3: 終焉の地にて
ここのところ朝から晩まで点けっぱなしにしてあった蘇生棟のラジオから、朝の訪れとともに臨時ニュースがもたらされた。
『たった今入ったニュースです。ロボットによる事実上の独立国家、いわゆる独立国は、今年春に長崎県で発生したサイバーテロと見られる事件で重傷を負ったロボット、レオンさんを処刑すると表明しましたが、これを撤回した上で、事件の捜査を主導して行う意向を示していることが明らかになりました――』
『外務省によりますと、独立国は、サイバーテロで被害を受け緊急搬送されたレオンさんについて、人間社会に多大な混乱をもたらしたとして、怪我などの修復を行った後、死刑を執行することを表明していました。しかし本日、独立国から、その意向を撤回すること、また関連事件の捜査を行う意向であることを通知してきたとのことです。関係当局は、これらの表明がどのような経緯によるものかは不明であり、ひとまずは状況を注視するとしています――』
それを聞きながら夜通し作業していた白衣の女医は、眠気に耐えかねて、気を失うように座り込んで、小さい寝息を立てている。そのためこのラジオの音声にも、診察台の上をひっそりと抜け出す影の気配や足音にも気がつくことはなかった。
*
区間快速電車は
乗客は少ない。シートの一番片側に座る。
徒歩では何時間もかかってしまう。電車なら、千綿、
大村湾沿いに敷設された線路。荒天時には運行中止になることもまあまああるくらいに海が近い区間だが、今日は穏やか。海と向かい合う側の座席に座ると、海の上を走っているように見える。
ずっと海を眺めながら、彼女の脳裏には、あの頃の記憶がよみがえっていた。
彼が――リューゴがほとんど両親を騙すようなかたちで、東京に出ていったこと。その両親に見守ってほしいと託され、慌てて追いかけてきたこと。
それから後、自分はひたすら自分の役割を果たし、そしてゆるやかに自分の役割の終わりを悟っていって。
そして――昨日、曲を全てノートに書き終えた。
仕事は終わった――朦朧としていたが、昨晩ケイにそう言った気がする。
しかし実際は、まだ正確には終わってはいない。
あとは、生ける証拠としての自らを消滅させるだけ――。それが自分の、本当に最後の仕事だ。
ギンカは妙な高揚感に包まれながら、ロボット居留区駅の自動改札を出る。駅舎は居留区と人間社会との間に渡されている橋と直接接続しており、そちらの方に向かう。
ギンカは幅広の長い橋をゆっくりと渡りながら、リューゴと共につけた足跡を、記憶の中で辿る。
狭苦しいアパート。駅ピアノ。
住宅街に立ち並ぶ中でもとりわけ高い、高級高層マンション。
――どちらも、もう行くことはできない。
でも、最後にここにだけは来たかった――リューゴの人生が終わった場所。
それが今、一歩一歩、目の前に近づいている。
橋を渡り終わると、正門には守衛がいて、ギンカは素直に来訪目的を告げる。もし入区を拒否されれば闇夜に紛れて侵入するのみ、そう心に決めていたので大して不自然な態度にもならず、それが功を奏したのか、若干訝しがられつつも狭い方の通用門が解放された。
夏だというのにパーカー、そしてそのフードを目深に被っている点ではまあ不審だといえるが、どう見ても人間ではなくロボットであり、堂々と告げられたその目的もさして不審でない以上、守衛にも断る理由がないのだった。
門を通過すると、景色は急に西欧風に変化する。
煉瓦造りのような風合いの、西欧風の建物たち。
実際に煉瓦で作られているのだろう花壇に植えられた、西欧を思わせる色とりどりの花。
しかしそんな中に、少なくとも西欧らしさはない桜の木が植えられていて、今は風に揺れる緑色の葉を滴らせている。
とはいえミスマッチでも何でも、街というのは〝そうなくてはならない〟などというものではないのだろう――折衷的な街の風景に両脇から見守られつつ、ギンカはとぼとぼと円形広場を目指す。
*
街の中央にある円形広場。その中央に立つ。
その目の前に――ロボットたちが二本の足で広場に立つその高さと全く同じ高さに、リューゴは石でできたプレートになって眠る。
「…………」
ギンカはそこに突っ立って、思い出にふけりつつ、ぼんやりとする。
まだ朝早いせいか、広場に行き交う影はない。
――そのつもりだったが、ふと、背後で音がした。誰もいないと思いきや、誰かが自分を見ていたようだ。
自分だけの場所ではないのだ――ひとまず潔く立ち去ろうとする。
しかしそうしようという直前に、その人影が声を掛けた。
「あの……」
「…………」
ギンカは返事もせず、ただ相手を見る。
長い栗色の髪の毛がふわふわと揺れていて、つばの広い麦藁帽子を被っている。そしてその奥にある瞳は機械ではなく、明らかに生身の網膜で自分の姿を捉えている。
(…………?)
