第8話

おいしいものが机いっぱいに広がっていて、それを多くの人が囲んでいた。

食べ物を頬張るみんなには笑顔が絶えず、それはとても幸せな夢だった。

「良い匂いがする」

夢から覚めた私の鼻に良い匂いが漂ってきた。

「目が覚めたのか!体は大丈夫か?」

私に気が付いたシリウスに声をかけられた。

「うん。ちょっと疲れただけ。後藤は?」

さっきまで一緒だった後藤の姿が見えずに不思議に思った。

「キッチンで料理をしてくれている。行ってみるか?」

こっちに来てまで料理をするのはさすがだと思う。

「まさか腹減って起きたとか言う?」

キッチンで料理をしている手を一度止めてこっちに来た。

「んなわけないでしょ。何作ってんの?」

「具材は普通に色々あったからチーズフォンデュ。コーンスープとサラダ。食うか?」

料理スキルの高い後藤は洒落たものを作っている。

「チーズフォンデュというのは初めて口にする」

「俺の食ったらもう他のじゃ満足できなくなるぞー」

最初は二人の空気感に戸惑っていた私だが、気が付いたら仲良くなっていた。

一体何があったのかは知らないが二人が仲良くしているところを見るのは心地良い。

「まだ時間かかるから杏璃に話して来いよ」

シリウスは後藤に軽くお礼をして私と一緒に外に出た。

「話したいことがあるんだ。一緒に散歩に付き合ってくれないか?」

さりげなく手を引いて私をエスコートするシリウスに私は肯定の意味を込めて着いて行った。

「怪我大丈夫?今は魔法使えないの?」

「あぁ見た目は派手だがリョウの応急処置のおかげで大丈夫だ。軽い魔法くらいしか使えないな」

包帯の巻き方やガーゼの貼り方に懐かしさを感じる。

「後藤と仲良くなったんだね」

シリウスは嬉しそうに笑った。

よっぽど邪険にされていたのが嫌だったのだろう。

「話せるタイミングでいいからね」

いつ話題を切り出そうかとソワソワしているシリウスに昔の後藤を重ねた。

後藤の幼少期は今と少し違った。

入りたくても入れない輪をずっと見つめているような子だった。

覚悟を決めて遊びに入れてもらおうと、話しかけるタイミングを見計らっていた後藤にあまりにも似ていた。

どうやら覚悟を決めたようで大きく息を吸っていた。

広々とした外には心地良い風が流れている。

「何かあったら俺の名を呼べと言ったのに、あの日俺はアンリを傷付けた」

風になびかれる木の微かな音だけが聞こえた。

「親父相手だと幼少期のトラウマで体が動かなくなってしまうんだ」

今も少し震える声からわかるように、その恐怖は計り知れないものらしい。

「アンリを助けたくても親父を殴れなかった。すまない」

深々と頭を下げるシリウスに何とも言えない気持ちになったしまった。

「大丈夫だよ。助けてくれてありがとう」

やっと言えた私の本音。

どんな方法だったとしてもシリウスは私を危険から遠ざけてくれた。

それ以前に私に優しくしてくれた。

「ずっとありがとうって言いたかったの」

感謝しても足りないくらい、私はシリウスに救われた。

「リョウに誤解を解くように言われたんだ。彼は俺の背中を押してくれた優しい人だ」

お節介にもとれるその行動はきっと後藤の優しさでそれを分かってくれるシリウスに何だか嬉しくなった。

「後藤のこと、ちゃんと見てくれたんだね」

小さな世界に生まれた私達を零れないように掬おうとしてくれている。

そんな感じがした。

「おーい!終わったー?ご飯で来たぞ!」

窓から叫ぶ後藤の姿はまるで夕食前のママのようで腹を抱えて笑ってしまった。

夕食がずらりと並ぶ机を前にするとお腹が空いてくる。

不思議そうな顔をしているシリウスに後藤が食べ方を教えてあげていた。

「では、頂くぞ」

「はい、召し上がれ」

滑らかなチーズにブロッコリーを沈めて、引き上げた。

「熱いから気ぃ付けろよ」

後藤の言葉で一旦口に運ぶのを辞めて息を吹きかけていた。

少し冷めたところで口に入れるとシリウスの目がキランっと光ったのが分かった。

「美味しいでしょ。後藤の料理は最高だからね!いただきます!」

「はい、召し上がれー」

熱々のチーズをたっぷり付けたじゃがいもを口の中に運ぶと口の中が幸せでいっぱいになったのが分かる。

「うまー!」

「料理が得意なんだな。またぜひ、作って欲しい」

食い気味なシリウスに私も後藤も笑ってしまった。

「普段は一人で栄養補給としての食事だが…誰かと一緒に食べるとさらに美味しくなるというアンリの母の言葉は本当だな」

幸せそうに頬張るシリウスを見ているだけで幸せな気持ちになった。

「今度、料理教えてね!」

シリウスがこんなにも嬉しそうな顔をするので後藤が少し羨ましくなった。

「何度も聞いたが飽きて続かんかったの忘れた?」

私に振舞ってくれる料理はどれも幸せな味がした。

それを食べた後、家で自分で作って食べるためにレシピを聞いたりしたが実際のところ一度も作ったことが無かった。

「今回は頑張るもん!」

初めて三人で食べたこの味をきっと忘れないだろう。

この幸せがずっと続けばいい、そんな気持ちになってしまう。

夕食を食べ終え、食器を洗い一段落したところで、私達はシリウスの部屋に向かった。

色々と話を聞いて、将来の事や自分のことなど様々なことを考えた上でも私の答えは決まっていた。

「ここに残るよ!シリウス一人にすると心配だし。いい?後藤」

「杏璃が残るなら俺もそうする。自分で決めろ。俺はお前の母ちゃんじゃねぇんだから」

軽くデコピンをくらったが後藤もここに残ってくれるらしい。

「俺がいないと美味しいもの食べさせてあげられないしな」

シリウスは何度も何度も私達にお礼をした。

「もう一度指輪を受け取ってくれるか?」

私が手を差し出すと、大きくてゴツゴツしたシリウスの手に包まれた。

「何かあったら俺の名を呼べ。必ず守ってみせる」

私の目を見つめて優しく頭を撫でてくれた。

前回同様に左手の薬指にキラキラと魔法が光る。

「リョウにも魔法を…」

「指輪は勘弁してくれよ?せめてブレスレットとかにならないわけ?」

私達のやり取りを見た後藤は不快そうにこっちを見た。

「そうだな。俺だって男の指に魔法を施すのは趣味じゃないさ」

軽く笑いながら後藤にも同じように魔法をかけていた。

「…左手の薬指の意味分かってやってたの?!」

驚いた拍子に椅子から立ち上がってしまった。

「さぁ?」

シリウスはそう言い残して部屋から出て行ってしまった。

取り残された私は後藤の顔を見た。

「待って、今のどういう意味だと思う?え、何?何なのあの男!」

後藤の肩をグワングワン揺らすが後藤は私と目を合わせてくれなかった。

「…ズルいじゃん」

罪な男とはこういう人の事を言うのだろうか。

自分の体が熱くなっていくのが良くわかる。

ただ少し優しくされて、かっこよくて、まだよく知らない男。

その人に恋をしてしまったとでもいうのだろうか。

期待しても裏切られるのがほとんどなこの世界で少しだけまた期待してしまった。


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