第29話

 スペシャルメニューを食べた翌朝、登校してきた俺のもとに芙蓉がやってきた。

 取り繕おうと頑張って澄ましたような顔をしているが、唇の端がにやけてしまっており少し不格好な表情をしている。

 縦ロールもいつにもましてツヤツヤしており、どうやら絶好調のようだ。


「鉄様!昨日は大変貴重な体験をさせていただいて誠にありがとうございます。本来ならば昨晩この感動を伝えようと一所懸命メールを作成していたのですが、何もしていないのに急にわたくしの5000字に渡る感想が消えてしまったのでこうして馳せ参じましたわ」


 pcに疎い老人のようなことを言うやつだな。何もしていないというやつが何もしていないわけがないのだ。

 それをそのまま指摘するような無粋はやめてそうかと返事をするに留めておく。


「それで本日もお昼に学食に集合ということでよろしいですの?最近のわたくしはお昼の時間が楽しみで楽しみで」


 そんな芙蓉に俺は悲しいお知らせを告げる。


「あーそれなんだけどな、ここ最近の学食やら外出での散財やらで懐が少し寂しくてな、しばらくは学食はやめて弁当にすることにしたんだよ」

「え」


 先ほどまでの喜色満面の笑みから一変、焦った様な顔をした芙蓉がつっかえながら言う。


「で、でしたらわたくしがこれから学食をずっとご馳走いたしますわ。鉄様が気に病むことはありませんですのわよ」


 焦りすぎて語尾もおかしなことになっている芙蓉に俺は真面目な顔で注意する。


「気持ちは嬉しいけどな、友人間での金銭のやりとりはトラブルの元なんだよ。そりゃ芙蓉にとってはほんとになんてことない額かもしれないけども、借りを作りっぱなしだと俺も気持ちが悪いしな」

「鉄様・・・」


 こればっかりはいくらチワワのようなうるんだ眼をされても首を縦に振るわけにはいかない。

 長期的な金銭の授受で双方幸せになることなんて絶対にないからだ。


「悪いな、俺の個人的な都合で行けないのは謝るよ。また金が貯まったら学食に行くからさ、気長に待っててくれ」

「・・・わかりましたわ。わたくしいずれ鉄様がまた訪れる日まで椅子を温めておきます」


 秀吉か?まあ悲壮感漂わせて言われるよりかはこうやっておちゃらけて言ってくれた方がこちらも気楽かもしれないな。


「そろそろ予冷が鳴るぞ?教室に戻らなくて大丈夫なのか?」

「ああそうですわ、先ほどの大ニュースで少し頭が真っ白になってしまいましたが、もう1つ言いたいことがあったのですわ」


 なんだろう?昨日の礼は貰ったし、お誘いの件も片付いたからもうないと思うのだが


「お父様がですね、鉄様を我が家へ招待したらどうだとのことでそのお誘いですの」

「・・・なんで?」

「鉄様がお父様にわたくしのことをいい関係だとおっしゃってくれたことでお父様が正式に婚約を結んだらどうだと言っているんですの」


 あのオヤジやっぱり訂正聞いてなかったのか。ぶん殴ってでも止めておけばよかったな。


「いや、でも付き合っていないわけだし芙蓉だっていやだろ?いきなり色々すっとばして婚約だなんて」

「わたくしは鉄様さえよければ別に・・・」


 なんということでしょう。鉄君逆玉ルートへの道が急に開けてしまったぞ。


「そんなことは抜きにしましても1度我が家へ遊びに来てほしいですわ。それでわたくしも今度鉄様のお宅に訪問させてもらえれば幸いですわ」

「ま、まあ難しい話はなしにして遊びに行くくらいだったら・・・」

「決まりですわね!詳しい話はまた後日改めてしましょう」


 流れてくれないかなぁ・・・絶対にあのオヤジが出張ってきてしっちゃかめっちゃかになる未来しか見えないぞ。

 と、そこで頭上のスピーカーから予冷が鳴り響く。


「あら、時間が来てしまったようですわね。名残惜しいですがまたですわ」

「ああ、ここ数日俺も楽しかったよ。また飯食おうな」


 去り際に芙蓉はご自慢の縦ロールを両手でつかんでカーテンを作ると互いの顔を近づけて周囲の視線を遮る。

 なにをしようか尋ねる前に唇にすこし湿った暖かい感触


「わ、わたくしの物ということで文字通り唾を付けておきましたの。それでは鉄様御機嫌ようーー!」


 朝の教室で唐突に行われた行為に奇異の目を向けてくる有象無象。見世物じゃねーんだぞ散れ散れ。

 ったく・・・他意はないんだけど悪役令嬢ものとか今度探してみようかな。

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