第02話 【神の不正監査】ステータスオープン2
王都へ着いてすぐ、僕の予想が当たってしまっていることを悟った。
門番が居ないのだ。王都へ入るための門は締め切られていた。人が一人通るための扉に手を掛けるとギィと力なく開いた。
異様な空気が肌に張り付く。聞こえない。足音が。ドアの開閉音が。喧騒が。笑い声が。代わりに淀んだため息のようなぬかるんだ声だけがところどころから上がった。道には誰一人いなく、代わりに家屋の壁やベンチに座り込んでいる人たちをちらほらと見かけた。皆一様に、顔色が悪く時々咳をしていた。飛脚の彼と同じだ。
「だぁあー! だから順番に並べっての!」
どこかから男の大きな怒鳴り声が聞こえた。僕は声がした方に向かって走った。
そこには具合の悪そうな老若男女が列をなしていた。その先にはひときわ背の高い大柄な男がいた。先の大声は彼だろうか。
大声の主の方へ走る。そろそろ列の先頭と言うところで不意に声を掛けられる。
「君」
振り返るとそこには、長く赤い髪を一つに結い上げてうしろで垂らした女性が、凛と立っていた。大きく赤い瞳は憂いを湛えたかのように潤み、まなじりには涙さえ浮かんでいるように思えた。向こう側までが透けて見えてしまいそうなほどの白い肌は、磁器よりもきめ細やかでいて、若葉のようなやわらかさをも感じさせた。儚げでいて可憐。これだけ浮世離れしているというのに、どこかで見たことがあるような現実感があった。秀麗の頂きでは相反する概念や物質さえいとも簡単に混ぜ合わせてしまえるのか。
交わった視線を逸らすことができずただ息を飲んでいると、彼女の指が持ち上がり、僕が走ってきた方向を指した。
「最後尾は、あっちだ」
少し強めの口調だった。
「え?」
「病気なんだろう?」
「え。いや僕は!」
と反論しようとしたところで、不意に襟首を掴まれた。僕の倍はあろうかという指で、乱暴に引き寄せられる。黒銀色の髪を逆立てた大男の、黒銀色の独眼が僕に刺さる。もう片方は眼帯で覆われていた。
「テメエ! 良いから順番に並べっての!」
先ほど遠くで聞いても充分に迫力があった声が、今度は鼓膜を劈くほどの近さで放たれた。
気が遠くなりかけたが、失神している場合ではない。
「チェネル!」
赤毛の女性は目を大きく開いて、列の先頭の方へ走り出した。そちらに目を向けると、鮮やかな緑色の髪を両サイドでツインテールにした少女が、今にも倒れそうなほどにふらついていた。
「チッ」
大男は僕の襟首から手を放して、緑髪の少女の元へ向かった。背中には大きな斧を担いでいた。風体から、木こりと言うよりは戦士らしかった。
「終わりだ終わりだ。もううちのヒーラーの魔力がねえ」
大男の言葉に、並んでいた民は皆重いため息を吐いて、まばらに散開していった。中には毒づく者も居た。「勇者のくせに助けてくれねえのかよ」「なんのための勇者だ」「税金で飯食ってるくせに」などなど様々。
助けてもらうためにはどれだけでも
しかし「勇者のくせに」と言うことは、彼女らは勇者一行なのか。
そんな中、小さな子供を抱えた女性が地に膝を突いて、赤髪の女性に向かって深々と頭を下げていた。
「どうか! どうかこの子だけでもお願いします! 勇者様っ」
勇者様。赤毛の女性が勇者のようだ。
「そうは言っても、このままだとうちのチェネルが死んでしまう。助けたいのは山々だが、どうか明日出直してほしい。それまでにチェネルの魔力も回復させておくから。お願いだ」
「明日までもたないかもしれないんです!! 弱り切って、この子、かわいそうに……!」
だが母親は引き下がらなかった。涙も鼻水も流れるままに、なりふり構わず勇者に縋りつく。抱えられた子供はというと、泣き声一つ上げない。それほどまでに衰弱していると言うことだろう。
「ア、 アタシ……まだ、で、きる」
チェネルと言われていた少女は、血色の悪い唇を震わせながら、懸命に母親のもとに近付いた。勇者はそれを抱きとめる。
