第28話 見えないもの3
宴の時間が近づいてきた。
領主を守ると言っても、僕らが近くで護衛をするわけではない。ユフィアはともかく、僕は足手纏いになってしまう。それよりは、入ってくる人間を監視していた方がいいだろう。【
これにより、相手の出身地がわかる。裏切り者がいると考えたとき、もしかしたら元アームル領民かもしれないと思ったのだ。
僕は受付嬢のうしろに控えていた。タキシード姿で。ヴァスリアルさんから借りたのだ。さすがに旅の間中着ていた薄汚い格好で参加はできなかった。寧ろこっちが不審者だと思われてしまう。
そう言うわけで、僕の隣に立つユフィアもドレスを着ていた。あまり豪奢なのはなにかあったときに動けなくては困ると言うことで装飾性のない、広がりのないスカートを穿いていた。確かに煌びやかな感じはないが、装飾性がないがゆえに彼女の体躯のメリハリが際立ち、この宴に参加する婦人方の誰よりも妖艶な雰囲気を醸し出していた。
賓客が途絶えると、自然に彼女の方へ目が言ってしまう。
「どうした?」
神妙な面持ちだ。僕が怪しい人物を見つけたのだと勘違いしたのだろう。
髪を縛っていた紐をなくしてからこの方、おろしっぱなしにしていた髪だけれど、今日は結い上げて後頭部でまとめてある。とても清楚で——
「きれいだなと思う」
「は?」
「え?」
彼女の頬が紅潮した。
それからプイッと顔を背けられる。
「真面目にやりなさい」
どうやら心の声が漏れ出ていたようだ。
それにしても怪しい人が通りかからない。ヒワエ領の内部の人間、特に幹部クラスの人には全員に説明をして【
ならば疑わしいのはコホギ領の幹部の人間ということになる。僕は来る人来る人徹底的に見ていたのだが、全然引っ掛からなかった。ものの見事にコホギ領民オンリーなのだ。
内部の裏切りと思っていたが、もっと別のルートから領主を狙うのかもしれない。
僕は受付での監視をやめて、中に入ることにした。
【
部屋の温度や湿度も人が多いせいで少しは高くなっているが異常ではない。空気中に毒が散布されているわけでもない。
と、視界の隅でステータスバーだけが動くのを捉えた。
しかしそちらを見ても人はいなかったし、物がなにかの拍子に移動したようでもなかった。それになにより、人のステータスだ。怪しく思って目を凝らす。
それらの詳細を理解すると同時に、僕は走り出していた。
シュベラ・モリオン。女性。16歳。——スキル【
シュベラはまっすぐコホギ領主を目指している。今からでは誰に声をかけても間に合わない寧ろ存在を気付かれた彼女が凶行に走ったら被害が増える。
彼女のスキルはその名の通り、隠れる能力だ。まず彼女の姿が見えない。続いて彼女から発せられる音も匂いも感じ取れない。極め付けは殺気などの気配なども完全に消し去る。認識不可能の必死の一撃を与えられるとてつもないスキルだった。
それになにより、殺したあと誰にも見付からずに逃げ果せることができる。
チェネルの物理防御があればなんて思いがよぎったけれど、今は僕しかいない。相手はナイフかもしれないし大剣かもしれない。武器の想像もできない。どこに構えているかもわからないから払い落とすこともできない。
僕はシュベラとコホギ領主の間に体を滑り込ませた。
「ぐぁあっ!」
腹に思い切り突き刺さったなにか。
「きゃぁあ!」
誰かの悲鳴が上がった。
この感触、多分ナイフ。僕はすぐさま、そこにあるであろう腕を掴んだ。
「ロッフェ!」
あとから走って来たユフィアの声。僕は捲し立てる。
「敵は不可視のスキルを使っていた! 今僕が掴んでいる! 捕まえてくれ!」
彼女は一瞬で状況を判断して、走って来た勢いを殺さず、そのまま僕が捕まえている敵の腕と思われる部分を思い切り蹴り付けた。完全に振り抜く蹴り。だが途中で止まる。相手の【
さらにユフィアは連撃を繰り出す。蹴った位置から大体の敵の体の部位を想像して、振り抜く、振り抜く、振り抜く!
