第3話 知事選
知事選が始まった。黒沢の対抗馬は元知事の堀田である。保守系無所属で2期務めたが、前回の知事選で黒沢に敗れている。黒沢は革新系無所属だが、特に政党に所属しているわけではない。堀田の箱物行政を批判し、行政改革をテーマに立候補し僅差で黒沢が勝利となったのである。組織票としては堀田の方が多いので、今回は組織の立て直しをして巻き返しをはかっている。だが、その組織の中心は農家である。よって、今回の選挙は農家の票によって決まるといっても過言ではない。
選挙期間中、黒沢は多くの集会所で持ち前の農業政策を訴えた。要は今のままでは先がないということを訴えつづけていた。堀田は補助金を増やすということで票を集めようとしているが、農家の人々は政府のやり方に不満をもっているのがありありだった。だが、高齢者中心の農家は黒沢が当選すれば失職する可能性があるということを知っている。演説会の後ででてくる質問は
「田んぼが買い取られる時、いくらぐらいになるのっしゃ?」
とか
「60才過ぎでも農業会社に入れるのが?」
という質問がでてくる。日本全体の農政を訴えても、農家の人たちにすれば、まず自分たちの生活が大事なのである。ある年輩のおばあさんからは
「わだすは自分用の畑をやってるんだけども、そこも農業会社に売らないといげないのが?」
という質問がでた。
「まだ計画中なので結論はでていませんが、ご自宅の庭かとなりの敷地でされている畑でしたら、何も問題はないと思います。でも、農地計画の中にある畑でしたら買い取らせていただくことになるかもしれません」
「そうが。うちは自宅のそばにある畑だから大丈夫だな」
というやりとりがあったが、中には農地の中に趣味用の畑をもっている人もおり、農家だけの問題ではないということが県民に明らかになった。
投票の3日前、TV討論が開催された。黒沢と堀田の討論会である。口火をきったのは堀田である。
「黒沢さんがおっしゃっている農業会社の件ですが、農地の買い取りは県がするわけですよね。その財源はどうされるのですか?」
「一時的に県の予備費を使うことになると思います。ですが、1年以内に計画がだされた農業会社に売却することになりますので、一時立て替えということになります」
「一時立て替えといっても、予備費が目減りするわけですよね。税金の無駄遣いではないですか?」
「それを言ったら、政府の補助金の方が無駄遣いではないでしょうか? 農家の中には最初から補助金目当てで生産調整をされている方もいます。米が足りないと騒がれている現在、米農家にも競争原理を導入して生産量を増やすべきでは?」
「補助金を減らしたら米の値段がつり上がるのではないですか? それこそ県民を苦しめることになるのでは?」
「一時的には値上がりすることもあるかもしれません。ですが、生産量が多くなればおのずと値段は安定してくると思うのですが・・」
「米があまったらどうするんですか?」
「それは備蓄米にしたり、外国に輸出することも可能だと思います。アジアのある国では日本の米がブランド化しているとのことです。流通問題が解決すれば輸出量は増えると思うのですが・・」
「今の法律では輸出に枠があります。そうそう輸出量が増えるとは思えないのですが」
「それは政府との交渉だと思っています」
「実現性は低いですね。ところで、農業会社は官立民営ということですが、県が施設を作るのですか?」
「計画をだしてきた農業会社の実態に応じて対処していきたいと考えています」
「ということは、経営規模の小さい会社の場合は県が施設を作るわけですか?」
「作るというよりも、資本参加をしたいと考えています」
「株主になるということですか?」
「株式会社であればそうなると思います。県が出資するとなれば地元財界も出資してくれると考えています」
「うまくいけばいいですね。それでは収穫した農産物はどのような販路をとるのですか?全国組織のJ農団体に任せるのですか?」
「J農団体に任せれば、全国統一価格になりかねません。できれば独自ルートの販路ができればいいと思っています」
「なんとJ農団体をつぶすわけですか?」
「J農団体さんには金融機関としての機能が残ります。今までは農家に貸付をすることが主務でしたが、対象を農家だけにしなければやっていけるはずです」
「大変なことだ!」
「農業会社がJ農団体さんの金融機関を選択することもありうると思います。決して無理なことではないと思います」
「販路の独自ルートというのは?」
「農業会社直営の道の駅での販売や、ネットでの通販、それに登録者への販売といったことが考えられると思います。仲介する業者が少なければそれだけ安く消費者に提供できます」
「オーこれまた大変なことだ。仲介業者は総崩れになってしまう。失業者が増えてしまいますよ」
「彼らに農業会社に参加してもらえばいいのでは? 通販や小売店への販売のノウハウがあるわけですから可能だと思います。複数の農業会社を担当すれば収支はあうと思いますが」
「そうなればすばらしいことですが、本当に実現可能なのかはなはだ疑問です」
という討論が行われ、県民の30%が視聴した。見なかった県民も新聞で内容を知り、黒沢の考えを知ることとなった。すばらしい計画だが、本当に実現可能なのかどうかがポイントであった。
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