人間である。
ギンカはこの状況を、ちょっと飲み込むことができなかった。
ロボット居住区のはずなのに、どうして人間がいるのか。何かの理由で人間が一時的に立ち入ることなどはあるだろうが、目の前の少女は、明らかにこの街で生活を営んでいる、そんな雰囲気を纏っている。街の人だ。
そして、手には竹箒とちりとりを持っている。どうやらこの広場を掃除しに来たらしい。
変な時間帯にお邪魔してしまったな、とギンカは思ったが、なぜかこの少女もまた驚いたように目を見開くと、急にもじもじとし始める。何だろう、と思ってギンカはその様子をじろじろと観察してしまう。
「あ、すみません」
その視線が妙に鋭かったのか、夏の少女はびくっとする。
「あの、すみません、勘違いだったら、ごめんなさい。あの……」
やたら詫びのフレーズを重ねつつ、少女は切り出した。
「もしかして、何か月か前に、ここで倒れていたひと、じゃない……?」
「……そのようです。私はよく覚えておらず、わかりませんが」
別に隠すことでもないので、ギンカはそう答えた。自覚はないのだが、ケイからはそう聞かされている。もしかしたらその時の姿を目撃されていたのかもしれない。
被ったままなのもな、とギンカはパーカーのフードを頭から抜く。ピンク色の髪の毛がさらさらとこぼれ、地球の重力に従った。
「やっぱり!」
少女は目を見開いた。
ともかく少女は、朝の光が透けて見える相手のぼさぼさの髪の毛を見ながら、自分が何者なのかを説明した。あの時の第一発見者であること、レオンと一緒に自宅まで運んで看病したこと、しかし容態が改善しなかったので、ケイを頼ったこと――。
ギンカは思わぬ命の恩人、その二人目の出現に驚いた。
「そうだったのですか。それは――ありがとうございました。おかげさまで、生き返ることができました」
――そして無事、最期を迎えることができそうです、といったところだ。
「ううん! 助かってよかった! よかった……」
まるで世界が危機を回避した、とでもいったような表情で、少女は竹箒とちりとりをその場にほっぽり出して、ギンカの両手を握った。そして一瞬、ギンカの顔を見上げる。手が人間並みに温かいことに疑問を持ったらしい。しかしそういうロボットもいるか、と思ったのか、受け流したようだった。
「で、今日は? どうして来たの? ひとりで来たの?」
ふわっと微笑む少女に、ギンカは本当のことを言えない。
仮にも命の恩人に対して、死ぬために来たんです――消え去る前に、最後にリューゴのことを偲びたくて――なんてこと、言うに言えない。そもそも止められるに決まっている。そうなると厄介だ。
「今は、どこに住んでるの? ケイさんのおうち?」
……あんまり深入りさせたくないギンカだが、はぐらかしたらはぐらかしたで不自然である。とりあえず要所はぼかせばいいかと、素直に答える。
「実はあの後……ちょっと、別の人のところにいました。でも……」
「……でも?」
ギンカは余計な含みを口にしたことを悔やんだ。素直に、もう帰るつもりはないんです、などと言えるはずもない。
少女は慮るように訊ねる。
「……もしかして、うまくいってないの?」
……困った。適当に察してくれた少女に対し、そうですなどと言って、自分が何とかしてあげる、なんて使命感に燃えられたりすると、いよいよつきまとわれかねない。しかし放っておいてくれ、などとも言いづらい。
「……そういうわけでは、ないんです。ただ、ちょっと、いつまでもお世話になるわけにもいかないし、これから先どうしようかなって思って、ここに住むのもいいかな、って思ったりして、ちょっと、来てみただけ……」
ギンカは本当に口から出任せに、それっぽい理由を捏造した。しかし少女は、ギンカの何となく慌てた様子に、全てを察したようにつぶやく。
「もしかして……家出、してきたの?」
「へっ?」
家出?