掴んでいた腕から強張りが取れた。と、同時にナイフから手が離れる。そして今まで見えていなかったシュベラの体が現れた。腕があらぬ方向に曲がり、口と鼻から血を流した少女が突然ワープしてきたような格好となる。
会場がパニックに陥る。
体が弛緩しスキルが解除されたということは、おそらく彼女は気を失ったということだ。僕は捕まえていた腕を離した。するとユフィアはさらに少女を蹴倒し、馬乗りになる。
え? ユフィア?
「貴様よくもロッフェを……!」
横から覗いたその目には、怒りの炎が赤々と燃えていた。
両手が伸びて、その華奢な首筋を掴む。気を失っている彼女は抵抗できない。徐々に、顔が赤くなっていく。——いけない!
「ユフィア!!」
生まれて初めて怒気を孕んだ大声を出した。
彼女はビクッと肩を震わせ、手を離した。
どさりとシュベラの上体が床に落ちる。
ユフィアは肩で荒い呼吸をしていた。それからヨロヨロと這いつくばって彼女から離れる。
「こいつを頼む」
ユフィアの声と同時に、二人の領主を取り囲んでいた護衛たちが一斉にシュベラを取り囲み、どこかへ連れて行った。
「ロッフェ!」
ユフィアは這いつくばりながら僕の元まで来てくれた。
自分でも息が浅くなっていることがわかった。
彼女は僕の手を握り締めて力強く問い掛ける。
「大丈夫か!」
僕は首を縦には振れなかった。ドボドボと滴るこの出血量。多分この意識が途絶えたら、二度と戻ってくることはないだろうと思ったから。
意識が徐々に遠くなっていくのがわかる。
怖い。死ぬんだ。またユフィアを守れなかった。また? ああ、違う。ユフィアじゃないか。でも、残された方の痛みはすごくよくわかるから、つらい。今からあなたがあのときの僕と同じような目に遭うのだと思うと、堪らなくつらい。
涙がボロボロと溢れて来ていた。
ダメだ。今は泣いている場合じゃない。ユフィアを守らなくちゃ。
「ユフィア……」
砂でも飲んだのかというほど声が枯れていた。声を出すのがきつい。
「ずっと……あなたを、守っていたかった」
「ああ! だからこれからも頼むぞ、ロッフェ!」
やさしく包み込むような声。凛としていてカッコ良くて、なのに寂しそうで、だから愛おしい声。
「あなたは……一人で、いては、ダメだ。ヴォルと、チェネルを、頼って、ほしい」
「君が守ってくれるんだろう!?」
「僕は……、僕は、もう、一人で逝くから、……付いてこないように。どうか、どうか生きて。生きて」
彼女の瞳からは紅蓮が滴っているように見えた。夕景の寂寞と憤怒の豪炎を併せ持った、とてもうつくしい瞳だと思った。出会ったときからずっと思い続けていた。
「来世に行っても、あなたをずっと愛しているから」
そうだ。前世で姉さんを守れなかったからというのはただのきっかけだ。僕がこうしてここまで彼女と一緒に苦労を背負って来られたのは、ユフィアの笑顔を見ていたかったから。この愛おしい人とともに生きていたかったから。この旅の始まりは最初から全部、ユフィアだった。
あとどれくらい持つだろう。あとどれくらい言葉を渡せるだろう。まあどうせ、愛している以上の言葉は思い付きやしないんだけど。
僕は自分の残り体力を見るために【
彼女の掌がひときわ力強く僕の手を抱いた。
「ロッフェェェエエエ——」
「ええ!?」
「——エエエぇぇええ!?」
僕の疑問符に彼女の慟哭がつられた。
近くで見守ってくれていた人々も僕の顔を見て首を傾げていた。
「……あ、あのぅ」
会場に響くのは僕の声だけだ。気まずい。
「えーっと、どうやら僕は死なないみたいです」
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