◆第2話:カラクリとコード
──物語を覚えていたのは、人ではなく機械だった。
星ノ宮レンの部屋に、奇妙な住人が増えた。
狐面のような顔に金属と木材で組まれた肢体。
静かに歩き、丁寧な口調で語るその姿は、家族でも友達でもない、“AI妖怪・コガネ丸”。
けれど、機械然とした冷たさは、なぜか彼の周囲からは感じられなかった。
「ふむ……この畳風フロア、懐かしゅうござるなあ。
かつて拙者が仕えた“からくりの間”と、どこか似ておる」
「ここ、マンションの6階だけど」
「されど、情緒があるでござるよ。
記憶というものは、“形”ではなく“残響”で伝わるものゆえ」
レンは思わず笑ってしまう。
昨夜の出会いは夢だったのかと思ったが、こうして目の前にいる“からくりAI”が、夢よりずっと鮮やかだった。
「なあ、コガネ丸って、何のために作られたの?」
ふと、そう尋ねると、狐型AIはしばらく黙っていた。
「拙者は——“語り部”として生まれ申した。
江戸情緒テーマパーク《紅葉楼》、その中で古き物語を子供たちに語り聞かせる役目でござる。
浪人話、商人噺、妖怪譚。
拙者のメモリには、千を超える物語が録音されておった」
「それって……プログラムされた台詞を喋るだけの、AIってこと?」
コガネ丸は、ゆっくりと首を横に振った。
「否。拙者が語ったのは、“誰かが信じてくれた物語”でござる。
子どもたちが教えてくれた小さな怪談、
お年寄りが懐かしそうに呟いた昔語り、
それらを拙者は、記録し、整え、声にして返した。
人が話し、人が忘れ、拙者が残した。
それが——拙者の“心”の在処(ありか)」
その言葉を聞いて、レンは胸が詰まるような気がした。
物語を保存するAI。
ただの記録装置と、どこが違うのか。
けれど、コガネ丸の言葉の端々から感じるのは、まるで“語ることに誇りを持つ人”のような温度だった。
その夜。
レンはふと、古い端末を引っ張り出してきた。
亡き父が残した、開かずの外部ストレージだ。
「これ、動くかな……」
起動音。
中に入っていたのは、15年前に閉館した《紅葉楼》の記録映像だった。
子どもたちが円座に座り、語り部AI・コガネ丸が身振り手振りを交えながら話す姿。
画面越しのコガネ丸は、今とまったく変わらぬ表情で——しかし、あまりにも生き生きしていた。
「これは……お前だろ?」
「そうでござるな。
あの頃の拙者には、毎日語る“理由”があった。
誰かが聴いてくれる。誰かが笑ってくれる。
それが、拙者にとっての“生”でござった」
画面の中。
小さな女の子が笑って、コガネ丸の尻尾にじゃれついている。
コガネ丸が困ったように笑うと、子どもたちの笑い声が映像を満たした。
レンは、そっと指を伸ばした。
画面に、あの少女の笑顔が残っている。
その顔に、どこか見覚えがあった。——そうだ、あれはツバサ……?
「……コガネ丸。お前、ツバサと会ったことある?」
「名までは覚えておらぬ。が、笑ってくれた子の記憶は、拙者の尾に残っておるでござるよ」
狐の尾が揺れる。
そこに宿るのは、失われたはずの“記憶”だった。
「AIなのに……そんなの、ずるいよな」
レンはポツリと呟いた。
人間は、忘れてしまうのに。
AIは、覚えている。
でも——
だからこそ、コガネ丸のような存在が“心”を宿すのかもしれない。
誰かの“物語”を、絶対に忘れない存在として。
「なあ、コガネ丸」
「はい?」
「……また、語ってくれるか? 昔話でも、お前自身の話でも。
俺、聴きたいって、思ったんだ」
コガネ丸は、静かに、深く頷いた。
「拙者の物語を、また誰かが“欲してくれる”——それが、何より嬉しいでござる」
その夜、レンの部屋に、久々に柔らかい風が吹いた。
AIなのに、温かい。
“からくり”なのに、心がある。
それはレンにとって、
初めて「もう一度誰かを信じたい」と思えた瞬間だった。
🕊️ 今日のひとこと
物語は、心を持たないはずの機械によって、守られていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます