宰相閣下による幕引き

僕の最愛の人①


 その日はよく晴れた一日だった。

 12歳だった僕は、フォルスター家の所有する領地近くで大規模な戦闘があったと聞いた。領地視察をしていた父の安否が心配で、僕は執事のハーバーが止めるのも聞かずに馬を走らせた。


「大丈夫ですか!」


「おお、フォルスター家の坊ちゃんだ……」


「俺たちの応援に来てくれたのか……?」

 

 僕がその場にたどり着くと、もうすでに戦闘は終わっているようだった。しかし、見渡す限り怪我人だらけで、無傷の人などどこにもいない。


 ――これは、酷い……。


 足元には、たくさんの兵士が転がっていた。

 身につけている服装から、自国の兵士も敵国の兵士も混じっていることが分かる。


「もうすぐ王都から治癒士の一行が派遣されるんだってよ……」


「それは助かるなぁ……」


「しかも、新しく見つかった『聖女様』もいるらしいぜ……」


 生き残った満身創痍の兵士たちが会話している。


 ――聖女?


 ああ、そう言えば最近かなり治癒する力の強い女の子が見つかったと報じられていた。

 どうせその女の子の力も、国王によって戦争の道具として使われるのだろう。他の治癒士と同様に。

 いや、同様ならまだマシか。他の治癒士よりも強いのなら、酷使される可能性が高い。

 孤児らしいが、可哀想に。


 ――まぁ、僕には関係ないか。


 きっとその『聖女様』とも関わることなどあるまい。


 僕は父を探そうと周囲に視線をやった。


 現国王政権に代わってからというもの、戦争は日常茶飯事になってしまった。大国で国力が豊かなのが唯一の救いであろう。

 僕は今まで戦闘の場に赴いたことはなく、傷ついた兵士たちを間近で見たのはこの日が初めてのことだった。

 だから、僕は気づかなかったのだ。

 自分の近くに転がっていた敵兵が、僅かに身動ぎしていたことに。

 その敵兵が最期の力を振り絞って、僕に斬りかかってきたことに。

 

「フォルスター坊ちゃん! 危ない!」


「え……」


 男に剣で切りつけられたことはわかった。

 自分の体から血が抜けていく感覚も。


 あとはただ、痛いということしか考えられなくて。

 

 他はもう覚えていない。



 ◇◇◇◇◇◇



「……おねがい、だから。めをあけて……」


 女の子の、祈りが聞こえる。

 幼い子どもの、舌足らずな声。

 だけれど、その言葉に宿るものは真剣で。未だ意識が夢の中を漂っている僕にも、僕のことを想ってくれていることが伝わってきていた。


 鈴がなるようなその声に導かれるようにして、僕はゆっくりと瞼を押し開ける。


「……あなた、は……?」


 僕の横には、膝をついてこちらを心配そうに見下ろしている小さな女の子がいた。

 黒髪黒目……。その女の子は、なかなか珍しい容姿をしていた。この国では黒を身にまとって生まれるものなど滅多にいないのに。


「よかった……! きがつきましたか?」


「……!」


 僕はその女の子がほっとしたようにはにかんだのを見て、すっかり視線を奪われてしまった。

 相手は自分よりも幼いというのに。

 その日、僕は生まれて初めての恋に落ちたのだ。


 

 

 

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