第39話 宰相の妻は断罪に立ち会う②


「離せ! せめて俺はエマと共に生きるんだ……!」

 

「こら、元王子、大人しくしろ!」


 アルバート様が衛兵に引かれていく。

 いろいろアルバート様には迷惑をかけられたが……。

 身分剥奪、しかも国外追放か。なかなか厳しい刑を言い渡されたものだ。同情はする。

 だが、これでもうアルバート様と関わることが無いのだと思うと、どこか安心しているのも事実だった。


 王の間から出ていく直前、アルバート様と私の目が合う。そこでようやくアルバート様は私が王の間にいたことに気づいたようだった。


「お前さえいなければ……っ」


 最後にそう一言呪詛を吐きつけて、アルバート様は王の間から出ていった。

 最後の最後まで賑やかなことだ。

 衛兵に引きずられている状態でその言葉を言われても、さすがに負け惜しみにしか聞こえなかった。


「何を言っているんですかね。あの元王子は。自業自得ですよ」


 リシャルト様はにべもなく言い捨てる。辛辣だ……。

 

「それと、エマ・アンダーソン男爵令嬢」


 アルバート様がいなくなり、静かになった王の間。

 国王は、エマ様にゆるりと視線を向けていた。

 エマ様は小柄な体をさらに小さく丸めている。


「お前は聖女程の力がないのに聖女をかたった。その罪の重さは分かっているな」


 この国では、聖女は王族と並ぶような身分だ。王族ではないのに王族だと偽ることに等しい。

 

「更には宰相とその妻を階段から突き落として怪我をさせ、アルバートと共謀して企みを行った」


 つらつらと国王がエマのしてきたことを述べる。

 エマ様は、そこでようやく顔を上げた。


「でもエマ、全部アルバート様にそそのかされたんですぅ」

 

 えっ。

 

 顔を上げたエマ様は大きな瞳を涙でとうるませて国王を見上げている。

  いや、待て待て待て。さすがに全部アルバート様のせいにするには無理があるだろう。

 アルバート様がいなくなって、どうやらエマ様は全てをアルバート様に擦り付けることにしたらしい。

 この一瞬での切り替えには目を見張るものがあった。なんというか、たくましい。

 というか、さっきまでの元気の無い反省した様子は、全部演技だったということか? それじゃあ、昨夜の教会での気力のない姿も全部嘘?

 エマ様は、一体どこからどこまでが本当なのだろうか。分からなくなる。


「エマのこと助けてくれたら、国王様の愛人に立候補したいなぁ」


 エマ様は誘惑するように国王陛下を見つめた。

 私は完全に混乱。

 国王はエマ様の変わりようにたじろいでいる。


 完全にエマ様に飲まれかけたその空気を破ったのは、リシャルト様のぴしゃりとした言葉だった。


「いい加減になさい、エマ・アンダーソン。そそのかされようがなんだろうが、それがあなたがしてきたことでしょう。自分の行動には責任をもちなさい」


「……っ」


 エマ様が言葉に詰まる。

 それに国王陛下もハッとしたようだった。

 どうにか調子を取り戻して、続きを口にする。


「エマよ。お前の罪は重い。アンダーソン男爵家から爵位を剥奪し、お前は修道院送りとする。そこで一生人に尽くせ」


「な、なんでよ! お父様たちは関係ないでしょ!? なんで爵位を!」


「こ、こら暴れるな!」


「それに一生修道院って! それじゃあ優雅な生活送れないじゃない! どうしてくれるのよ!」

 

 エマ様は身を乗り出して国王に叫んだ。後ろにいる衛兵が慌ててエマ様を捕らえる紐を引っ張って止める。

 そのまま、エマ様は衛兵に連れられていった。

 王の間から出る直前まで、エマ様は何やら国王に向かって文句を言っていた。なんなら扉の外からも甲高い声が聞こえてくる。


 退場の仕方までアルバート様とそっくりだ……。

 あの二人はトラブルさえ起こさなかったら、きっとお似合いのカップルだったに違いない。


 国王も、玉座の脇にあるであろうもう一つの出口へと静かに向かっているようだった。

 エルウィン様ももう居ない。

 残されたのは、私とリシャルト様だけだ。


「……これでやっと、あなたを自由にすることができました」


 リシャルト様の安堵したような呟きが、王の間にぽつりと落ちた。


 国王から与えられた聖女というかせも、アルバート様の婚約者という鎖も、完全に何も無い。

 エルウィン様の治世では、きっと聖女の力を酷使するようなことにはならないだろう。

 私に残ったのは、この国の宰相閣下の妻という立場だけ。


「用事も無事終わりましたし、屋敷に帰りましょうか。キキョウ」


「はい」


 私は差し出されたリシャルト様の手に、自分のものを重ねた。


 

 およそ一ヶ月近くに渡ったアルバート様とエマ様の騒動が、ようやく終わろうとしていた。

 

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