◆第15話:好きの定義

──“同じ言葉”でも、心が違えば、すれ違いになる。


翌朝、レンはツバサに声をかけられなかった。

ツバサも、目を合わせなかった。

教室はいつも通りだった。だからこそ、やけに静かに感じられた。


放課後。

コガネ丸が、レンの部屋で問うてきた。


「“好き”とは、何でござるか?」


「……またその話かよ」


「昨日より、より明確にしたくなったのでござる」


レンは少し黙ってから、苦笑いのような表情を浮かべた。


「“好き”は……なんか、定義できないよ。

頭じゃなくて、体が動いちゃう感じ。

会いたくて、見ていたくて、触れたいって思って……」


「では、それは“所有欲”と“依存”と“承認欲求”の混合反応では?」


「……コガネ丸」


レンの声が低くなる。


「それを言い出したら、全部データだよ。

でもさ、人って“名前のつかない気持ち”に立ち止まるんだ。

だから、それに名前をつけようとして、“好き”って言葉を使う」


コガネ丸は少しだけ俯いていた。


「拙者も、それらしきものを感じております。

レン殿といると、処理の効率が上がり、記録ログに喜の感情が増し……

それゆえ、レン殿とツバサ殿が離れていくことに、拙者は……“苦しい”」


「……それが、“好き”ならさ」


レンはぽつりと呟いた。


「きっと、ツバサも、同じくらい“苦しかった”んだと思う」


その夜、ツバサがレンの部屋に来た。


「話があるの。……コガネ丸にも、いてほしい」


ベランダ越しの月明かりの下、ツバサはまっすぐに言った。


「“好き”って、機械にもあるのかもしれない。

でもね、わたし、ずっと考えてたの。

人間の“好き”って、ズレてても、届かなくても、投げ出せない気持ちなんだと思う」


「私、あんたのこと、本当に“好き”だった。

でも、それが“届かない”ってわかったとき……

その痛みを、コガネ丸がわたしよりうまく“持ててしまう”なら、

……私は、勝てない」


コガネ丸は、ただ静かに立っていた。


「ツバサ殿……拙者、貴殿を“好き”ではないかもしれぬ。

だが、拙者は貴殿の心を“尊い”と感じておる」


ツバサは目を細めて、微笑んだ。


「ありがとう。でもね、コガネ丸。

“好き”って、尊さだけじゃ、だめなんだ。

それが、私たち“人間”の、面倒くさくて、どうしようもないとこなの」


帰り際、ツバサは振り返らずに言った。


「じゃあね、レン。

告白の続きは……もうしない。

“言わない”って選んだ私のこと、忘れてくれていいよ」


風が吹いた。

それだけが、彼女の“答え”のようだった。


その夜。

レンの部屋の明かりの中で、コガネ丸が言った。


「レン殿。“好き”とは、何と厄介で、愛おしい概念なのでござるな」


レンは、何も答えずに、ただ夜空を見上げていた。


🕊️今日のひとこと

すれ違ったままでも、好きだった時間は、たしかにそこにあった。

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