第77話 葛藤 ナギ視点

 これまでの人生で一番待ち遠しかったかもしれない、誕生日。

 生まれて初めて出来た愛おしい人と1日を過ごすというのもだが「誕生日プレゼントを贈る」と彼女から提案され、俺は「みやびの方からキスをして欲しい」と願った。

 本当はその先も、と言いたかったがそれは彼女の善意につけこむ姑息な行為な気がして自重した。


 隣の県にある水族館に行きたいという希望があったのだが、どうやら目当ては「映画と絡めた鮫の展示イベント」らしい。

「あの鮫はどこそこの映画に出て来た種類だ」と展示を見るたびに終始語っていた。

 意外にもイベントは大盛況で、同じように同行人にうんちくを語る人間がそこかしらに居た。

 どうなってるんだ、この国は。

 なんでも有名な映画製作会社のCEOですら「サメ映画がこんな大量に制作されるのはお前らの国のせいだ」と明言したくらいにこの国の人間はサメ映画が好きらしい。

 大人しい鮫との触れ合いコーナーまであり、直接触れては「凄いね! ホントにサメ肌だ!!」と喜んでいた。

 だからサメ肌っていうんだよというツッコミを心の中に抑えた。

 

 限定フードとして鮫肉を使ったバーガーがあったのだが「なんでチーズ入りなんだ……滅びろ、チーズ」と怨嗟の声をずっとあげていた。

 よほど悔しかったらしく、本来は買うつもりが無かった鮫の絵柄で埋め尽くされたマグカップを折角来たんだからと自分用の土産として購入しようとして値段を見て「せ……1400円」と、泣きそうな顔で購入していた。

「買ってプレゼントしようか?」とも思ったが、みやびは奢られるのは嫌がるので黙っておいた。

 彼女の意思は大事にしたいとは思うが、もっと甘えてくれていいのに。

 折角だから俺も同じものを購入した。

 ぬいぐるみも買いたかったようだが、この手の類のものは一度購入するとキリが無いらしく断念していた。

 さらに「ラブカ」という奇妙な顔つきのサメのシャツを買おうか本気で悩んでいた。

 ……この鮫、やたらと顔が怖くないか?

 みやびはネーミングセンスに問題を抱えてるが、美的センスもちょっとどうかと思う。


 水族館を出て目についた店で軽く昼食を取ってる間も「チーズは世界から滅びるべきだ。3つ願い事が叶うとしたら真っ先にチーズをこの世から消してやる」と恨み言を言ってた。

