第6話

 それはまるで白桃のような小さくてかわいらしい尻であった。スカートを履き、黄色の包装紙に包まれたそれはふりふりとまるで食べられるのを待っているかのように揺れていた。

 なんだ、先生が俺が来るのを見越して差し入れでもくれたのか。なら美味しく頂かないとなと俺が近づこうとすると、横でフリーズしていた式が慌てて俺の視線を遮るように手をわたわたと振る。


「てっちゃんダメダメ!見ちゃダメ!」


 式の声に反応したのかその尻からかわいらしい声が聞こえる。


「おお、誰かおるのか?すまんが引っ張ってほしいのじゃ」


 ハッとしたように式が近づき抜こうとするが力不足で抜けない。しぶしぶといった様子で俺を呼ぶと、2人協力して何とか救出に成功した。


「いやー助かったのじゃ。最近倉庫整理をさぼっていてな、たまには整頓しようかと思ったらこのざまじゃ。慣れないことはするものじゃないの」


 顔を埃と泥まみれにして頭を掻きながら言うのは小さな女の子。身長は式よりも低く140センチ程度だろうか。綺麗な金髪をツインテールにしてぱっちりと勝気な猫目は深い蒼。凹凸の無い体は空気抵抗が薄そうだ。正直制服を着ていなかったら小学生でも通用しそうな見た目をしている。


「で?おぬしたちは誰じゃ?入部希望の新入生か?」


 その小さな体躯で倉庫の隅の電気ケトルを取り、3人分の紅茶を入れる幼女。なんだかおままごとを見ているようでほっこりするな。


「生徒会から園芸部の様子を見てくるように頼まれた1年の和泉鉄です。こちらは様子を見る俺の様子を見に来た小幡式」

「小幡式です。てっちゃんの幼馴染をやっています」

「なんじゃ入部希望ではないのか。鉄に式じゃな。わしはこの園芸部の部長をやっている2年の二階堂美月にかいどうみつきじゃ。して、様子とはどういうことじゃ?」


 折り畳みの机といすを用意して紅茶を俺たちに勧めて自分も飲み始める二階堂先輩。あ、やけどした。猫舌なんだ。


「花壇の管理ができておらず、雑草が生えている現状を憂いた生徒会が会長の弟であるてっちゃんを視察に来させたというわけです」

「なるほど、花壇の件か。あれはわしも早いところどうにかしようと思ってはいるのじゃなとある事情があってな・・・」


 なんだか厄介ごとの気配がしてきたぞ・・・?先輩の入れてくれたお茶を飲みながらなんとなく倉庫内を見渡すと壁に写真が貼ってあり、5人の男女が仲よさそうに花壇の手入れをしている写真があった。

 その視線に気が付いた二階堂先輩が懐かしむように語りだす。


「それは去年園芸部の活動報告を作るときに撮った写真じゃ。そのわし以外の4人は当時の3年生でな、今年から部員がわし1人になってしまったので、この倉庫の外にある鉢植えの世話につきっきりで花壇まで手が回らなんだというわけなのじゃ」


 なるほど、さぼっていたわけではなく人手不足と。だとすると部員の数は生徒会でも把握しているはず、なのに一体どういうことなのだろうか。


「部員の数が二階堂先輩だけというのは学校側は把握しているんですか?流石に1人ですべての花の管理をさせるわけがないと思うのですが」


 俺が問いかけるとむむぅと唸りながら観念したように先輩は話し出す。


「実は書類上ではわしのほかに2年はあと3人在籍していてな、まあいわゆる幽霊部員というやつなのじゃが、3人以下になると部活が解体されてしまうので黙ってわし1人で活動しているというわけじゃ」


「てっちゃん、これどうしようか?私は学校に正直に事情を説明して部活を解体して外部の業者さんを雇ったほうがいいと思うんだけど・・・」


 式がこそこそと俺にささやいてくる。吐息が耳にかかってなんだかくすぐったい。


「まあ待て、俺に考えがある。」


 ここで園芸部の実態をつまびらかにして学校に報告することは簡単だ。しかしそれでは根本的な解決とはならず、姉さんがしゃしゃり出てくるかもしれない。俺の願いは平穏な放課後ライフだ。


