動く人体模型
今日も放課後がやってきた。教室に誰もいなくなったタイミングを見計らって、私達はいつものように教室の隅で顔を突き合わせる。
「今日は『動く人体模型』を調査しよう!」
そうして開口一番、口火を切ったのはシオンだった。昨夜の『トイレの花子さん』の一件で、七不思議に関する詳細なリストを手に入れた私達。残る怪談は『動く人体模型』『赤い部屋』『隠された禁書』そして『幽霊と会える鏡』の四つ。その中で、シオンがまず興味を示したのが、この『動く人体模型』の噂だったのだ。
「ずっと気になってたんだ! だって、動くんだよ!? 人体模型が! やばくない!?」
「やばいね。『動く人体模型』か……そもそもこれを写した投稿が、七不思議を流行させるきっかけにもなっていた」
私はスマートフォンから学園の掲示板にアクセスして、例の投稿をもう一度確認する。写真の画質は荒く、人体模型らしき人影は闇夜に紛れていてはっきりと写っていない。ピントも甘く、不気味さだけが際立っている。
この写真を初めて見た時は真っ先にディープフェイクを疑ったものだが、ここまで七不思議を調査してきた所感として、これがただのイタズラだとは到底思えなかった。
「七不思議の四つ目、『動く人体模型』の噂。時刻は深夜の十一時。場所は旧校舎一階の理科室。『追いかけっこしよう』と声をかけると、人体模型が動きだす……花子さんのおかげで正確な発生条件が解るようになったのは有り難いな」
「追いかけっこって……それ、人体模型が追いかけてくるってこと? こわすぎない……?」
「うん。デジタルアート、スピーカー、AIアシスタント――これまで解明してきた七不思議とは明らかに毛色が違う。こちらに対して能動的かつ物理的に接触してくる……言ってしまえば、実害のある怪異だ」
私の懸念が伝わるよう、敢えて強めの言葉を使ってみる。それを受けたシオンは、顔を少し強張らせていた。
「逃げ切ればいいのか、撃退すべきなのか、解らないけれど……シオン、今回の調査は、もしかすると危険かもしれないよ。最悪の場合、怪我をする可能性だってある」
いくら七不思議を解明するためと言っても、それでシオンが怪我をしてしまっては元も子もない。だから今回の一件に関して、正直に告白すると私は、一人で調査しようかと考えていた。
脅しという訳ではないが、もしも彼女が私の説明に忌避を示すようであれば、私単独での調査を提案しようと思っていたのだが――
「大丈夫だよ。わたしだって覚悟はできてる」
しかし、彼女の瞳にはやはり、揺るぎない決意が宿っていた。
「それに、一緒ならきっと大丈夫だよ!」
「……わかった。少しでも危険を感じたら、すぐに退散しよう」
「うん! 約束する!」
彼女のその言葉に、私は小さく息を吐いた。信頼されていることへの喜びと、万が一のことがあった場合の責任の重さが、同時に胸に押し寄せる。
◆
教室での作戦会議の後、私達は一旦寮の自室に戻った。今回は何が起きてもおかしくないので、準備は入念に行なう。いつもの体操服や充電ケーブルは勿論のこと、走り回れるようにランニング用のシューズを用意しておく。
そしてホームセンターで購入したロープや金槌など、最低限身を守れそうな道具もいくつかリュックに詰め込んだ。これでひとまずの準備は整った。
夜の十一時まで、まだ猶予がある。私達は一息吐いて、同じベッドの上に並んで腰かけた。今から食堂に行っても、夕食の時間にはまだ少し早い。部屋にはしばし沈黙が流れる。
「……でもさ。人体模型が動きだすなんて、やっぱりちょっと想像できないよね?」
時間が来るまで適当のスマートフォンをいじっていた私達だったが、そんな時、沈黙を破るようにシオンが口を開いた。
「科学的にはどう? ありえる?」
「うーん……確かに、現実的とは言い難い現象だと思う。そういう意味でも、今回は毛色が違うんだよね」
