幕間  メイド少女の想い

『まおーさま、まさーさまぁ』

 パルティナは自室の中、リリーとディオスが聴こえてくる中、深い憂いの息を漏らしていた。

 彼らの、優しい声や楽しげな声。やっと心を通じ合わせた喜びが感じられる。

 それは未来への希望。魔王と王妃との優しい時間だ。

 ――これから、ディオスは魔王として、幾多の王妃と心を通わすだろう。それは魔族の王の責務であり、魔族領の統治に必要なことと言える。願った通りの展開だ。

 けれど、反面、パルティナは悔しさや寂しさも募っていく。


 ――パルティナは、ディオスのことが好きだ。


 昔、サキュバスとしての力が未熟なとき。故郷の里で、助けてくれた。

 乱暴しようとしたゴブリンを追い払ってくれた。怖くて泣いた自分を、慰めてくれた彼。そのときの記憶は忘れられない。

 それ以来、ディオスとは一緒になることが増え、彼がいじめられるようになった後も、パルティナはしきりに彼を守るようにした。

 それは、殺戮のヒューレイグの一件を経ても、根底は変わらなかった。

自分とディオスだけが困難に立ち向かえる。一緒に乗り越える。そんな関係が好きだった。

 けれど、それは今や変わってしまった。

 ――わかってはいる。今の環境は、あの日交わした約束に基づくもの。

 辺境のインプの頃から、ディオスは奮戦して成功した、唯一の魔王であり、あの日ヒューレイグから守るために戦ってくれたことに大きな恩義を感じる。

 さらに今では王として統治してくれている――それはとても嬉しくて素敵な事実だ。

 けれど、それをパルティナは二重の意味で後悔することがある。

 一つは、魔王としての責務を彼に追わせてしまったこと。

 仕方ないとは言え、あの日ヒューレイグを排するため、パルティナとディオスは秘められた力を開放してしまった。それにより、ディオスは魔王へ挑む道を余儀なくされた。

 ――もっと、他に道はあったのではないか? 彼に重荷を背負わせたままで良かったのか? そう考えると眠れない夜もある。

「ディオス……」

 そして――もう一つ。自らの心の抑制。

パルティナには、『大淫婦(バビロン)』としての力が残っている。それは今でも向上し続け、放っておけば全ての魔族を魅了する毒となる。それは抑制せねばならない。

だからパルティナは、ディオスへと懇願した。『自分を女として見られないしてほしい』と。

 何かの間違いで魅了の力が暴走してしまえば、全てが終わる。だから願った。

 いま、パルティナが着ているメイド衣装は、ディオスが造ったものである。カチューシャ、靴、靴下、ガーターベルト、下着、髪飾り、その全てが『魅了抑制魔道具』。

 日常を送れないパルティナに、人並みの生活を授ける物。

 それ以来、パルティナは己の気持ちを封じた。ディオスが魔王として統治出来る間柄に務める。遠からず、近からず――『メイド』として配下として生を全うする。

 それこそが今の彼女の在り方だ。

 ――しばらくベッドに突っ伏していたパルティナは、やがて自らの頬を叩いた。

深呼吸する。頭から余計な感情を追い払う。抑制の魔術具を再発動。

 総数二十の術を発現。眩い光が彼女を包む。体の隅々まで駆け巡る。意識を淫魔からメイドへと変化させていく。

「――わたしはメイド。魔王ディオスさまの配下です」

『魔王さま』と呼称することで、彼の補佐として務めるよう自分に枷をはめた。

 完璧なメイドとして、彼のそばに居続けるために。今日も気持ちを抑制する。

「――さて。今日も魔王さまは貸与でしょうか? 次の王妃は誰でしょうか。ベルゼリカ様でしょうか、シャンエルテ様でしょうか?」

 全てはディオスのためだ。良き未来を掴むために。そのためならこの程度成してみせよう。

「――大変だぁぁ! 王妃レティシア様が暴走した! 誰かっ止めてくれぎゃああっ!」

「やめてくださいレティシア様! どうか冷静に……ぐわああーっ!?」

「……やれやれ。またあの方ですか。本当にもう、問題だらけなんですから」

 パルティナは苦笑いする。

 ディオスの未来のために。彼に尽くす喜びに。精一杯生きることに尽くす毎日。

「まったく何事ですか? いつも騒々しいですね」

 いつか――自分の本当の想いを口に出来るまで。

いつか――彼と愛し合える瞬間を夢見て。

 銀髪のサキュバスは、一度だけ頬を叩くと、涼しい顔を浮かべ、自室を飛び出した。

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