タワーオブオンライン~ストーリーを全く知らない俺は、シナリオ開始前に退場しているモブキャラらしい
マグ
第1話
「せああああああぁ!」
親父が振り下ろした木刀が、俺の手にしていた木刀をへし折った。木刀はその勢いをほとんど減衰させることなく、俺の脳天へと打ち下ろされる。
頭の天辺から、どろりとした生暖かいものがしたたり落ちてくるのと同時に、目の前は霞がかったようにぼんやりとして、そのまま暗転した。
「あ、ああ、やっちまったぁ!大丈夫か炎司ぃ!か、母さあああああああぁん!きゅ、救急車はどこから持ってくれば良いんだああああああああぁ!」
声を聞くだけでも、親父が慌てているのがわかる。ドクドクと頭から流れ出ているのは、間違いなく血だろう。視界は薄れていくのに、意識ははっきりとしている。
それどころか、徐々に思考はクリアになっていき、生まれてからこの10年間で、1番はっきりしているかもしれない。そして、血が流れるのにあわせるように、記憶の奥底で眠っていた記憶が、徐々に溢れてくるようだ。
俺は赤城炎司。つい最近小学5年生になったばかりの10歳。
だけど俺は、前世で38歳の地方公務員(独身・彼女無し)だった。趣味はアニメとVRゲーム全般。
休日は1日中ゲームをしていて、ある日ゲームをしている途中、住んでいたマンションが火事で全焼。VRゲームをしていた俺はそれに気づくのが遅れて、すでに逃げることができなくなり、そのまま焼け死んだ。
そして今、俺が生きている世界は、死ぬ直前までプレイしていたゲーム、『タワーオブオンライン』の世界とあまりにも酷似している。
な、なんだこの記憶は!
これじゃあまるで、一時期流行った、ゲーム世界に転生したみたいじゃないか。
休日の大半をゲームに費やしてきた俺にとって、ゲームの世界に転生できるというのは嬉しい以外の何物でもない。
しかし、でも、だけど!
俺、『タワーオブ』シリーズのストーリー、なんにも知らないんですけどおおおおおおおおおおぉ!
ぱたり。
そこで俺の意識は途絶えてしまった。
「お、おいいいぃ!炎司いいいいぃ!」
今世の父親である、赤城炎真のうるさい叫び声を聞きながら。
♢♢♢♢♢
「病院、か」
目を開けると、真っ白な天井が広がっていた。さすがにここで、「知らない天井だ」なんてつぶやく勇気もない俺は、現実を受け入れるしかなかった。
まだ頭がひどく痛む。おそらく頭をかち割られた俺は、病院に運び込まれたのだろう。
「まあ、今はそんなことはどうでも良いか」
考えるのは、つい先ほど思い出した前世のこと。
生まれてから10年間の記憶を総動員させて照らし合わせても、この世界は俺のよく知るゲーム、『タワーオブオンライン』の世界に似通っている。
日々世界中に出現し続ける『塔』と呼ばれる、異形のモンスターが跋扈するダンジョン。その塔に挑み、また、塔から溢れるモンスターを討伐する『探索者』という職業。そして、俺が生きていた現代に似てはいるが、剣と魔法が溢れている世界。
これはもう、間違いなくゲーム世界転生だろ!そう、テンション高く声高に宣言したいのだが、俺にはまだ、確証がなかった。
なぜなら、俺は『タワーオブオンライン』と、その原作になる『タワーオブ』シリーズ全13作品のストーリーを、まったく知らないからだ。
みなさんにも心当たりはないだろうか?ゆっくりとストーリーを読んでいる時間が無く、早くゲームを進めたいがためにストーリーをスキップしてしまうことが。
俺もそのタイプで、ストーリーが流れ始まると即座にスキップボタンを押していた。
幸い、『タワーオブオンライン』はMMOのオンラインゲームだったため、ストーリーに関わる事なくゲームをプレイすることができた。さすがにチュートリアルくらいはちゃんとやったけど、それだけだ。
「それだけで、十分じゃないか」
この世界が、『タワーオブオンライン』の世界だからどうだというのだ。俺は物語の登場人物の名前さえもろくに知らないんだ。神に決められたストーリーが存在しようとも、関わることなんてないだろう。
そんなことよりも、俺はこの世界で、新しい人生で、塔の攻略ができるということに、年甲斐もなくワクワクしている。いや、10歳なら年相応か。
前世では、何も成さず、生きる意味もわからず、与えられた仕事をただ全うしているだけの人生だった。せっかく生まれ変わったんだ。ならば今生では、自分で決めたことを、心ゆくまで、思いっきり楽しんで生きてやろうじゃないか!
