超一流コーチ、昭和に飛ばされてど阿呆野球部の根性なし監督に成り下がる

@rarigo-en

序章 クソったれ宇宙


 俺はメジャーで、それも屈指の名門チームで、アシスタントコーチにまで上り詰めた。

 

 辞める時は、選手はもちろん監督やGMにも引き止められた。


 それでも、俺は日本に戻った。


 

 高校野球の監督になるために。

 

 悪き伝統を断ち切るために。



 それなのに・・・



「よっしゃ!点灯じゃ!!」


 日が暮れて、ハロゲンライトが煌々とグランドを照らす。


 さっきから見当たらないと思っていた奴は外野の片隅で泡を吹いて倒れていたのか・・・

 

 この野球部の監督に就任して一ヶ月。ほぼ毎日、これだ。


 失神お宮階段ダッシュが、本当に失神するまでやることを知ったのはいつだったか。


 錯乱して土を食べ始めた奴を止めに入って、耳を引きちぎられそうになったのはいつだったか。


 エンドレス兎跳びの末に、全員が発狂して橋の上からダイブしたのはいつだったか。


 学校の記念樹に夜通しスライディングをして、遂に根元からへし折ったのはいつだったか。


 

 もう、何を見ても驚かないんじゃないか・・・・


 否、それでも、目の前で繰り広げられていることに脳が追いつかない。


 

 こいつらは一体何をやっているんだ?



「監督!サラシで手とバットを巻いてくれぇ」


「断る!」


 

 令和の新しいスタンダードを掲げ、無意味なしきたり、上下関係を見直し、テクノロジーと融合した効率の良いトレーニングや科学的に証明された理論で将来のメジャーリーガーを育てる。


 「甲子園」はあくまでも二次的な目標であって、全てを捧げてまで目指すところではない。


 俺は平成元年1989年生まれ。メジャー帰りで新風を巻き起こすはずだった新世代の監督・・・・


 

・・・でも、今俺がいるのは昭和34年、西暦1959年の岡山県。 



「いい加減にしろ!もうやめろ!」


「今から死ぬまで無限素振りじゃ!!」


 アホが叫びながら何も持っていないのに素振りを始めた。感覚が麻痺して、気づいていないのだろう。

 

 その隣で、バットに向かって念仏を唱えている奴は白目だ。


 気づけば、外野の辺りで倒れているのが3人になっている。


「敵襲!!!」 

 

「敵なんかおらん!戦争は終わった!!そこ!!脱ぐな!!!」


 全裸になって奇声を上げる奴をバットを持って追いかけている奴。が、二人とも間もなく事切れた。


「お前!耳から血が出てるぞ!!」


 人間、穴という穴から血が吹き出しても死なないことを知った。


「監督、これから宇宙エネルギーを蓄えますけん、静かにしてください」


 割れたガラスの上に座って座禅を組むのは何のためか教えてくれ。もう刺さりまくって下半身が血だらけじゃないか・・・


「いい加減にしてくれ!!やめろ!!!死にたいのか!!!」


 鉄拳制裁なんて最も忌み嫌うものだったが、こいつらの暴走を止めるためには直接手をくだすしかない。



「先生・・・わしら朝生まれて、夜死ぬんよ」


「なら死ね!そして、明日の朝は生まれてくるな!!」



 ようやく、グランドで立っているのは俺独りになった。



 毎日毎日この繰り返しだ。



 でも、こいつらは・・・・ゾンビのように立ち上がる。



「クソッタレがァアア宇宙ぅううううううぅううぅ!」

 

 キャプテンが立ち上がる。いつもお前だ。お前さえいなければ・・・

 

 呼応するかのように他のアホが立ち上がる。


「根性ぉぉおおおちちちち地ゅゆゆゆゆ球ぅううううう!!」  


 地球には根性ない。絶対ない。 


「気ぃいいいいいいぃいっっっっぁあああ合ぃいぃいいい日本んんんんん!!!」


 だから、ねぇよ。


「わぁああああぁあぁあぁぁぁぁぁぁ〜〜〜しぃいいいいいいいいいい!!!」


「ここ!!!!」


 俺はここにいたくないんだよ。


 そこかしこで、ショーシャンクやプラトーンみたいな奴らが叫んでいる。


 ・・・・ド阿呆が9人いる。突き抜けたド阿呆が9人もいる。


 いや、もうひとりか・・・・


 ヨロヨロ運転の初代クラウンがグランドに入ってきた。


 嫌な予感しかない。


 運転席からサラシを巻いたド阿呆が転がるように出てきた。覚束ない足取りでこちらに向かってくる。


「おう、やっとるのう」


「・・・なんで高校野球のマネージャーが車で、しかも血まみれで登場する?」


「ちょっと愚連隊と揉めたんじゃ。先生、すまんが、ここをチョロチョロって縫うてくれんか」


「病院に行け・・・それより相手はどうした?」


「どこかにいってしもうたよ。まぁお盆には帰ってくるんじゃけん」


 お盆?え?・・・もう、そういうことじゃんか・・・


 

 もう、やだ・・・・昭和やだ・・・



「日の出までノックじゃ!!!!!」

「よっしゃーーーーーー!!!!」



 でも、俺はこいつらを「甲子園」に連れて行かないと、元の世界に戻れない・・・


 なんの因果で、こんなことに・・・


 ゴミとか誰も見ていなくても拾ってましたよね、俺・・・

 

 率先してトイレ掃除してましたよね、俺・・・


 つうか、昭和に飛ばされるってなに?


 物理ってなんだったの?




 あぁぁぁぁぁーーーークソったれ宇宙がっ!

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