エピローグ


 長い廊下を抜けた先に、あの人の部屋はある。



 いつものように俺はそこを歩いていく。



 そして部屋の扉の前に立ち、一応軽くノックをする。返事はない。

 まあ、これもいつものことだ。俺は小さくため息をついた。




 たった一人、俺だけが許される行為。


 勢いよく扉を開け、堂々と中に入っていく。



「アルトさま、おはようございます。朝です」



 だだっ広い部屋の真ん中に置かれた、これまた一人が寝るにしては大きすぎるベッドの上で、すやすやと寝ている男に声をかける。


 俺はその顔をぼんやりと眺め、やがてゆっくりと引き寄せられるみたいに近づいた。アルトの長いまつ毛が影を落とし、柔らかい唇がきゅっと閉じられている。


 その綺麗な顔に、俺の影が重なる。



「———遅い。キスするなら、早くしろ」



 突然その瞳が開かれ、俺の姿を捉えた。



「っ! 起きていらしたんですか?」



 まさか起きているとは思わなかった俺は、あまりの驚きにのけぞった。いつもあんなに寝起きが悪いのに…



「—————っていうか、して…いいんですか?」



 俺が恐る恐る許可を取ろうとすると、アルトは顔を真っ赤に染めた。



「そっそんなの——いちいち、許可を取るな!」






 今死んでも、絶対に後悔しない。それくらい幸せだ。


 アルトにこんな風に触れることが許される日など、一生来ないと思っていた。


 俺はこの気持ちを、墓まで押し通すのだと。


 なのに————


 俺を見つめるその顔は、耳まで真っ赤に染まり、口を少し尖らせ、腕を組み、申し訳程度にこちらを睨んでいる。可愛すぎて、心臓が止まりそうだ。









「レオル、命令だ。————僕にキ…んっ!」



 俺はアルトの言葉を唇で塞いだ。左手をベッドに置いて、右手は彼の頬に。


 柔らかくていい匂いがするアルトの体温を、感じていた。




「お、おまえっ! いきなりするなっ!」



 アルトは手の甲で口を塞ぎ、俺から少し距離を取った。だから、俺もその分距離を詰める。アルトが恥ずかしそうに視線を逸らしたのを追いかけて、俺は彼の瞳を無理やり視界に入れた。



「いちいち許可を取るなと仰ったのは、アルトさまですよ」


「っ————」



 そう言うと、アルトは悔しそうに、涙目で俺を睨みつけた。



「——それと、キスは命令されたからしたのではありません。私の意志でしました」


「———わ、分かったから…。それ以上は近づくな…」



 のようになってしまった王子を見て、俺はくすりと笑った。
















 あの悪夢も、きっとそのうち見なくなる。




 そして俺は、夢から覚めたその先で、あなたと一緒に眠りたい。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る