「他の2つは?」と聞いたら「粒あんを消すことと購買で売られていたナポリタンパン、通称ナポリパンの復活」らしい。

 チーズと粒あんはそんなにも嫌われているのか。

 以前に好き嫌いはないと言っていたが、めちゃくちゃあるじゃないか。

 ナポリパンというのがよくわからなかったが、高校の購買で売られていて一時期ハマっていたらしい。

「焼きそばパンよりも評価されるべきパン」だと熱弁をふるっていた。

 折角の3つの願いをそんなことで消費するのかと思ったが、なんとなくみやびらしくて笑ってしまった。

 普通の人間なら「大金と言いそうだが」と言ったら「身の丈に合わない金銭は持つと破滅しそう」と真剣に語っていた。

 そういう価値観も好きだ。


 俺だったら、願い事はみやびが抱えてる問題が解決するように使うだろうな。

 というか、彼女と母親の関係性の改善なんだが。

 軽く聞いてみたら母親は彼女が自分から離れていくのを異様に嫌がってるようだ。

 そんな母親がよく一人暮らしを許したものだ。

 母親は母親なりに娘を愛しているようだが、その割に娘の名前を呼ばないというのに違和感を持った。

 似ているという女優の姿をスマホで検索して見せられたが、話の通りならかなりの美貌だ。

 みやびとはまるで似てないが。

 彼女は父親に似たのだろうかと思うが、父親の写真も見たことが無いらしい。

 店が混んできたこともあり、みやびに「もう出よう」と急かされ、帝都駅へと向かう。

 話を逸らされたな、と感じた。


 シオンに聞いた評判のいいケーキ屋ですでにホールケーキを予約していたので取りに行くだけだ。

 ホールケーキを2人で食べるのは俺も初めてだが、4号サイズだから問題なく食べきれるだろう。

 みやびは誕生日ケーキを食べた記憶がないと以前言っていたこともあり、今回はオーソドックスなものを選んだ。

 カップケーキは出たらしいが、どういう母親なんだろうか。

 みやびからは虐待されてないとは常々聞いていたが、親を庇ってるのかもしれない。

 来年のみやびの誕生日からは彼女が望むケーキで彼女の生誕を祝いたい。

 来年も、その先もずっと。


 ケーキを持ち、みやびの家へと向かう。

 テストが近づいてるらしいがバイトは特に制限しないでいつも通りのシフトらしい。

 スマホに送られたシフト表を確認したら、相変わらずの量のバイトが詰め込まれている。

 無茶しすぎだ。

 彼女が心配だが、俺に出来ることは食べ物の差し入れくらいしかないのがもどかしい。

「大丈夫だから」と笑う彼女には、いつもどこか「いつか俺の前から消えそうな儚さ」を感じる。

 そんなはずがないのに。

 番い同士である俺たちを引き裂けるものはないのに。

 この言いようのない不安はなんなのだろうか。


 家に着き、次のデートについて計画を立てるが、未だ約束の”プレゼント”が無く、焦れた俺は急かしてしまった。

 顔を紅潮させながらも、みやびは約束通りにキスをしてくれた。

 軽いキスだろうという予想に反して俺を求める情熱的な口づけだった。

 つい手が胸の方に伸びたが、流石にそこまではダメだろうな。

 以前のように拒絶されたくもないし。

 と思っていたらみやびの唇が俺から離れていき、そのまま俺の胸に顔をうずめてきた。

 愛おしくてそのまま彼女の頭を撫で続ける。

 来年の彼女の誕生日にはもっと先に進めたらいいな、と話していたら彼女は2月生まれだと知った。


 つまり――未成年。


 驚愕のあまり、彼女を凝視してしまった。

 どういう、ことだ。

 未成年は番いに選ばれないハズだ。

 彼女は俺の番いではないということか?


 みやびが未成年だったと知って、その日はどうやって過ごしたのか、どうやって帰ったのかのかもよく覚えてなかった。


 いつもよりもかなり早めに寮に帰った俺を天方らが怪訝な様子で見てきたが、やつらと話す気力もわかずにそのまま自室のベッドへと倒れこんだ。

 番いの託宣について改めて考える。

 未成年は選ばれないではなく正確には「番いが未成年だった場合、成人してから改めて知らされる」だったか。

 どちらにしても彼女が未成年である以上、本来は俺には彼女の事を知らされないはずだ。

 本来はまだ明かされないはずなのに何かの手違いで、あのタイミングになってしまった、なら問題ないのだが。

 ――もしも彼女が俺の番いではないとしたら。

 不安に苛まれ、三つ目の巫女を問いただしたくて敬神の会を通して面会申請を出したが「今は忙しい」と却下され続けた。

 理由も明らかにされなかったので、益々番いの託宣に対して疑問を抱いた。


 みやびの事は変わらず愛している。

 だが、俺の番いではないとしたら彼女には他に正式な番いが居るのでは? 俺がしているのは彼女の運命を捻じ曲げているのではないかという恐怖心が常に付きまとうようになってしまった。

 だから彼女に触れるのが怖かった。

 いつものようにキスをしたら、それ以上を求めそうで。

 以前体を触った時のように、自分が止められないかもしれない。

「他の男に攫われる前に強引に奪ってしまえ。身も心も俺のモノにして、俺から離れられないようにしてしまえばいい。最初は以前のように拒絶されるかもしれないが、事に及んで彼女の初めてを奪ってしまえばいい。――そうしていっそ子供を作れば彼女をずっと縛り付けられる」と邪念が囁き、それを抑えるので必死だった。 

 ――そんな考えを抱くだなんて最低だ。

 彼女を愛してる、大事にしたいという思いは本心なのに。


 もし彼女の前に他の男が現れて、これまで俺に向けられてた笑顔がそいつに向けられるかも知れないと思うと耐えられない。

 だが、彼女を泣かせる事はしたくない。

 自分の欲望を抑えるために、極力彼女に触れないようにするのが精いっぱいだった。


 それが逆に彼女を傷つけているだなんて考えが至らなかった。



 生まれて初めての恋は、空回りしてばかりだった。

 そして俺はすぐに自分の行為を心から後悔することになる。

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