第3話:妹の涙と混乱
入学式が宇宙船の襲来でぶち壊され、高校は避難所と化した。
校庭では、付属中等部から逃げてきた妹・黒崎美月が、俺に飛びついてきた。
「お兄ちゃんっ!」
美月は涙を流しながら、俺の制服を掴み、震えている。いつも元気で、おかしなことばかり言っている妹が、こんな風に取り乱しているのを見たのは初めてだった。
「中等部が……宇宙人に襲われて……みんな逃げてきて……私、怖くて、お兄ちゃんに会いたくて……!」
言葉が途切れ途切れで、涙が俺の制服を濡らす。俺は美月をしっかりと抱き寄せ、周囲を見回した。中学生たちが教師に誘導され、校庭は混乱で埋め尽くされている。遠くでは、警報が鳴り響き、緊急車両のサイレンが途切れ途切れに聞こえてきた。
「落ち着け、美月。大丈夫だ、俺がいるから」
低い声でそう言いながら、妹の背中を優しく撫でた。異世界で魔王と戦った俺には慣れた状況でも、美月にはこれが初めての恐怖だろう。無理もない。
空では、宇宙船が低空を飛び回り、赤いビームで校舎の一部を吹き飛ばしている。自衛隊機の編隊も数機、空を切り裂くように飛来してきたが、遠くで聞こえる破裂音と共に、次々と撃墜されていく。
「お兄ちゃん……私、友達がまだあそこにいるかもしれない……どうしよう!」
美月が涙目で訴える。俺はその頭を撫でながら、冷静に言った。
「教師たちが避難させてるはずだ。お前はまず落ち着け」
言葉とは裏腹に、内心は揺れていた。
(このままじゃ学校どころか街ごとやられる。美月がこんな目に遭うなんて、我慢できねえ)
その時、校舎の屋上看板がビームで吹き飛び、破片が校庭に降ってきた。生徒たちの悲鳴が一斉に上がり、さらに美月が俺にしがみついてきた。
「お兄ちゃん、怖いよ……!」
「……美月、ちょっと待ってろ。トイレ行ってくる」
突如、俺は立ち上がり、カバンを手に持った。美月が「えっ?」と驚きの表情を浮かべたが、俺は振り返らずに校舎へと駆け出した。
もちろん、トイレに行くつもりなんてない。俺の目的地は屋上だ。
階段を駆け上がり、屋上のドアを蹴破る。目の前には、誰もいない。静かな空間に広がるのは、黒い宇宙船が不気味に浮かぶ光景だけだった。赤いビームが街の方へ伸び、爆発音が続く。
「普通の高校生活を守るため、目立たないつもりだったけど……美月が泣いてるのに、見てられねえよ」
俺はカバンからエターナルブレードを取り出し、木刀の姿から剣へと変形させた。刀身が淡く光り、全身に魔力がみなぎってくる。
「異世界で魔王を倒した力だ。宇宙船ごとき、まとめて消しちまうぜ」
自信のある声で呟くと、俺は両手を広げ、極大魔法の詠唱を始めた。
「全てを塵に還せ、存在を砕け――分子分解(ディスインテグレーション)!」
一瞬、屋上が眩い青白い光に包まれる。その光は瞬く間に強烈な波動となり、空を切り裂いて宇宙船に直撃。巨大な船体はまるで砂のように崩れ始め、分子レベルで分解されていく。金属が軋む音が響き、宇宙船は一瞬にして消滅した。
「……終わりだ」
光が収まり、空には何も残っていなかった。破片一つすら落ちてこない。ただ、静かな風が吹き抜けるだけだった。
俺はエターナルブレードを木刀に戻し、深いため息をついた。
「これでバレなきゃいいけど……まあ、目撃者がいねえなら大丈夫だろ」
そう呟いて屋上を後にした。戦いたくなかったが、美月を守るためなら仕方ない。戦いの場面を目撃されたら、普通の生活が台無しになるのは間違いない。目立たず、静かに戻らなければ。
校庭に戻ると、美月が目を丸くして俺を見つめていた。
「お兄ちゃん! さっきの光、何!? 宇宙船が消えたよ!」
「さあな、俺はトイレ行ってただけだ。誰かがやったんだろ」
適当に誤魔化して肩をすくめると、美月は疑う様子もなく、涙を拭いて笑顔を見せた。
「良かった……これでお兄ちゃんと一緒にいられるね」
「バカ、家族なんだから当然だろ」
俺は美月の頭を軽く叩きながら、心の中で呟いた。
「黒崎刃斗、こんな高校生活は想定外だ。けど、妹のためなら……また戦うしかねえか」
空が静かになった校庭で、俺の葛藤はまだ終わらない。
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