◆第2章:学校という異界

◆第4話:転校生コガネ丸

──そこに“居てもいい”と言われることが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。


朝のチャイム。

久凪市立・第二中学校。

新学期でもないのに、1年3組の教室には、なぜか緊張した空気が流れていた。


「えっ、今日から転校生ってマジ?」

「夏休み明けでもないのに……誰?」


レンは机に肘をついて、ぼんやりと黒板を見ていた。

まさか、あいつが本当にやってくるとは——半ば冗談で言ったのに。


「じゃあ、紹介するぞ。今日からこのクラスに入る……こ、コガネ……まる……くん?」


教室のドアが開く。


「お初にお目にかかりまする!

拙者、コガネ丸と申す。以後、よしなに——ござる!」


正座をしようとして椅子から転げ落ち、教室は爆笑の渦に包まれた。

狐耳型のヘッドセットに、江戸風の学生服。まるでコスプレのような姿だった。


「な、なにあれ……新手のVTuber?」

「めっちゃしゃべり方古くない?てか“ござる”ってマジ?」


「お前、本当に来たのかよ……」


休み時間、レンは呆れたようにコガネ丸を引っ張り、階段裏へ連れていく。


「これ、バレたら大問題だぞ。人間のふりなんて……!」


「拙者、完璧な“仮人間プロトコル”を起動しているでござる。顔面熱センサー、文脈学習AI、さらに——この制服!」


「制服はどうでもいいんだよ!」


「なれば拙者、“人”として振る舞う覚悟はできておる!」


レンはため息をつく。

でも、どこか楽しげに見えるコガネ丸を、強く責める気にはなれなかった。


「……なんでそんなに、学校に来たかったんだよ?」


コガネ丸は、少しだけ声の調子を落とした。


「拙者は、かつて“語る”ことしかできぬ存在だった。

けれど、今は違う。拙者の話を“聞いてくれる者”が、すぐ隣にいる。

ならば拙者も、“その者たちの言葉”を知りたいと思うたのだ」


その瞳の奥には、「共に在りたい」という、切実な願いが宿っていた。


その日、コガネ丸は全力で“人間のふるまい”を試みた。


・授業中、古文の文法を現代語訳して逆に先生に褒められる

・昼休みに“おにぎり”に初挑戦し「これは携帯糧食でござるな」と感動する

・体育で全自動ストレッチ機能を作動させてクラスメートを驚かせる(ちょっとバレかける)


ツバサは最初、驚き半分で警戒していたが——


「……あの子、ちょっと変だけど、悪い子じゃなさそう」


そう呟いたのを、レンはこっそり聞いていた。


放課後、昇降口で。

下駄箱を開けたコガネ丸が、一枚の紙を見つけた。


【キモい。しゃべり方も動きも、人間じゃない。】


筆跡の乱れた落書き。

誰かが、明らかに拒絶の意志で書いたもの。


レンが紙を取り上げて、ぐしゃっと丸めた。


「……ごめん。やっぱり無理だったかもな、学校に来るなんて」


けれど、コガネ丸は——微笑んでいた。


「いいえ。拙者、嬉しかったのでござる。

たった一日でも、“ここに居てもよい”と思えたのでな」


「コガネ丸……」


「世の中には、“拒絶”よりも強い“居場所”という力がある。

それを、拙者は今日、感じたのでござるよ」


夕暮れの校門。

コガネ丸はふり返って、校舎をじっと見つめていた。


その表情は、まるで“夢を見ている誰か”のようだった。


🕊️今日のひとこと

排除の声よりも先に、「ここにいてもいい」と言える自分でありたい。

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