「そうと決まったら、まずはステータスの確認だ」
左手の指をパチンと鳴らす。ゲーム『タワーオブオンライン』では、こうすることによってステータスウィンドウが表示され、ステータスや所持スキル、スキルレベルなどが確認できた。
できたのだが・・・・・・
「表示されない?」
やっぱり似ているだけで、『タワーオブオンライン』の世界ではないのかもしれない。他の方法も試してみよう。
まずは右手で指を鳴らす。反応無し。
右手で空中を撫でる。反応無し。
左手で空中を撫でる。反応無し。
そこからさらに思いつくまま指を動かして空中をなで回し続けたが、一向にステータスウィンドウは表示されない。
「むぅ。指で操作するわけじゃないのかな?」
こういうときは、いったん『タワーオブオンライン』のことは忘れよう。異世界転生した人たちは、どうやってステータスウィンドウを表示させていた?
そうだ。大きな声でステータス!と叫んでいたではないか。ちょっと38歳のおっさんがやるのは恥ずかしいけど、10歳の子どもがやるなら全然セーフだろ。
どうせこの部屋の中には俺以外誰もいないのだ。気兼ねなく、高らかに叫んでやるとしよう!
「いでよ!ステータ―――」
「えんちゃん、おじさんたちに言われて様子見に―――」
天に手を振りかざし、高らかに『ステータス』と叫ぼうとしたのと同時に、部屋のドアが開かれ、そのまま無言で閉じられた。
『か、看護師さ~ん!え、えんちゃんが!えんちゃんがおかしくなっちゃった~!』
うおおおおおおおぉ!なんでよりによってこのタイミングで入ってくるんだよおおおおおぉ!いくら子どもとは言え、もう小学5年生だぞ。日朝ヒーローの変身シーンを真似して良いのは低学年までだよね恥ずかしいいいいぃ!
「なんて言ってる場合じゃない!ちょっと待て冬華ぁ!」
「え、えんちゃん?」
今まさに走り出しそうとしていた我が幼馴染み、藍沢冬華の手を掴み、無理矢理病室の中に引き込んだ。
「えんちゃん。そのぉ、頭、大丈夫なの?」
「お、おう」
その聞き方だと、頭のケガを心配しているのか、頭の中身を心配しているのかわからないぞ?
それにしても、今生の幼馴染みガチャはSSRどころかURクラスの大当たりだな。まだ10歳だというのに、思わず魅入ってしまうほどに美人だ。
吸い込まれそうなほどに澄んだアイスブルーの瞳に、澄み切った夜空のような藍色の髪。
そんな美人な幼馴染みがいる俺、勝ち組じゃね?なんて思ってたら、高校入学と同時に、『アタシ、彼氏ができたんだ~』とか言って別の男を紹介されて・・・・・・
「ぐおおおおぉ!の、脳が、破壊されるうううううぅ!」
「え!た、大変だあ!すぐ看護師さん呼んできてあげるから!」
「ま、待ってくれ。大丈夫、まだ脳は破壊されてないから」
そもそも、小学5年生相手に脳破壊される精神年齢38歳(いや、今生で10年生きてるから48歳か?)って、どう考えても気持ち悪いだろ。
「そうなの?もし辛いなら、すぐに言ってね?」
心配そうに俺の顔をのぞき込んでくる冬華。その顔を見つめ返すと、なぜか頭がずきりと痛んだ。
その痛みと共に、ある1枚絵が脳裏に映し出される。
氷の中に閉じ込められた、夜空のような長髪をたなびかせた少女の姿。
それを皮切りに、1つの映像が激痛と共に脳に流れ込んできた。
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