第25話

 その晩、俺は世界で一番落ち着ける場所である自室のベッドの上に寝転んでスマホを弄っていた。


『ついた。れんらくくださ』


 最後がそれで〆られているやりとりをぼんやりと眺めているとそこに新しいメッセージが送られてきた。


『きょうはごめんなさい』


 画面の向こうの芙蓉の悲しんでいる顔が浮かんでくるような文面に俺は努めて無責任に返信する。


『気にするなよ、中流家庭なのは本当だしな。あんなの気にしないで週明けの昼を楽しみにしておけよ』

『そうはいかない。おとうさまが』


 あんなの本当に気にすることないんだけどな。ケチはついてしまったかもしれないけど、突然現れたオッサンにいきなり何を言われようが普通にノーダメージだし。

 芙蓉が判断して離れていくというなら止められないかもだが、俺から無理に遠慮して距離を取るつもりは今のところないしな。


『ま、衝撃的ではあったけどな。俺から離れるつもりはないから平気だ。芙蓉が友達止めたいっていうんならしょうがないけどな』

『そんなわけない』

『ならいいんだ。これまで通りやっていこうぜ』

『おやすみなさい』


 メッセージのやり取りを切り上げてスマホをベッドサイドに置く。

 やっぱり気にするなって言っても無理だよなあ。

 かくいう俺も今やある程度耐性ができているが、姉さんが俺の事を思っての奇行には頭を抱えたものである。

 海外出張している親の代わりに授業参観に出てみたりとか色々な・・・


「芙蓉の親父さんもあんな敵愾心むき出しじゃなくもっとフレンドリーに来てくれればなぁ」


 俺がそうつぶやくとまたしても机の引き出しが発光しだした。

 前回もこんなことあったなと開けてみると発光源はやはりあのカードだった。

 見てみると表面に書かれている印がまた変化しており、「品」が「日」になっていた。

 これは一体どういう仕組みなんだろう?

 以前もこのような現象があり、その時は無視したのだがどうも気になる。

 1人で考えてもらちが明かなそうなのでそれをもって階下にいる姉さんに相談してみることにしよう。


「姉さん、少しいいかな?」


 リビングに降りると、姉さんがバスローブ姿でコーヒーをすすっていた。


「なんだ?お姉ちゃんに甘えたくなったのか?仕方ない奴だなほらこっちにこい」


 いつものごとく世迷言をほざく姉さんの向かいに座ってカードを差し出すと怪訝そうな顔でそれを受け取る。


「これはなんだ?お姉ちゃんへの愛の告白ということか?この『日』という文字にも深い意味があるのか・・・」

「違うよ?これは以前親父に土産でもらったカードなんだけど、最初は『田』って書いてあったんだ。それがカードが発光して少し前に『品』になってついさっき『日』になったんだ。なにか聞いてないのかなと思ってさ」


 ふうむと色々な角度からそれを見る姉さん。様子を見るになにか知っているわけではないようだ。

 ぱちんと指を鳴らしてひらめいた様子で俺に言う。


「鉄よこれは魔法のカードなのではないか?お前はこれを漢字だと捉えているようだが、これは四角の数なんだ。最初が残数4で2回使用して今は残数2ということなんじゃないか?」

「魔法ってそんな非科学的なことあるわけないだろ?」

「何を言う。この世は説明できないことで溢れているんだぞ。それに言うだろう?高度に発展した科学は魔法と見分けがつかないと。もしかしてこれは人類の粋を集めた科学のカードかもしれない。しかしそれの仕組みが理解できない以上魔法のカードと言っても差支えがないわけだ」


 そんな馬鹿なと否定を重ねようとしてふと思い出す。

 そういえばこれが光った時はどちらも自室でつぶやいた時であった。

 前回は園芸部の騒動中に柴田が入部してきて部長に悲しい顔をさせていた時、今回は芙蓉の親父とエンカウントしてこれまた悲しい顔をしていた時に何とかならないかと思ってぽつりとつぶやいた時であった。

 それに柴田の性格が180度変わってアブラムシにジョブチェンジしたのももしかしたらこれが原因なのか?


「心当たりがないわけじゃないんだよな。姉さんの言った通りこれはもしかしたら魔法のカードなのかもしれないな」

「え?マジで?」


 めちゃめちゃ驚いた顔をした姉さん。いやあんた適当言ってたんかい。


「姉さんが言ってくれたんだろ?」

「いや、そんな魔法のカードなんてあるわけないだろう?でも鉄が悩んでいるみたいだったからお姉ちゃんらしくズバッと解決したら鉄が感激してお姉ちゃんに抱き着いてくれるかなって・・・」


 なんて汚れた思惑だろう。すこしでも見直してしまった俺の純粋な気持ちに謝罪してほしい。

 とはいえ、それ以外に思いつかないもの事実なのでとりあえずこれは魔法のカードということにしておくことにした。


「ま、これが魔法のカードであろうとなかろうと納得がいった気がするから礼を言っておくよ」

「ああ、鉄の役に立てたのなら嬉しいよ」


 両手を前に突き出して間抜けなポーズをしている姉さんにお休みと言ってその場を去る。

 しかし先ほどの発光で使用されてしまったとしたら危険だ。

 芙蓉の親父になにかしらの変化が起こっているかもしれない。週明けに確認してみないとな。

 それはそうとしてこのカードに一生不労所得をくれって言ったら叶うかな?

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