第3話


 アルカジアの帝都。その中心に聳える城――騎士団本部の最上階。


「アウリスの王都に大魔術か……。街が消し飛び、聖騎士も全滅。悲惨という言葉でさえ生温いな……」


 白髪のオールバックが良く似合う男――ウォーレンが書類を手に、力を込めた。軍服越しでも分かる屈強な肉体だが、彼の佇まいや雰囲気は優しい。


 目つきが少し怖い気もするが、不思議と高圧的な印象はなかった。大型な肉体に似つかわしくない程、佇まいに品がある。


「もうカーヴェルに頼る他ない」


 できれば頼りたくないという気持ちがあるのだろう。苦々しい表情でウォーレンは口にした。


「……賛同できないな。彼女達は圧倒的に強い。レジーナとイーリスは単独でも、帝国全てを敵に回して勝てるだろう。……だが、手加減というものを知らない」


 紺色の髪で細身な男――エルヴィン。彼はウォーレンと違い、見るからに冷たい印象のある男だ。


 軍服姿も相俟って規律に厳しく、正義感が強い様に見える。


「…………」


 押し黙るウォーレンは、ソファに腰掛けるエルヴィンを見ていた。


「彼女達は無遠慮に街を破壊し、敵を倒す事を優先する。民や仲間が巻き込まれる事を、一切考えない非道な連中だ。そんな奴がマモン達と戦えば街が吹き飛ぶぞ」


 これは大袈裟ではなく実際に起こり得ると、エルヴィンは考えている。というか今までもレジーナとイーリスは街を巻き込みながら、戦う事はしばしばあった。


 それ故にカーヴェルは帝国にとって、最後の切り札であり、苦肉の策なのだ。できれば使いたくない駒である。


「僕達にとって民を守るのが正義だが、カーヴェルは違う。彼女達は民を数字として見ている。減ったら増やせばいいと、実際にレジーナは過去に言っていた。恐らく、あれは本気だろうな……」


 肩を落とし、カップの中で揺れるコーヒーを見つめる。エルヴィンとしてもカーヴェルの力は頼もしい。だが価値観が違い過ぎるのだ。


 悪逆非道の貴族――カーヴェル。


 その長であるレジーナは特に、民を蔑ろにしている。安易に頼れば何人が犠牲にされるか分かった物ではない。


「確かに私と君なら人を巻き込む事を避けるだろう。だが圧倒的に力不足だ。我々ではマモンとバアルを止められない」


 これもまた事実。民を守りながら戦えば、恐らく負けるのはウォーレンとエルヴィンである。心情として、どれだけ民を守りたくても、純粋な力不足。


「三年前の戦いで我々はバアル相手に苦戦した。あの時イーリスが駆け付けなければ、我々は死んでいた」


 ウォーレンは思い出す、三年前の惨劇を。突如現れた魔族の集団。それを率いるバアルにウォーレンとエルヴィンの二人がかりでも苦戦した。


 今はバアルと同格のマモンも合流している。カーヴェルの協力無しに戦うのは、流石に荷が重いだろう。


「…………」


 エルヴィンは三年前の戦いで、妻と兄を失っている。敵に討たれたわけではない。イーリスの〈大魔術〉に巻き込まれ、死んでしまったのだ。


 劣勢を崩す最善策なのは間違いなかった。しかし突然現れ、何の躊躇もなく仲間を巻き込む攻撃ができるイーリスが、あまりにも恐ろしかった。


 彼女が何ら罪悪感が全くやっているとは思わない。あくあで騎士としての務めを考えての行動であり、不本意なのは間違いない。


 ただ何の躊躇もなく合理的な判断の基づき、味方だろうと即座に斬り捨てる。そんな奴に誰が頼りたいだろうか。


 騎士も人間だ。感情がある。自分の部下を殺すかも知れない奴に、軽々しく頼れる訳もない。


「…………」


 心中を察し、ウォーレンはエルヴィンを哀れむ。ウォーレンも兄弟を持つ身であり、気持ちは想像に難くない。


 だがウォーレンの考えは依然として揺るがない。マモンとバアルは犠牲なく勝てる相手ではない。


 探知系の異能者でマモンを炙り出し、イーリスと協力して潰す。そうしなければ後々大きな災いが帝国に降り注ぐだろうと、ウォーレンは確信していた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 殆どの人間は異能を持っている。しかし異能を持たず生まれる例外も存在した。


 そういう存在は、【忌み子】と言われており、迫害される。


 何せ忌み子は、魔族の依り代。迫害されて当然の存在だ。


「…………」


 よく考えれば自分もレオンという他人に憑依して、転生したのだ。魔族と似た様な存在だと、レオンは自虐的に笑う。


「そろそろ僕は行くよ」


 地上より遥か上空。乗っていた飛竜から呼び降りた。


「――死ぬなよ」


 飛竜の手綱を握りながら、レジーナは薄く笑う。


「……努力する」


 ため息交じりにレオンは返答し、地上に落下した。


「…………」


 魔族は霊体だ。生物の体を奪い、動いているだけだ。それ故にゲームでさえ、魔族を殺す手段は説明されていない。


 だが――ゲームの設定資料集には、魔族を殺す術が記載されていた。


 単純だ。魂を物体に変化させるスキルを獲得すればいい。魂を結晶化して、壊す。たったそれだけで魔族は簡単に死ぬのだ。


 当然、既にレオンは【魂の結晶化】というスキルを獲得している。


 魔族を殺す準備は整っているのだ。

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