切れを狙っているとは……」


 無呼吸から急に吹き返したようにそんな人工音声よりも抑揚のまるでない言の葉たちがまた魚群のようにもわり現出してくるけど。言葉の端々から感じられるその筋の人マニアにしか伝わらないだろう単語や熟語の連なりは置いておいて、何となくの状況はほんの少し理解できた、と思う。「スタミナ切れ」っていうのはそのたかが手指体操にしか見えない操作にもエネルギーを使うってことだよね。空調は快適な涼風を適度に中空に巻かせるように調整されているにも関わらず、またも脂汗はその顔面を縦一文字にいくつも垂れ流れておる……ま、確かに結構な動かし方だからねぇ……僕だったら手の甲あたりを攣りそうだよ。そして、


<CRITICAL!!>


 またも既視感的ありがちな蛍光緑の表示が画面全土にぱっと咲いたかのように見えた時には、


「……ッ!!」


 画面内の脂肪体が背中に回されたワイヤーが視えんばかりのあからさまな引っ張られ挙動によって、推定時速70キロで、彼の、身体は、背後に、ふっ飛んだ!!


「デュフッ!!」


 そして本体にも何故かダメージが……ッ!? さらにいきなりコーヒーとティラミスとあと何かが混ざった飛沫が悪質な空気感染ウイルスのようにこの密閉空間に噴霧されたぞ……そして確実に面していた僕の右眼輪筋下部あたりに付着吸着してはその周辺の皮膚と筋肉をおぞましさにて収縮させていくぞ……紙ナプキンでその辺りの表皮を患部ごと必死でこそぎ落とそうとする僕だけど、いや、多分これはゲームやってる時とかに感情移入し過ぎて「いてッ」とか言っちゃう類いの挙作ムーブなのだろう……と誰にするでもない脳内フォローをしておくけど、大丈夫かな、もうそろそろつまみ出されてもおかしくないレベルの所業だ……


 改めて気を取り直して画面内を注視する。「イヅモ」のしなやかな体躯は高々と右脚を振り抜いた姿勢で、何と言うか「キメ」みたいな残心感を出しつつとどまっている。軸脚と蹴り脚の描く目測120度くらいの聖なるデルタを回り込んで下から舐めるようなカメラアングルは、これは分かっている人間の仕業グッジョブだな……などと脳裡によぎらせつつ、これは決着なった、という手ごたえを感じての本当のキメなのかも知れないなと僕は勝手に納得する。確かに相手は五メートルは派手に吹っ飛んだしね。と、


「……ふっ、クリティカルダメージを喰らうと『擬体アバトラ』の操作性にも影響が出てくる……今のこめかみに入った右後ろ回し蹴りは意識を刈り取る一撃だった……例えシャットされていなかったとしても膝から下にはもう意識が及ばない状態なんじゃないかな……」


 何だろうこの余裕。自分の窮地ってことだよね? 派手にフッ飛んだと見えた画面内の大将は、数瞬の間があってからすごい内股の生まれたての小鹿のような脚つきにて全身を震わせながらも何とか立ち上がっては来たようだけど。確かにそのサマからは先ほどまで見せていた俊敏な動きは望めそうもない。と言うかこれもう簡単な標的マトなんじゃないだろうか……


「こうなってしまうと例えば単にステップ入れて間合いを取るだけでも、『左薬指第二関節屈伸2回と同時に右中指第一関節屈伸1回の直後に手の甲返し90度』の操作が必要となってしまう……追い込まれたねえ、いやはや」


 悠長にそんな解説をしているけれど、そんな奇天烈な操作方法だったのか……そして第一関節って単独で動かせるのだろうかという疑問は沸いたものの、それより何よりとどめを刺そうと前傾姿勢となった「イヅモ」さんがいい笑顔で彼我距離を詰めてきてますけど!!


「そこでキミの出番だ頓ジローくん……画面左下の『赤い丸ボタン』があるだろう? そいつを!! 『秒間12発』でッ!! 『連射』するんだよぉぉぉッ!!」


 ええーッ? いきなりそんな唐突指令が出されたのだけれど、「連射」? ああまあ、レトロシューティングゲーを嗜む僕としては、『12』くらいであれば人差し指を中指+親指で挟んだ射撃姿勢スタイルにて余裕で出せると思うけど。それが、何かにつながるんだね? 先ほど言っていた「策1」とかに?


「……ッ!!」


 シューターとは、いついかなる時も、ボタン状のものを眼前に呈されると、己の技量の限界まで研ぎ澄ませた連射を叩きこんでしまふものだといふ……(諸説アリ


 攣っているかのように微振動する僕の右手が、その先端、人差し指の突端へベクトルを伝達し、スマホの画面が共振するほどの連続振動を与えていく……これで、いいのかな? 画面では何かがチャージされていくような、そんな音と光がカクテルされ、そして、


「「『ヴァーティカル=ファイヤー』ッ!!」」


 不気味な笑みが同調シンクロした画面の外と内の御仁の技名詠唱はっせいまでもハモるけど、ちょっともういい加減にしないとお店の人に怒られるよね……しかし、その詠唱通りに「技」はきっちり発動したようで。


<え? きゃあああああああああッ!!>


 完全に無防備に御大に接近した「イヅモ」さんは、いきなりその口から放たれた口から吐くタイプの毒霧のような「炎」をカウンター気味にその華奢な体の前面全面に浴びてしまうのであって。叫び声もかわいいな……い、いや、こ、こういうことか、つまりは、「身体操作」をみとっちゃんが、「技発動」を僕がそれぞれ担うという……えぇとこれ反則では?


「ガバいんだよ、何もかもがねぇ……さあ追い討ちだ。ギアを上げろ頓ジローくん、『16連射』まで至れば、すべてを焼き尽くす『極炎』を放つことが出来、それにて決着だよ、さあ躊躇するな、この夏、このボクと一緒に頂点を目指すんだろ?」


 とは全然言っても思ってもいないんだけれど。それにこんな卑怯な技で寄ってたかってまっとうに「試合」をしようとしている女の子をどうにかしようなんて……やっぱり間違っているよ。と今更だけれど諫めようとした、その正にの、


 刹那、だった……


<いやぁっ>


 非常に可愛らしいそして恥じらいを含んだ軽やかな声が聴こえたので思わずそちらの方を脊髄の指令で見やってしまうのだけれど、画面内のそこには、何故か、全身に纏っていた黒い薄スーツとその上のピンクのアーマーとがボロボロになってそこかしこから艶めく肌が覗いているという、ダメージドなイヅモさんが両腕で身体を隠そうと四苦八苦している姿があったわけで……こ、これはまさか……


「『脱衣KO』、知らないとは言わせないよ。さぁキミの16連射で、すべての邪魔な着衣モノをッ、ぜんぶ全部ぜぇんぶ、繊維の一本いっぽんまで残さず残らずッ!! 完ッ全に焼き尽くすんだよぉぉぉおッ!!」


 瞬間、僕の頭の中で、何かが嵌まって、何かが外れたかのような、そんな感覚が瞬で訪れて、そして、


「フオオオオォォォォ――――オオオオオンッ!!」


 自分の意思を超えて、僕の右手先が極大の振動を放ち始める。


 敬愛する高橋利幸氏めいじん……僕に、力を貸してくださいッ――――!!


 僕は、この手で、ナニかを掴むッ!!

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