「二階堂先輩。俺にまかせてください。花壇の美化活動と新入部員の勧誘、俺も協力します」


 爽やかにいう俺に机の向こうから走って回り込んできて手を取って喜ぶ先輩。おぉ・・・温かい手だな。


「ほんとうか!?部活が廃部にならないように助けてくるのか?ありがとうなのじゃ!」


 よほどうれしいのか部室内を小躍りし始めた先輩。ひとしきり踊った後でこちらに向き直り神妙な顔で首をかしげる


「とはいっても花壇の世話は3人でやればなんとかなるとして新規の部員勧誘はどうかのう?4月に行われた新歓イベントでも手ごたえがなかったし・・・」


 新歓イベントなんてあったんだ・・・だいたい学校が終わったら直帰していたから全然知らなかった。


「二階堂先輩、その新歓イベントではどのような勧誘を行っていたんですか?」

「チラシの配布と説明じゃな。とはいっても用意したチラシを全然受け取ってもらえなくて成果はほぼなかったが・・・」


 部屋の隅にあるA4サイズのプリントをもってきてこちらに差し出した先輩。どれどれと俺が覗き込むとその理由が判明した。


「あの、これはなんですか?現代アート?」

「勧誘チラシにきまっておろう?会心の出来じゃ」


 そこに書かれていたのはクレヨンで書かれたおどろおどろしいイラストとかすかにそういわれれば読めなくもない園芸部新入部員募集の文字、まあ受け取らないかもなこれでは・・・


「非常にエキセントリックですけどこれではだめかもですね。ちょっと草案を家で考えてきます。先輩は花壇に植える植物の用意をお願いします」


 まあ適当にフリーの植物の写真を貼って先輩の写真でも添えておけば数人は来るだろ。幼い容姿だが顔立ちは整っている。花の妖精ということで適当に紹介文もでっちあげておこう。


「ではいったん俺たちは帰りますね。また後日伺いますのでよろしくお願いします」

「うむ、よろしくたのむぞ鉄に式」


 失礼しますと部室を出て帰宅をしているその途中、式が不思議そうに尋ねる。


「てっちゃんどうして学校に報告しなかったの?それどころか園芸部再建のお手伝いまでするなんて」


 当然の疑問だな。普段の俺のぐうたらぶりを見ている式には信じられない光景だっただろう。ただ、馬鹿正直に言っても意味はないな。どうせなら自分の株でもあげておくか


「まあ、深い意味はないよ。俺も高校生になったからさ、何か自分の力で成し遂げてみようかなってそんな感じ」


 ふうんとつぶやく式。


「それにしても二階堂先輩って小さくてかわいかったね。てっちゃんはああいう感じの女の子が好きなの?」

「確かに庇護欲がくすぐられるような見た目ではあったな。膝の上にのせて頭をなでてあげたいみたいな」


 突然立ち止まって俯く式に近づくと小さい声で何かをつぶやいている。


「てっちゃんはああいう女の子が好きなの?なんで私じゃダメなの?確かにあの先輩は小さいけど私だって負けていないし胸は断然私のほうが大きいし・・・もしかして貧乳が好きとか?でもてっちゃんのpcのラインナップでは巨乳の割合が7の普通2の貧乳1だからそんなわけないよね?もしかして金髪かツインテールが好きとか?それなら言ってくれればすぐにでもてっちゃんの好みに合わせるのになんでナンデ」


 ぼそぼそと何かをいう式の肩を揺さぶりトリップ状態から戻す。たまにこいつはこうなるのだ。まあ持病みたいなものだろ。


「てっちゃんはどんな女の子が好き!?私に変えられるところがあったら何でも言ってね!」


 がばっと顔を上げて大きな声で宣言する式。なんだかよくわからんが帰ってきてくれたようでよかった。


「式は今のままでじゅうぶん素敵だよ」


 なんだかもうどうでもよくなった俺は投げやりにそういうと式を置いて帰路に就いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る