「そっかぁ」
これまでの傾向を考えると、思い当たる節が実は一つだけある。しかしそれは突拍子もない可能性で、この場で断言はできなかった。
「ね。今回はひょっとして、本当に……本物の幽霊だったりしないかな……?」
それに何より――ともすれば彼女は、幽霊の実在を期待しているのかもしれない。
「……さあ、どうだろう。とにかく、この目で確かめてみない事にはね」
かすかな期待を込めたようなシオンの声に、私は思わず、それ以上の言葉を飲み込んでいた。
◆
夜。指定の時間よりも少し早く、私達は寮を抜け出す。旧校舎へと続く通学路は、そもそも街灯自体が少ない。頭上に浮かぶ星々の煌めきがなければ、辺りは真の暗闇に包まれていたことだろう。
そんな闇の中を行く私達は、互いの存在を確かめ合うように手を繋ぎ、一歩ずつ前へと進んでいった。その間私達に会話はなく、聞こえてくるのはシオンの背負うリュックの中から時折、擦れ合う金属の音だけである。隣を歩くシオンの息遣いが、いつもより少しだけ早く感じられた。
そのまま何事もなく旧校舎の裏手、あの床下の穴へと辿り着く。シオンも私も随分慣れたもので、迅速かつ慎重に床下を潜り抜け、旧校舎の中へ足を踏み入れていた。
スマートフォンのライトを頼りに、廊下を真っ直ぐ突き進む。木造の床は相変わらず踏むと軋み、その音だけが静寂を破っていた。
二階へ続く階段を無視して通り過ぎ、しばらく歩いていると、理科室はすぐに見えてきた。天井近くに備え付けられたプレートを確認して、私達は理科室の扉の前に立つ。
理科室の扉の前で、シオンは一度深呼吸をした。そして、無言のまま私の方に視線をやる。
ここまで来たら、もはや言葉は必要ない。私はそれに小さく頷いて、二人で扉に手をかけた。ゆっくりとスライドさせ、部屋の中に足を踏み入れる。
理科室に入った瞬間、埃っぽさの中に混じる、どこか薬品のような独特の匂いが鼻をついた。窓の外から射し込む僅かな月の光に照らされた、薄暗い部屋の中は大きな机がいくつも並べられている。
部屋の奥には試験管やフラスコなどが並んだ棚、骨格標本、そして――噂の人体模型が、まるで当たり前のように、静かに佇んでいた。
等身大のそれは、人間の外側と内側を左右非対称に造形した、昔ながらの人体模型だった。表面は全体的に少し黄ばんでいて、長年使われてきたことが窺える。
「う……っ」
いくらか慣れてきたとは言え、夜の校舎で相対する人体模型には、ただそこにいるだけでおどろおどろしい雰囲気がある。それを前にしたシオンは息を呑み、私の手を握る力を少し強めていた。私もそれを握り返しながら、自分のスマートフォンで時刻を確認する。
「シオン。時間だよ」
デジタル表示の時計は、十一時をぴったり示している。私が掲げてみせたそれを一瞥したシオンは強く頷いて、覚悟を決めたように息を吸い込んだ。
「……『追いかけっこしよう』……!」
花子さんの一件を顧みて声量は大きめに、言い淀むこともなくはっきりと、シオンはそのワードを口にする。
「ひっ……!?」
次の瞬間、シオンの呼びかけ応じるように――家鳴りのような乾いた異音が空間中に響き渡った。その音は目の前の人体模型から聞こえてくる。そして――
「本当に……こんな事が……」
人体模型の、曲がらないはずの腕の関節がひとりでに、ぎこちなく曲がり始める。人体模型は全身を小刻みに震わせ、関節を明らかに駆動させている。その首が、まるで意思を持っているようにゆっくりと、こちらを振り向いた。無機質なプラスチックの瞳孔が、私達の姿を確かに捉えている。
「やば……っ」
空気が緊張で張り詰め、心臓が早鐘のように打ち始める。シオンが恐怖で声を震わせ、私の手を強く握り締めた――その直後。人体模型は一歩、その足を大きく前へと踏み出した。軋むような音と共に、その全身がぐらりと揺れる。
「シオン! 逃げるよ!」
咄嗟に私が叫ぶと、シオンはようやく我に返って、すぐさま扉の方へと駆け出した。がむしゃらに廊下を突き進み、階段を通り過ぎて、玄関の前まで走ってきたところで後ろを振り返る。
人体模型は私達を追いかけて、理科室からちょうど出てきたところだった。私達の姿を遥か前方に捉えた人体模型は、明らかに機械じみた駆動音を全身で鳴らしながら、ゆっくりとその体勢を変えていく。片足を前に出し、姿勢を低くして、今にも走り出そうとしているのが見て取れる。
正直、私は体力にまるで自信がない。運動神経はシオンのほうが遥かに上だ。逃げ切ることが『追いかけっこ』の勝利条件なのだとしたら、いざと言う時は私が囮になってシオンだけでも確実に逃げ切らせるべきだろう。しかしこの作戦は、きっとシオンは反対するだろうから、いざと言う時まで黙っているつもりだったが――今がその時かもしれない。
「……シオン。私がアレを惹きつけておくから、シオンは私を置いてこのまま床下の穴まで逃げて」
人体模型とのじりじりとした睨み合いが続く最中、私の言葉にシオンは目を見開いてこちらの顔を覗き込んできた。
「きっとアレも、旧校舎の外までは追いかけてこれないはず。一人でも逃げ切ることができれば、私達の勝ち――」
「何言ってるの!? そんなことできるわけないじゃん!?」
シオンは反発するように声を上げ、私の手を一層強く握り締める。まあ、予想はしていたけれど。やっぱり反対されたか――私がやれやれと肩を落とした次の瞬間、人体模型は勢いよく駆け出していた。
「来た……!」
人間のように手と足を動かして、私達に向かって一直線。跳ねるように廊下を走る。その速度は、少なく見積もっても私の全速力を悠に上回っている。やはり私の足では逃げ切れないそうだ。ともすればシオンでさえ、油断していると捕まってしまうかもしれない――
「……あれ?」
――そんな私の予想に反して。人体模型は突如、廊下を右に曲がった。そしてそのまま、階段を駆け上がっていったのだ。
「…………?」
階段を駆け上がる足音がどんどん遠ざかっていく。私達は状況に理解が追いつかず、誰もいなくなった廊下の先を呆然と眺めていた。
――その時、私の脳裏に浮かんだのは花子さんから貰ったリストの内容。『追いかけっこしよう』と声をかけると、人体模型が動き出す。『動く人体模型』の発生条件が記されたその一文には、確かにそう書かれていたが――
しかし。よくよく思い返してみると――その後に『追いかけてくる』とは、どこにも書かれていない。
「違う……! これは……私達が追いかける側なんだ!」
気付いた瞬間、私は思わず大声を出していた。そんな私の隣で、シオンはしばらくきょとんとした表情のまま立ち尽くしていたが――
「…………ああああああああっ!? 待てええええええええええええっ!!」
私の発した言葉の意味を遅れて理解した次の瞬間、様々な感情が一気に去来してぐちゃぐちゃになったような、彼女の叫び声を合図に――人体模型との『追いかけっこ』は、幕を開けたのである。
シオンは悲鳴にも近い叫び声を上げるや否や、迷いなく階段へと駆け出していた。私も慌ててその後を追う。私ではシオンの走る速さに到底追いつけないと思っていたが、土壇場でアドレナリンが湧き出ているのか、今日は不思議と脚が軽い。私はどうにかシオンの後ろ姿に食らいつくことができていた。
木造の階段は二人の体重を乗せ、今にも崩れ落ちそうな音を立てる。それに怖がっている余裕すらなく、私達は一気に階段を駆け上り、二階の廊下へと飛び出す。
しかし人体模型の乾いた足音は、更に上の階から聞こえてきていた。私達は廊下から踵を返し、再び階段を駆け上がる。
旧校舎は三階までしかなく、屋上のスペースもない。だから私達は迷いなく、三階の廊下に出てすぐに、その先を走る人体模型の姿を見つけた。廊下の壁には等間隔で教室の扉が並んでおり、人体模型はそのうちの一つ、最初から扉が開いていた部屋を選んで入っていく。
「あそこだ……!」
「待てー! このヤロー!」
息を切らしながら忌々しげに声を漏らして、私達は廊下をひた走る。そのまま人体模型の入った部屋の中に飛び込もうとするシオン――
「あっ……シオン! ストップ!」
その寸前のところで、私は彼女を呼び止めた。急ブレーキをかけた彼女は前のめりに転びそうになっていたが、どうにか体勢を立て直す。
「ど、どうしたの?」
私は立ち止まった彼女の肩に手を置いて、辺りをぐるっと見渡した。すると丁度良く、教室の扉がある方とは反対側の壁に、転落防止の柵が付いた窓を見つける。
「いいことを思いついた」
そうして口角を上げてみせる私の様子に、シオンは首を大きく傾げるのだった。
◆
「追い詰めた……っ!」
作戦の準備――といっても簡単なものだが――を終えた後、私達は息を潜めて、いよいよ人体模型の入った教室の中へ足を踏み入れる。
かつて生徒達の教室として使われていただろうその部屋は、埃を被ったまま放置された机が整然と並べられている。人体模型は、そんな部屋の中心に直立不動で立っていた。まるで、私たちを待ち構えていたかのように。
教室に入ってきた私達の存在に気付いたのか、人体模型はゆっくりとこちらを振り返る。その無機質な瞳が、暗闇の中でぼんやりと光っていた。
「シオン……慎重にね……」
「うん、任せて……!」
シオンは後ろ手に教室の扉を閉めた後、人体模型との距離をじりじり詰めていく。その表情には、先程までの恐怖の色はもう見られない。代わりに、好奇心と僅かな警戒心が入り混じったような、複雑な感情が浮かんでいた。
人体模型はまるでシオンを挑発するように佇んでいて、私はそんな二人の様子を後方から見守りつつ、俯瞰的に周囲の状況を観察する。
「もう逃げ場はないよ……!」
その瞬間、シオンの呼び掛けに応じるように、人体模型の身体が再びゆっくりと動き始める。関節を無理やりに動かしたような軋む音を空間に反響させて、一歩、また一歩と、回り込むように教室の隅を移動する。
教室に出入り口となる扉は二つ。私達が入ってきた扉はシオンがさっき閉めたから、人体模型の逃走ルートは実質一つだ。私の予測通り、人体模型はそこへ向かっている。
「それっ!」
動き出した人体模型に、シオンがその手を勢いよく伸ばす。しかしシオンの手は虚空を切った。人体模型は足下の机を蹴散らしながら、一気に出入り口へと走り出す。
「速っ……!?」
シオンが驚愕の声を上げた通り、やはりこの人体模型、動きがかなり機敏だ。真っ当に追いかけていては骨が折れる。それこそ夜が明けてしまいかねない。
人体模型は私達を置き去りに教室から飛び出した。そのまま廊下を走り去っていく――
「今だっ!」
――その瞬間。私の呼び掛けにシオンはすぐさま反応して、その手首に巻き付けていたロープを思い切り引っ張る。直後、廊下から何かが勢いよく倒れる大きな音が轟いた。
私達は急いで扉を開け廊下に出る。するとそこには、廊下に顔面から倒れ、じたばたと蠢いている人体模型の姿があった。
「よーしっ、作戦成功!」
そう、教室に入る直前。作戦を思いついた私は、持ってきていたロープの片側を窓の柵に括り付けていた。そしてロープのもう片側はシオンが握った状態で、私達は教室に入っていたのだ。
要するに、簡易的なブービートラップである。人体模型の逃走ルートを予測した上で廊下に誘い出し、私の合図と共にシオンがロープを引っ張る。文字通り足を掬ったわけだ。
「つーかまーえたっ!」
上手く起き上がれないのか、うつ伏せのまま藻掻き続ける人体模型。そこに覆い被さるように、シオンは人体模型の両肩を掴み掛かった。
