第55話 膝枕 ナギ視点

 みやびが勉強に集中している間、邪魔してはいけないと持参した本を読みながら待っていた。

 以前、彼女が読んで「あまりの怖さに読了するのがやっとだった。もうはるっちのお勧めするホラー小説は読まない」と泣きそうな顔で感想を言っていた本だ。

 この間二人で図書館に行った時にそう聞いたので興味を惹かれて借りた。

 どんなに怖いのか読んでみたが、確かに薄気味悪いというか背筋が冷える本だった。

 霊的な怖さと人間の怖さが混じり「厭な感じ」がする。

 ミステリーの要素も入れられているので、先の展開も気になる。

 ばらばらな事柄が次第に繋がっていく様は実に巧みな描写だ。

 しかし、そんなに怯えるほどホラーが苦手なのなら一人暮らしだし読まなきゃいいのにと思ったが「外国のホラー小説ならそんなに怖くないからイケるかと思った。国内の幽霊は陰湿だね。あいつら、まとめてぶん殴ってやりたい」と言っていた。

 幽霊を殴るというのはどういう発想だと思っていたが、怪異がステレオを投げつけて攻撃する外国のホラー映画を以前見たらしい。

 それに対して主人公サイドも物理で応戦したとか。

 ――彼女の映画の趣味は正直どうかと思う。

 そしてみやびは好戦的だ。

 そこも可愛らしいが。


 本に没頭して静かに時が過ぎていき、気が付いたら眠ってしまっていた。

 途中、顔に何かが触れた気がするがあまり覚えてない。

 くすぐったかった気がする。

 壁にかかっていた時計が目に入ったが、かなりの時間が経過していたようだ。

 自分で認識していたよりも疲労が溜まっていたのか思ったよりも深く熟睡してしまった。

 仕事が終わると一度風呂に入り、寮で食事を摂り、家に送るために電車に乗って彼女のバイト先まで迎えに行く。

 終電近くまで一緒に過ごし、帰ってから自室のシャワー室でまた軽く汗を流してから寝る。

 その日々の繰り返しで大分疲れていたようだ。

 とはいえあんな薄暗い夜道を1人で歩かせるわけにはいかない。

 今まで不審者に遭遇しなかったか? と以前聞いたことがあるが「ん~、まぁ大丈夫だったよ。そういうのは撒くし、防犯ブザー持ってるから」と返されたことがあった。

 大丈夫じゃないだろ。

 過去に遭遇してただろうその言い方は。

 俺が夜廻りの時には物理的に無理だが、可能な限りは送迎を続けたい。


 次第に意識がはっきりしていくと、みやびのベッドで横になっていたことを思い出す。

 不躾な真似をしてしまった。

 寝顔を晒してしまって恥ずかしいな。

 ベッドの前の勉強机に向かって座っていたみやびの姿が見当たらない。

 どうしたのだろうか。


 体を横たえたまま意識が段々と覚醒するが、ふと違和感に気が付いた。

 なにか柔らかいものの上に頭が乗っているようだ。

 クッションか何かを敷いてくれたのかと思って体勢を右向きに変えるために動くと、俺の頭上でスマホを見ていたみやびと目が合った。

「起きた?」とスマホを持つ逆の手で優しく俺の髪を撫でる。

 それはいいんだが、その――目のやり場に困る。

 どうしても彼女の胸の部分に視線がいってしまう。

 いつもよりも近くに感じるそれはとても魅力的で、しかも白色のシャツなので下手したら下着まで透けて見えそうだ。

 思わず喉が鳴る。

「っ……」

 やましい視線に気づかれて嫌われたくないと慌てて視線を胸から外し下の方を見るが、それはそれで危険だった。

 というかこの至近距離、どこを見ていいのかわからない。

 どこに視線を向けたらいいのかわからずに身じろぎをし、勿体ない気もするがいっそのこと彼女に背を向ける為に動こうとしたら「こら、くすぐったいでしょ」と軽く額を叩かれ動きを封じられた。

 動けなくなってしまった。

 生殺しだ。

 この状態のまま彼女と視線を合わせる勇気もなかった。


 俺の葛藤も知らずに「どうする?起きる?」なんて聞いてきた。

「――もうちょっとこのままで」

 完全に目は覚めて眠気も吹っ飛んで行ったが、こんな機会はそうそうないだろうとついそんな言葉が出てしまった。

 俺がこんなよこしまな考えを抱えてるだなんて思いもしない彼女は俺の頭を優しく撫でてくる。

 人に接触されるのはあまり好きではないが、みやびに触られるのは気持ちが良い。

 

 しかし。

 呼吸に合わせかすかに上下する豊かな膨らみから目を離せない。

 こうしてみると思ったより大きいんだな、とか、柔らかそうだな、とか、実際に触るとどんな感触なんだろうか、直に見てみたいなどと劣情が湧き上がってくる。

 彼女を大事にしたいという気持ちと、このままいっそのこと――という思いで葛藤が起きる。

 みやびは何やらスマホに集中しているようでこちらに意識を向けない。

 目を閉じて煩悩を追い払うか、と実行するもそれはそれで頭の下の柔らかい感触が主張してくる。

 じんわりと温かく、とても心地が良い。

 子供の頃母親に耳掃除の為にと膝枕をされた事があるがあれとは全然違う。


 色々と思考を巡らせていたら、みやびがもぞもぞと動いた。

 心の中が見透かされたかと思い動揺したが違ったようだ。

「ゴメンね、もう足が限界みたい。しびれてきた」と強制的に膝枕が終わってしまった。

 どんな顔をして彼女を見たらいいのかわからなかった。

「いや、とても心地よかった。ありがとう」

 それは本心だが、自分のやましい心との葛藤で苦しんでもいた。

「そっか。なら良かった」

 俺の下心は伝わってなかったらしい。

 ほっと息をついた。


 また機会があれば膝枕をして欲しい、と密かに心の中で願った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る