あの部屋にいた彼女

ぼくしっち

第1話

あの部屋は、今もきちんと閉まっている。


鍵は錆びていたけれど、少しだけ油をさせば、音も立てずに回る。20年も経てば普通は腐るのに、彼女は本当に几帳面だった。いつも、そういう細かいことにうるさかった。


最初にここへ来たのは、確か中学の終わりだった。季節は春。雪解けの匂いがして、山の土が湿っていた。あの頃は、誰もが無垢で、残酷だった。


誰が言い出したのかはもう覚えていない。ただ、彼女が「嫌だ」と言ったのだけははっきりと覚えている。でも、それは遊びだったし、誰も本気で傷つけるつもりなんてなかった。


たぶん、あの時点では、ね。


僕がここに戻ってきたのは偶然じゃない。必要なことだった。もう一度、彼女に会って、話をして、すべてを元通りにするためだ。彼女は待っている。ちゃんと、あの部屋の中で。


信じられないかもしれないが、20年経っても彼女は変わっていない。本当に、美しいままだ。


食事もするし、眠るし、たまに泣く。何もおかしなところはない。


ただひとつ、ドアを開けてはいけない。それだけだ。


ドアの向こうには、過去がある。僕たちがしたこと、言ったこと、忘れようとしたこと。


彼女はそのすべてを覚えている。だからこそ、僕はここにいる。愛と責任、それだけだ。


僕は彼女を閉じ込めたわけじゃない。彼女が望んだんだ。自分から、あの部屋に入った。


そして今も、出ようとしない。それが彼女の意志だ。


ねえ……君、そうだよね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る