第8話 放課後職員室でミュウーラ爆誕


「授業時間とは一体何だ? 担任教師とは? パーソナルAIが普及した学校生活での、オレの存在意義って一体何なんだ!?」


 放課後の職員室に、2年1組担任の三浦の悲痛な声が響く。


「ふむ、お答えしましょう。この学園での授業は、パーソナルAIで既に予習した内容を提示して、大勢の人間の理解度と照合する確認の場ですよね。公立中学で一般的に見られる、教師から学ぶことを主軸とした授業とは、生徒らの取り組み方と、その時間を過ごす姿が違うのは当然の結果でしょう」


「えぇぇぇ……、毎日授業を終えた後で、19時まで残って部活動の面倒を見た後で、授業準備をしてるオレの努力の成果は、生徒あいつらには響いてないのか!?」


「そのうえ、授業以外の自主性や協調性など、生徒個人の資質に関わるところや、学園生同士の交友関係でもAIがフォローしています。となれば、担任教師の言うことを、生徒が全幅の信頼と尊敬と親愛を持って接するなんて、青春ドラマみたいな関係は望めるはずもないですよね」


「ないって……、うそだろ。オレは一人ひとりの個性をちゃんと見極めて、それぞれの得意なこと、素晴らしい個性を伸ばしてやれるよう気を配っていて。生徒たちのことを、大事に思ってんだぞ!?」


「まぁ、時代の流れです。仕方ないですよね。老害になりたくないのなら、時代の流れも尊重すべきです。とするなら、三浦先生の存在意義はクラスのマスコット的な立ち位置でしょうか。三浦先生改め、わたしたちを癒してくれるユル教師ミュウーラ、とか? にゅふふふ」


「って! 惣賀そうがさん!? 今は、注意してるんだけど気付いてないよね!?」


 三浦が辛抱たまらず声を張った真正面に居るのは、天麗あめりだ。

 彼は、彼女を注意すべく、職員室へ呼び出したはずだ。だが、当の天麗あめりは悪びれることなく、隣の教員の椅子をさり気なく分捕って腰掛け、堂々とした佇まいで相対している。

 まるで同僚と話すような奇妙な感覚に、思わず突っ込みが遅れた三浦だ。


「クラスに馴染んで早速交友関係を築けたのは良いことだし、それが同じ趣味や特技を持つ相手なら能力向上の相乗効果もあるから良いとは思う。思うけどね、限度ってものがあるよ!?

 転入早々羽目を外しに外して、一時限目のオレの授業だけじゃなくて、他の先生の授業時間も全部、隣の席の薮と大騒ぎし続けたらしいじゃない!」


 弱り切り、疲れ切った三浦は、今日の授業を受け持った教員たちからは勿論、隣の2組の教員からも苦情を受けていた。内容は勿論、目の前で他人事を聞き流す体でもっともらしく腕を組んで頷いている惣賀そうが 天麗あめりと、薮 孝志郎の授業無視の内職大暴走についてだ。

 薮が「0」を破る度に、気持ちが爆上がって「にゅぉぉおお!」などと叫んだ声は、隣のクラスにまで響いたらしい。


「まぁまぁ、そうアツくならずにお水でもぐいっと一杯」


 サラリと飲みかけペットボトルが三浦に手渡された。思わず手に取るが、眇めた目を天麗あめりに向ける。


惣賀そうがさん? これは一体誰のお水かな」


「はい、お答えしましょぅ! 今日わざわざお隣の2組から、わたしに会いにやって来た、ちょっと気の強い美魔女先生の私物かと思われますっ」


「会いに来たんじゃなくって、注意しに来たんでしょ!? それに、サラリと他人の物を寄越さない!」


「美魔女先生のなら良いでしょぉ。ミュウーラは、謝りながら嬉しそうな顔をしてたのです! 至近距離から眺めていたわたしは、誤魔化されませんよぉ?」


「んなっ!? ちょっと、惣賀そうがさん!?」


「あんまり興奮すると、倒れちゃいますよ〜。普段何でも無いものでも、疲労、寝不足、風邪、ストレス、気象条件とかが引き金になって、アナフィラキシーを起こしちゃうこともありますからねっ! 興奮の大騒ぎで疲れがリミット突破したミュウーラが、目の前でパタリといくのは嫌ですよぅ?」


 トンデモ理論を捲し立てつつ、上着の内ポケットからリレーのバトン状の物体を颯爽と取り出す。


「まぁ、そん時は、わたしのコレをブスリといってあげますけどね」


「ぅわぁっ!? ナニソレ」と、急に出て来た見慣れぬ物体に取り乱す三浦だが、落ち着いてみればソレが転入手続きの際説明を受けていたアナフィラキシー緊急補助治療薬であることは理解できた。

 けれど、呆れ切った溜息とともに天麗あめりに「何ってエピペンですよぅ。不勉強ですね」と冷たく言い放たれて、渡されていたモノはそのままに、両手をしっかり握りしめて言い訳する。


「いや知ってる! エビ・カニで、食物依存性運動誘発アナフィラキシー対応薬でしょ。他人に使うのは駄目だし。けどそぅじゃなくってぇ」


 ペットボトルの水が大きく揺すられて、ジャブンと音を立て――。

 天麗あめりが、さっと立ち上がって、座っていた椅子を本来の持ち主に譲った。

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