第41話 宰相の妻は晴れ舞台に立つ②
私とリシャルト様の結婚式は粛々と行われた。
リシャルト様が私の左手薬指にはめてくれた結婚指輪は、城下街でデートした時にオーダーしたものだ。細身の銀のリングに、桔梗の花を模した小さな銀の花飾り、花びらの中央には青紫の小ぶりな宝石がついている。
今日の式までリシャルト様に秘密にされていて、指輪のデザインを見たのはこれが初めてだった。
――すごく……。すごく可愛い。
結婚式が終わり少しの休憩を挟んだ後、特別に王城の広間を借りてお披露目パーティーが始まっていた。
のだが、私はあまりにも指輪を気に入りすぎてしまってずっと見とれていた。
「キキョウ、そんなにその指輪を気に入ったのですか?」
私の様子を見て、隣にいるリシャルト様がくすくすと笑いながら尋ねてきた。
私は大きく頷く。
「はい! すごく可愛いです。ありがとうございます」
「そうですか。あなたが嬉しそうなのは良いのですが……」
リシャルト様はふう、とため息をついた。
どうしたのだろう。
「あなたがあまりにも指輪に夢中すぎて、思わず嫉妬してしまいそうです」
リシャルト様の言葉に、私はさすがに笑ってしまった。
嫉妬してくれるのは嬉しいのだけど……。この人はなんでそんなところに嫉妬しているんだろう。
「ふふっ、リシャルト様がくれたものだからこんなに嬉しいんですよ」
私は本心を告げた。
私がこんなにも嬉しいのは、リシャルト様が贈ってくれたものだからだ。自分で買ったものなら、いくらデザインが好みでもきっとここまで嬉しくはならない。
「~~っあなたは……」
照明に照らされたリシャルト様の顔が赤い。珍しくさっと顔をそらされた。
「改めて結婚おめでとう、お二人さん。おうおう、さすが新婚さん。お熱いねぇ」
楽しそうな様子で私たちのところにやってきたのは、フォート公爵様だ。
「う、ううう~~っ」
「おいこら、いい歳した男が泣かない泣かない」
フォート公爵様の隣には、盛大に咽び泣いている男性がいた。歳はフォート公爵様と同じくらいだろうか。短く切りそろえられた金の髪に、青い瞳。なんだか見覚えがある……。まさか……。
「父上……。そんなに泣かないでくださいよ」
私の予想は当たっていたらしい。
フォート公爵様の隣で泣いている男性が、リシャルト様の父親。フォルスター公爵様のようだ。
なんだかんだでお会いするのは10年振りになる。
「仕方がないだろう……。お前の隣に立つ聖女様のお姿を見たら、ようやくお前の悲願が叶ったのだと感動してしまって……ううっ」
ああ……。そう言えば、この人がリシャルト様に言ったんだっけ。『欲しいものがあるなら諦めるな』と。以前、リシャルト様からちらとそんな話を聞いた覚えがあった。
ある意味、この人の後押しのおかげで今があるわけだ。
私はドレスの裾を引いてフォルスター公爵様にお辞儀をした。
「お久しぶりです。フォルスター公爵様。キキョウと申します」
「久しぶりだね、聖女様。……いや、もう聖女ではないのか」
「はい」
結局私はもう、聖女には戻るつもりはなかった。
治癒の力がなくなったわけではないし、もしこの国に何か有事があれば、もちろん力を使うことに躊躇いはない。
だが私は、聖女としてではなくリシャルト様の妻として生きていくことを選んだ。
「フォルスター公爵様。私はまだまだ勉強不足ではありますが、リシャルト様を今後支えていくつもりです。ふつつかものではありますが、よろしくお願いいたします」
私は覚悟を伝えるように、フォルスター公爵様に頭を下げた。
フォルスター公爵様は、少し慌てた様子で私に頭を上げるように言った。
「いやいや、こちらこそうちの愚息をよろしく頼むよ」
ふっと笑ったフォルスター公爵様の顔は、リシャルト様の微笑みによく似ていた。
「それじゃあ挨拶もすんだことだし、俺たちは酒でも飲みに行きましょうや」
フォート公爵様はフォルスター公爵様の肩を組んで楽しそうに言う。
ドリンクコーナーの方に進みかけて、ふとこちらを振り返った。
「リシャルトも飲むか?」
「……遠慮しておきます」
リシャルト様は苦々しい表情で断りの言葉を口にする。
お酒を飲んだ時のリシャルト様の様子を思い出してしまって、私はくすりと笑ってしまった。
「フォート公爵様」
そう言えば、私はフォート公爵様に言わなければいけないことがあったのだった。
呼び止めると、フォート公爵様は不思議そうな顔をしてこちらを見た。
「ん? どうした?」
「お借りしていた奥様のお洋服、汚してしまってすみませんでした」
エマ様に突き落とされた時に私が着ていたのは、フォート公爵様の亡き奥様のドレスだった。
騒動が終わったあと、フォート公爵様に連絡をしてとりあえず送り返すことになったのだが、あれからどうなったのかをずっと気にしていたのだ。
「ああ、気にすんな。あのドレスは修復してもらったし、妻の服は他にもたくさんあるからよ」
フォート公爵様はにかっと笑う。
そうは言っても、きっとどれも思い出の詰まった大切なものだったはずだ。不可抗力とはいえ、汚してしまったことは申し訳ない。
「それに、あのドレスを着てお前たちに死なれでもしていた方が寝覚めが悪い。きっと、うちの妻がお前たちを守ってくれたんだよ」
「フォート公爵様……。ありがとうございます」
そう言ってもらえるのはありがたい。
フォート公爵様はひらりと手を振って、まだ泣いている様子のフォルスター公爵様を連れて去っていった。
「リシャルト、キキョウ」
公爵様たちと入れ替わるように、また誰かがこちらへやってくる。
私たちに近づいてきたのは、エルウィン様だった。
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