「うわわっ……!?」
しかし人体模型の動きは止まらない。それどころか想像以上の力で暴れ、シオンの拘束を振り解こうとした。
「つ、捕まえたら終わりじゃないのぉ!?」
シオンは戸惑いながらも、暴れる人体模型に馬乗りして、床に無理やり組み伏せる。流石は元バスケ部。貧弱な私では到底できない芸当だ。私には頭を使うことしかできない。だから私は考える。彼女が時間を稼いでくれている間に、思考回路をフル回転させる。
そもそも追いかけっこだからと言って、捕まえたらそれで終わりなんて保証はどこにもなかった。現に人体模型は、まるで動きを止める気配を見せない。
ならばやはり、他に止める手段があるのだろう。これまでの七不思議の傾向や、この人体模型の『正体』を鑑みれば尚更、あるひとつの可能性が浮かび上がってくる――
「シオン! そいつの身体に、スイッチとか、ポートとか……何かそういうの、どっかに付いてない!?」
「えぇっ!? そ、そう言われても……っ!」
シオンは困惑の表情を浮かべながらも私の言葉に従い、馬乗りになっている人体模型の背中に視線を這わせていた。その間もじたばたと動き続ける人体模型を彼女は必死に押さえつけている。
「……あ!? え? もしかして、これっ!?」
その違和感はすぐに見つかった。人体模型の首の後ろ、そこに爪で引っかけて開けるタイプの小さな蓋を、シオンは目敏く発見したのである。
「あ、あったよ! なんか、蓋みたいなのがっ!」
「そこだ! 開けてみて!」
私が言うよりも早く、シオンは蓋に指を掛け、抉るようにそれを取り外していた。蓋で隠されていた中身が顕になると、そこには明らかに電源らしきスイッチが付いている。
それを見た瞬間、もはや私が指示するまでもなく、シオンは自分が次に何をすべきか直感的に理解したようだった。
「押すよ!」
「いけ!」
スイットを押すためにシオンが片手を人体模型から離す。その瞬間、何かに勘付いたように人体模型の暴れる動きが更に激しくなる。それに跨っているシオンは、まるで乗馬体験でもしているかのようだった。
そんな暴れ馬の上でも振り落とされることなく、シオンは親指でスイッチを押し込んだ。直後、人体模型の全身から一層けたたましい駆動音が鳴り響いて――その動きを、ぴたりと止めたのだった。
「やった……?」
突然訪れた静寂に、信じられないといった様子でシオンが顔を上げる。私はその傍に近寄って人体模型の様子を窺った。人体模型は、まるで糸が切れた操り人形のように、ぐったりと力を失っている。
「ね、これってやっぱり……」
「ああ……」
私達は、ゆっくりと人体模型から離れ、その場に並んでへたり込んだ。心臓は、未だ激しく脈動している。シオンに至っては、全身が汗でびっしょりだ。
私はそんな彼女の隣で、深く息を吸い込みながら――
「七不思議『動く人体模型』の正体は……ロボットだ」
床に横たわる人体模型に目をやり、そう小さく呟いた。
ここまでの逃走劇に加え、転倒の衝撃や、自分の暴れる力にも耐えきれなかったのか、人体模型の身体は皮膚や臓器を模したパーツがあちこち剥がれ落ちていた。それによって配線や電動モーターなど、中身の構造が剥き出しになっている。それがロボットであることは、もはや一目瞭然だった。
「ロボット……! すごいね……」
シオンは感心したように声を上げて、顔を覗き込ませるように人体模型をまじまじと見つめている。
その隣で私は、あるひとつの予感に胸の奥をざわつかせていた。
「……ちょっと解体してみようか。手伝ってくれる?」
「うん!」
私達はもう一度人体模型に近付いて、リュックからマイナスドライバーを取り出した。人体模型を覆う皮膚や臓器の隙間にドライバーを差し込んで、力任せに剥がしていく。そうして少しずつ顕になる人体模型の構造を、私は注意深く観察した。
