第24話 罪の告白と、ゆる教師ミュウーラ


 目覚めたら、見知らぬ天井だった。


 けれど場所は異世界なんてことはなく、ただ初めてお世話になる私立多聞学園中等部の保健室ではあった。


 ベッドに横たわった天麗あめりがパチパチと大きく瞬けば、側でガタリと物音がする。


惣賀そうがさんっ」


 鼻に丸めた脱脂綿を詰めた薮が、心配の二文字を張り付けた表情でのぞき込んだ。いや、その赤く染まった綿を付けた貴方の方が心配なんですけど? との言葉は、空気を読んで飲み込む。

 けれど釘付けとなった視線は、本人にしっかりと伝わったらしい。薮が頬を染めて俯き、片手で鼻を隠しつつ、前髪の隙間から天麗あめりを窺って言い訳する。


「あんまり見ないで。いっぱい走ったのと、大急ぎで三浦先生の声を生成するのに頭もフル稼働したら、鼻の中の毛細血管がオーバーヒートで破裂したんだ」


どうやら、物理的な攻撃を受けたせいではないようだ。天麗あめりがホッと胸を撫で下ろしていると、彼の奥からもう一人、ツインテールがピョコリと揺れる。


「よかった! 惣賀そうがさんの目が覚めたんだね。私、先生呼んでくる!」


 恵利花が薮の隣から覗き込み、安堵で頬を綻ばせて保健室を出て行く。

 ――そして天麗あめりと薮は、狭い保健室で二人きりになってしまった。


 薮 孝志郎のことを、今ではすっかり「薮りん」の愛称呼びで定着させている天麗あめりではあるが、間に共通の話題プログラムを挟まなければ思春期男女らしい気恥ずかしさが、大波となって襲い来る。

 気まずさを紛らわすために、とにかく話題を振ってみた。


「薮りんが、来ない間に大変な目に遭いましたよ。けど、あれって約束を破ったんじゃなく、来生きすぎさんのお友達が足止めをしてたんですね」


「うっ……。うぅ、ごめん」


 ただ肯定されるだけだと思った話に、思わぬ謝罪が返る。


「正直に話す勇気がなかったんだ。それで、延々延々延々延々……」


 悩んでいたのは理解したが、泣き言じみた『えんえん』はいつまで続くのだろうかと半眼になってしまった天麗あめりだ。


「そんな顔しないで。うぅ、けど危ない目に遭った惣賀そうがさんにはその権利があるよね。ほんとに、ごめん。ごめんなさい」


 しおしおと背中を丸める薮は、内気な小心者そのものの風貌だ。そんな彼なのに――


「それでも、いっぱい、いーっぱいがんばって、来生きすぎさんのお友達を振り切って、来てくれたんですよね」


 ニカリと、分かりやすい大きな笑みを作って見せれば、薮はキョトリと大きく瞳を見開き、ようやく安堵に表情を和らげる。


「三浦先生に、大丈夫だってお話しした後でいいですから、薮りんが話そうとしてたことを教えてくれますか?」


「うん。……ううん。三浦先生の居るときに、一緒に聞いてほしい。惣賀そうがさんに迷惑を掛けてしまったから。せめてもの、僕の罪滅ぼしとして」


 苦し気に、それでも決意を込めた玲瓏たる輝きを瞳に宿した薮。

 愛らしい系の齧歯類男子だとばかり思っていた彼だったが、その覚悟に凛々しさを感じ、迂闊にも気持ちが跳ねた。それがトキメキだとは気付かない天麗あめりではあるが、これからは今以上に目を離せない存在になるんだろうと――確信じみた思いが湧き上がると共に頬が染まった。




 ほとんど間を置かずに、息を切らせて三浦がやって来た。

 教師たるものが廊下を走ったのかと、じっとりとした視線を向ければ「早歩きだ」と胸を反らせる。


 けれど、のんびりとした雰囲気が漂ったのは、そこまでだった。


「僕が悪いんです! あの投稿も、きっと僕のせいなんです!!」


 悲痛に声を上げて、膝の上に握った両拳に額を付ける勢いで、薮が頭を下げる。


「いや、どういうことか分からないよ? 順を追って説明してくれるかな。聞き取りの時、薮さんはあの投稿をしていないと言ったし、現実問題として君の送信履歴に怪しいものは無かったよ」


「それでも、僕のせいなんです」


 頑なに言い募る薮は、思い切った様にタブレットを開き、機械文字が羅列された画面を三浦に向ける。


「これが、言い逃れの出来ない、僕の罪の証拠です」


「いやいやいやいやいやいやいや。わかんないからね!?」


 突き出した両掌と頭をブンブン横に振る三浦同様、天麗あめりと一色 恵利花も困惑に眉を顰めて「0」「1」だらけの画面を眺める。意味など分かるわけもなく、ただ目がチカチカするだけの不思議な文字列だ。


いかりさんが、惣賀さんのせいだって勘違いして、こんな騒ぎを起こすなんて思ってもみなくてっ! 僕の起こしたAIが、動き出すなんて、あんな投稿するなんて思ってもみなくって! 先生に聞かれたとき、ちゃんと言えばよかったって、後悔ばっかりで!! 本当に、ごめんなさい!!!」


 真剣に謝罪を繰り返す薮だが、彼が何をしたのか、証拠となるコードも理解した上でハッキリと判断出来る者は居ない。

 だが、三浦は俯いたままの薮の両肩にそっと手を添え、優しく微笑む。


「薮さん、大それたことをしたかもしれないと、恐ろしくなって逃げてしまうことは誰にでもあるだろう。けど、君はちゃんと問題に向き合って、先生であるオレに伝えてくれた。それは、凄く勇気のあることだと思う」


「三浦先生……」


 教育者の鑑とも思える、毅然として懐の深い態度を示した三浦に、薮が感謝と後悔をない交ぜにした声を震える唇で紡ぐ。


(やるじゃん、先生)


 ちょっぴり評価を改めつつ見守る天麗あめりの傍では、恵利花も口元に微笑を湛えている。本来の指導者の意義を成し、教育者と生徒の心の交流が為された、この感動の光景に、口を挟む無粋な真似は――出来ない。


「で、改めて聞くんだけど、薮さんはその数字で何をやったのかな?」


「ミュウーラ……」


 感動を返して欲しい。そう思ったのは、生徒三人揃って同じだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る