ep.22 アルベルト・フォン・ヴァルトハイム (1)

 アルベルトが、初めて殆ど魔力を持たぬ者に出会ったのは、彼が八歳の誕生日を過ぎて少し経った頃だった。


 夜更け近くに、音も無く彼の寝所へと忍び込んできた女は、齢は二十代か三十前後か、唯ならぬ身のこなしと合わせて何やら得体の知れない者に思えた。

 すぐに剣を取ろうとする少年を前に片膝を付き、深く頭を垂れて、グレア、と名乗った彼女は不敬を手短に詫びながら、『前当主様が呼んでいる』とそのようなことを言った。


 グレアに連れられて、月も星も無い暗夜に、屋敷の広大な敷地を進む。

 無言のままようやく辿り着いた先は、森の中に隠されるようにして建てられた離れだった。


 アルベルトが躊躇いなくその一室へと足を踏み入れる。

 彼が生まれるよりも前に病気の悪化により遠方に療養に出たのだ、と聞かされていた肖像画の中の祖父が、絵よりも少し痩けた顔で寝台に座っていた。


 以降、アルベルトは隙を見てはその離れへと通った。

 屋敷の者は当然のこととして、ひっきりなしに訪れる他の貴族たちにも見つからぬよう、自室を抜け出すのはいつも真夜中だった。


 離れには祖父の他に、数人の使用人が住まい、隠れ潜みながら祖父の世話を焼いているようであった。

 彼らは皆ほとんど魔力を持たず、しかしいつも屋敷で言われているような、愚鈍さや教養の無さなどは少しも感じることはなく、むしろこちらの方が居心地がいいとすらアルベルトは思った。


 一度もはっきりとは聞かなかったが、何故前当主であるはずの祖父が、このような場所に幽閉されるような形となっているのか、十になる前のアルベルトにも理解ができた。

 ただ時たま訪れ、血筋やその歴史、国の歪みについての話を聞き、グレアたちとも交流を続け、そして彼が十一になる前に、褐色の鋭い眼光を持った老人は不審死を遂げた。


 最後に交わした会話から彼に残された言葉は、『ヴァルトハイムの責を果たせ』というものだった。



 城砦の騎士団長執務室で、アルベルトが気配に顔を上げる。

 それとほぼ同時に飛び込んできたのは負傷した様子のレオネルだった。


 胸元を押さえて、時折咳き込みながら状況を報告する男に、アルベルトは頷き、手元の書類の最後の一枚に署名を記す。


 執務机のすぐそばに立て掛けられた重い剣を持ち、それを身につけながら執務室を後にした。

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