アルト=フラジール


 僕に仕えるレオルという男は、容姿端麗・文武両道・頭脳明晰といった完璧人間だ。


 しかし、彼には一つだけ弱点がある。



 そう、それがこの僕。アルト=フラジール。



 レオルは、僕のことが好きなのである。


 彼はその気持ちを隠しているつもりらしいが、一日中そばにいれば嫌というほど分かってしまう。


 彼の琥珀色の瞳で見つめられると胸の鼓動が高鳴り、どうしようもない気持ちになる。

 つまり、僕もレオルが好きだということ。だって毎日あんな欲深い目で見られたら、意識せざるを得ないだろう。


 僕とレオルは両想い。レオルから気持ちを伝えてくれれば、すぐにだって受け入れてやるのに、当の本人に全くその気がない。


 僕の幸せが自分の幸せとか言って、僕に相手ができてもお祝いするらしい。本当はそんなこと思ってないくせに。


 洗面台の鏡の前で自分と睨めっこをする。どうすれば、彼の気持ちを引き出すことができるんだ。レオルは頑固なところがあるから、並大抵のことじゃ折れないだろう。


 だったら、いっそのこと…











 洗面所を出ると、レオルはまだ片膝立ちしていた。



「——レオル」


「っ! ああ、アルトさま…」



 僕の声に反応して、レオルの肩がぴくりと動いた。ゆっくりと振り向いて、僕の姿を捉える。



「…座ったら?」


「——いえ、大丈夫です」



 レオルは立ち上がり、僕が椅子に座れるように少しだけ横に移動した。


 だから、僕はさっきまで座っていた椅子に腰を下ろす。



「…僕、決めたから」


「何を——ですか?」


「父上が望んだ人と結婚する」


「———は?」



 レオルの顔がわずかに歪んだ。だがすぐに元の顔に戻る。


 大丈夫、もう少しだ。



「父上が選んだ人なら、間違いないからな。僕も安心だ」



 僕は思ってもいないことをペラペラと話した。レオルの気持ちを引き出せるなら、安いものだ。


 どうだ、さすがにこれなら彼も引き止めるだろう。



 しかし———



「—そう、ですね。私も安心です」



 レオルは、寂しそうに微笑んだ。僕と目も合わせずに。



「っ————なんでだよっ!」


「…?」



 僕は思わず声を張り上げた。


 だって、おかしい。僕がここまで言っているのに、どうして———



「僕のことが好きなくせに! どうして、それを隠そうとするんだよ!」


「!」


「そんな苦しそうな顔で祝われても嬉しくない!」



 違う、こんなことが言いたいんじゃなくて…



 レオルは目を見開いたまま、僕を見つめる。その琥珀色の瞳で。



「——お前が僕を引き止めないと、意味がないだろうっ!」


「………?」



 レオルは完璧人間のくせに、こういう時は鈍いんだな。



「っ————だから、好きだって言ってるんだろっ!」


「え、————アルトさまが……私を?」



 信じられないという声色で問い返される。



「さっきから、そうだって言ってるだろ! 何度も言わすな!」


「———————申し訳ありませんが、それは勘違いだと思います」



 ——は?



「アルトさまの一番近くにいるのが私なので、恋心と勘違いしているのだと…。国王さまのおっしゃる通り、他の方ともっと交流してみるのはどうでしょう?」



 レオルの声が遠くで聞こえる気がする。僕は絶望的な気持ちになり、目の奥がジワジワと熱くなった。


 ここまで言って、まだダメなのか…? それとも、本当に僕の勘違い?



 いや———



「だったら…」


「?」


「だったら、この気持ちは何なんだよ。レオルを愛おしいと思うこの気持ちは——」



 僕は胸に手を当て、服をぎゅっと掴んだ。勝手に涙がポロポロとこぼれてくる。


 ああ、もう。全然上手くいかない。



「アルトさま…」



 レオルが焦った様子で、僕の前に片膝をついた。



「お前は、僕の気持ちを否定するのか…?」


「——そういうわけでは…」


「レオルは、僕が嫌いか?」


「いえっ! ——なぜ、そうなるのです?」



 すぐに否定してくれたことにほっとしつつ、でも僕のモヤモヤは消えなかった。



「なら、これは命令だ。———僕のことをどう想っているのか、言ってみろ」


「………」



 レオルは目を泳がせながら、考えあぐねていた。ただ、僕のという言葉に、渋々といった様子で話し出した。



「——私は、私はアルトさまのことを…自分だけのものにしたいと、考えております」


「っ——」


「こんな、———こんな欲深くて身勝手な気持ちを、あなたに押し付けたくないのです。

 ———でも私は、あなたが欲しくてたまらない。アルトさまの全てを、奪ってしまいたい…。そう、思っております」


「なら———やはり僕と両想いということじゃないか」


「そんなっ! ————そんな綺麗なものじゃない」



 レオルの表情はずっと苦しそうに歪んでいて、ついには座っている僕の右手を両手で握りしめた。彼が勝手に僕に触れることなんて、ほとんどなかったのに。握ったその手は小刻みに震えていた。



「…分かっているのですか? 私は、あなたをぐちゃぐちゃにしたいと———汚したいと、そう思っているのですよ」


「——それなら、やっぱり同じ気持ちだな」


「!」



 彼は力なく首を横に振った。


 僕は空いている左の手で、レオルの頬にそっと触れた。彼の目から、一筋の涙が流れる。



 どうして———お前が泣くんだよ




「ずっと、同じ夢を見ています」


「——どんな?」


「………あなたを私の手で——殺す、夢です」


「………」


「私は、あなたを独り占めするためなら、どんなことでもするのだと——怖くなりました。今は悪夢でも、いつか現実になるかもしれない。

 ————それなのに、あなたの傍を離れることができないことを、どうかお許しください」



 レオルは許しを乞うように、握った僕の手を自分の額へと近づける。

 今までに見たこともない、レオルの表情・声色に、僕は無性に泣きたい気持ちに駆られた。彼を、どうしようもなく愛おしいと思うのだ。



「許すも何も、僕の気持ちは変わらない。、レオルに傍にいて欲しいんだ」


「アルトさま…」


「なあ、レオル。——着いてきて欲しいところがある」



 僕が右手に力をいれると、彼も同等の力を返してくれる。お互いに微笑んだ。



「——はい、どこへでも」

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