第13話
なんだこの美しい少女は、と、その場にいる全員が立ち尽くし、見惚れていた。
彼女は、にっこりと微笑んで、「リリー・ルイコットと申します」とお辞儀した。
「ルイコットだと!?」と途端に騒がしくなる。
何を隠そう、ルイコットは、アリシラ家と並ぶ筆頭公爵家のひとつ。
なぜ、平民の彼女が公爵家の名を名乗っているのだろう。
「…まあ!お久しぶりです!!セシル・アリシラ公爵様……!」
少女は、セシルを見るや否や、急激に距離を縮めてきた。
そして、ぴったりと寄り添ったのだ。
「…久しぶり?私はあなたと顔を合わせた覚えはありません」
「えぇ〜っ冷たいですわね……」
ぷく、と頬を膨らませる。
ルイコットと名乗っている以上、セシル様も無下には扱えない、ということか。
セシル様は小さくはあ、とため息を漏らした。
「ご挨拶が遅れました。セシル・アリシラです」
「もちろん知ってます!」
まるで私がセシル様のお隣に相応しい、とでも言いたげに、私をちらっと見てからふっと笑った。
セシル様を見る目は、とても輝いている。
「…それで、こちらは婚約者の……」
「あぁ〜それはどうでもいいです」
セシル様が私を紹介しようとした途端、彼女は今までのきらきらしたぶりっ子をやめ、つまらないといった顔をした。
「…なんだと、?」
「私、そこの地味女とか、興味ないですから」
明らかに、私を向いて、言っている。
けれど、このままではいけない。
「リリー様。私もご挨拶させてくださいませ。私はーー」
「うるさい。侯爵家ごときの分際で、私に話しかけるなんて、何様?」
侯爵家、ごとき。
ルイコットになってしまった彼女からすれば、両親が私を後回しにしてまで働いて得た地位は、「ごとき」の一言で片付けられる。
悔しくて、でも何も言えない。
私は、「ライモンダ侯爵家」だから。たとえ国王陛下から一目置かれる家でも、娘は所詮こんなものでーー。
「…申し訳、ありませんでした」
「ふん」
完全に調子に乗っている。
「…あ、そうだ!セシル様!今度お茶でもどうですか?」
「あぁ……えと」
セシル様が困惑する。私をちら、と見ながら、ふるふると首を横に振った。
「えぇ……ひどいですぅ」
「…っ、じゃあ、我が婚約者と三人で……」
「え、やだ!」
その場にいる、全ての人が振り向いた。
社交界で、簡単に「嫌だ」と言うこと。侯爵令嬢を拒んだこと。婚約者のいる男性と二人でお茶したいと誘っていること。そして、国王の前で公爵家の地位をひけらかすような発言。
流石に、非常識極まりない。
「嫌だ」と言って、なんでも自分の言うとおりになると思えば、それは大間違いだ。
「嫌だなんて、何様よ」
「…は?あんた誰よ」
「私?レイア・カラランですわ」
「カララン……?どこの地方貴族よ」
あははは、と笑うリリー。
許せない。こんなに、人を馬鹿にして。
ーーでも、私たちに止める術はない。
なぜなら彼女は「公爵令嬢」だから。
「カラランは、由緒ある伯爵家よ」
「なんだ、伯爵家?」
こうは言っているけれど、カラランは遠慮深い家柄として有名である。
その昔、カラランの先祖である英雄が、公爵の座を与えてもらえるという機会に、「私は一人で戦ったのではありません。皆で戦ったのです」と遠慮し伯爵家の座をもらった、という言い伝えがある。
カラランでは、これを教訓にしているとか。
実際は外交などに長けた国の重要な管轄地だ。
彼らを失えば途端に国民はひもじい思いをすることになる。
「…あのね。私は、ルイコットなの。わかるよね?」
「はい。公爵令嬢ですわね」
「なっ……あんた、下の身分なんだから、膝くらいついて話しなさいよ!!!」
全員が、怒りで沸騰しそうだった。
そもそも身分の下の者が上の者にひざまずいて話すことなどありえないし、そういう法律があるわけでもない。
彼女は、ものすごく、調子に乗っている。
「そこまで」
ふいに玉座から声がした。
「ルイコット、ルイコットと見苦しいわ。あんまり言うようであれば、ルイコットは公爵を降爵の可能性もありえますからね」
話しているのはーー王妃陛下。
リリーも流石に黙った。
私は、ずっと、突っ立っていた。そのときーー。
「ルアーナ」
「セシル様……」
「少し、夜風にあたらないか?」
そう言って、バルコニーまで案内してくれた。
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