関節の部分には電動モーターが組み込まれていて、各部が可動する仕組みだ。動力源は、ちょうど心臓の位置に内蔵されたバッテリーパック。頭部には行動を制御するマイクロビットとマイクが搭載されている。これで音声を認識して、それが特定のワードだった場合は起動する仕組みになっていたのだろう。
走る動作をスムーズかつシームレスにする為に、使われている金属の材質など、全体的にかなり軽量化が施されている。見た目以上に軽そうだ。
このサイズの人型ロボットを作るには、相応の技術力が必要だが――その構造は明らかになればなるほど、私にとっては既視感を覚えるものだった。
「あれ……もしかして、このロボット……?」
それはシオンも同じだったようで、人体模型の部分を殆ど剥がし終わったロボットの姿を改めて目の当たりにした瞬間、彼女はその目を大きく見開かせていた。
「シオンも気付いた? そう、このロボットは……去年の夏、科学部がコンテスト用に製作した物だ」
科学部の活動の一環として参加したロボットコンテスト。目の前に横たわるそれは間違いなく、その時に作った物だった。当然ながら部員である私も、これの製作に一枚噛んでいる。
「やっぱりそうだよね!? 科学部の部室に飾られてたやつ! マツリと一緒に見たことあるよ!」
「そうだね……でもこのロボットは、去年の冬に突然、部室から姿を消した」
「そうそう! 盗まれたんじゃないかって、一時期話題になってたよね。結局犯人は見つからなかったし……」
懐かしい思い出に表情を明るくさせていたシオンだったが、それの意味するところを理解し始めた途端、徐々に神妙な面持ちへと変わっていった。
「つまり犯人は……ロボットを『動く人体模型』にする為に盗んだってこと……?」
「その頃から既に七不思議の準備は始まっていた……黒幕はかなり計画性のある人物だね。でも、正直そこまでする意味が解らないな……」
他に手掛かりはないか、人体模型もといロボットの状態を細かく観てみたものの、特に気になる物は見つからなかった。外部のデバイスと接続できそうなポートも見当たらない。この場で得られる情報はこれ以上なさそうである。
間違っても動きださないよう、念の為にバッテリーを取り外してから、私達はゆっくりとその場から立ち上がった。
「まあ……ひとまず『動く人体模型』は解明した。この調子で残りの七不思議も解明していけば、おのずと黒幕の目的も解るはずだよ」
「うん……」
私の声に応えるシオンは、ほんの僅かに肩を落として、どこか寂しげな目をしていた。それは、得体の知れない黒幕に対する恐怖か。それとも、人体模型の正体が幽霊ではなかったことへの落胆か。長い付き合いだというのに、今の彼女の気持ちが私には解らなかった。
「あ、ちなみにさ。このロボット……やっぱり回収したほうがいいのかな? 花子さんもああ言ってたし……」
「うーん……そうだね。運べそう?」
「うん! そんなに重くないし大丈夫。やっぱり部室に返したほうがいいよね?」
「いや……今更部室に返ってきても、逆に色々と面倒なことになりそうだ。一旦シオンの部屋に持って帰ろう」
「そっかぁ。まぁ全然良いんだけど……『笑う絵画』といい『動く人体模型』といい、私の部屋のインテリア、どんどんお化け屋敷じみていくなぁ……」
かくして、今宵の七不思議の調査はお開きとなる。
黒幕は電子ロックのセキュリティに守られている新校舎の部室から、このサイズのロボットをどうやって盗み出したのか。しかも誰にも見つかることなく。そんなことが可能なのだろうか。
そもそも、そうまでして一体何がしたいのか――謎は深まるばかりだった。
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