「無理だ」
「でも」
チェネルさんはとても悔しそうに唇を噛みしめている。このままだと彼女は無理をしてしまうだろう。
「【
場違い的な僕の声に、勇者一行と母親はこちらを振り向いた。
「その、チェネルさん。あなたの魔力は今ゼロです。ヒールを無理に使えば、気絶して数日寝込むことになります。そしたら、治せるはずの人々の病も治せなくなります。どうか自重してください。それと、おかあさん。お子さんはあながたがおっしゃる通り一刻を争う状態です。ですからどうぞこちらを」
そう言って薬草を渡した。
「えっと、これは?」
「うちの村に伝わる霊薬です。うちの村人もあなたのお子さんと同じ病に罹りましたが、この霊薬を飲んで一時間後には回復していました。どうか、お納めください」
母親はすぐさま我が子に薬草を飲ませて、それから何度も何度もお礼を言って帰って行った。
彼女を見送って、振り返ると赤髪の女性が穏やかな笑みを浮かべて恭しく腰を曲げた。
「助かった。あのままではチェネルが危なかった。わたしはユフィア。ユフィア・ガーネット。勇者をしている。王都には道すがら立ち寄ったのだが、原因不明の流行り病で民が苦しんでいると聞いてなにか助けになればと思ったのだが、思いのほか感染症は拡大していて手に負えなかった」
心の底から安堵を滲ませた息を深々と吐いた。まなじりには涙が浮かんでいて、傾きかけた陽光を閃かせていた。宝石の輝きを思わせるきれいな落涙に、僕の心臓はジワリと痺れた。
「にしてもよぉ、この調子じゃこの王都のやつら全員治すまでにいったい何日掛かるんだよ」
僕は大男——ヴォルバント・マグネタイトに薬草を渡した。
「はい。ヴォルバントさん」
「なっ、これは! さっき言ってた霊薬ってやつか! ……ってあれ? 俺、お前に名乗ったっけか?」
「僕のスキルです。【
「そりゃ便利なスキルだな。それにこの霊薬も! しっかしこんな霊薬調合してる村があるなんて知らなかったぜ」
「えっと、それは……さっきの霊薬というのは嘘なんです」
「……は? じゃあこれは?」
「
彼の表情が一瞬凍り、それから小刻みに震えだした。彼の手が眼帯に伸びる。
「……ふざけんじゃねえ!」
眼帯が外されたのと怒号が飛んだのは同時で、さらに僕の体が宙を舞ったのも同時だった。殴られた記憶がないのに、地面に落ちてから痛みが遅れてやってきて、ようやく殴られたのだと理解した。
「なっ! ヴォル! なにをやっているんだ!」
「だってこいつが嘘だって! あの母親、泣きながらお礼言って子供に薬草食わせてたじゃねえか! 治せねえなら、なんで希望を持たせるようなことすんだよ! おめえは! おめえには心の痛みってやつがわからねえのかよ!」
意識はギリギリ繋がっているけれど、どこか浮遊感がある。
「でも、彼がああでもしてくれなければ、チェネルが倒れていた」
「じゃあこれからも嘘ついて薬草配れって言うのかよ!」
「あ、あのぅ……」
恐々二人の中に割って入る。血走った眼でヴォルバントさんがこちらを見ている。誤解を解かなくては。
「霊薬というのは、受け入れてもらうための嘘です。でも、うちの村人が同じ病に罹ってあの薬草で治ったのは本当です」
ユフィアさんは目を丸くして、それからぱぁっと輝かせた。
対してヴォルバントさんは首を捻っている。
「ん? つまりどういうことだ?」
「あの薬草が病気に聞くのは本当です。ですから皆さん助かります。それと、ヴォルバントさん。あなたは民と同じ病に罹っていますから、薬草を飲んでください」
「な!?」
三人に村で起きたことを説明し、この都に居る医者の元へ行きたい旨を話した。村にでもある薬草だ。王都にないわけがない。なかったとしても調合は簡単だし、原料も安価に手に入れられる。
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