予想していなかったことを言われて、ギンカは戸惑う。
家出――確かに、自分がしたのは――家出、かもしれない。
家。あのアパート。実質二畳の部屋――あれは、私の家だったのか?
正直、あまりそういう意識がなかった。一時的に身を寄せている場所、それぐらいの感覚だった。
少女は再びギンカの手を取り、円形の広場の円周に沿うように置かれたベンチに彼女を座らせ、自分もよいしょと腰掛ける。
そして、なぜか口調をひそひそ声に変換しながら。
「実はね、ここだけの話、わたし、家出してきたの」
「えっ……どういうことですか? それは……」
それはよくないです、などという言葉が出そうになった。教育者の血というやつだろう、危ないところだった。事情も知らないのにいいも悪いもない。
目の前の少女は、詳細には答えず、いきなりギンカに訴える。
「ね、あなたも、家出してこない? 家出して、わたしと暮らしてみない?」
……身を乗り出すように言ってくる。
いきなりそんなことを言われて、はいと言えるロボットがいるものだろうか――ギンカは心の中で苦笑した。
「それはちょっと……。それはともかく、あなたはなぜ家出なんてしたんです」
「んー……」
ギンカは純粋な興味で尋ねた。
そもそもの話、この人間の娘が、なぜこのロボット居留区で暮らせているのか、それ自体が相当に謎だ。リューゴも暮らしてはいたわけだが、あれは行き先に困った我々を受け入れてくれるという好意でもって迎え入れられたわけなので、全く話は別である。基本的には人間が居住していいような、少なくとも単なる家出娘を受け入れるような、そんな場所ではないはずだ。
「わたしは……ママにいろいろ決められたり、言われたりするのがいやで、家を出たの」
少女は少し口をへの字に曲げた。
「でも、誰も追っかけてこなかった。それで、わかった。わたしが言うことを聞かなくなったから、きっともうわたしのこと、いらないんだって……」
「…………」
ギンカは黙ってそれを聞いている。
いらないなんて、そんなことはあるはずがない。おそらくはここに滞在していることも完全に知っていて、その上で静観しているのだろう。今頃は後悔しつつ、そして娘の無事を祈りつつ、そっとしているはずだ――。
それが娘の幸せになるのなら、別にそれでいい。そういうことだろう。
「わたしは歌は好きじゃない。お花を育てたいし、写真を撮りたいの。同じ音楽でも、歌じゃなくてギターを弾きたいの!」
少女はそう言って、なぜか右手の爪を見せる。五ミリぐらいの長さに伸びている。爪で弾いてみたい、ということのようである。
……見たところ中学生か高校生くらいの年齢なので、学校に関することだろうか――そう思ったが、どうやら歌を無理矢理習わされているとか、そういうことらしい。
「でもね、家出して、ひとりぼっちになって気づいたの。わたし、自分の人生が好きじゃないのを、ママのせいにしてたな、って」
「……どういうことです?」
「ママのいうことをやってれば、ママは幸せそうだし、わたしも幸せそうなママを見て嬉しいし、楽しいなって思ってたの。でも、なぜかどんどん楽しくなくなってきて、どうして自分が生きているのかわからなくなって……とうとう我慢できなくなって、それで、家出した」
ギンカは紛れもなく腹を立てた。娘にここまで思わせるなんて、どんな家庭環境だったか、容易に想像できる。きっとろくな母親ではないだろう。
しかし人間というのは――当然ロボットもだが――決して全能ではない。何もない他人を進んで不幸にしたいなどという者はいない。実の娘ならなおさらだ。
「そしたらね、ここでひとりぼっちになって、自分がやろうと思ったことをやるようになって、わかったの。わたしの人生はわたしの人生で、ママの人生の一部じゃなかったんだって。だから今は、どうして自分が生きているのか、わかるの。だって、自分の人生だから、自分が生きているのも当たり前だもんね」
自分が送っているのは自分の人生なのに、それを自分の母親の人生の一部だと思っていた――というようなことらしい。母親の人生の登場人物を演じていた、そんなイメージだろうか。
「そう考えたら、本当は家出なんてする必要もなかったんだ、って。家出しなくても、ママのいうことはやりたくない、自分がやりたいことをやる、って伝えるだけでよかったのかも……って」
「……なるほど」
「でもね。うちのママ、ちょっとへんな……ううん、ちょっと気が強い人なの……。だから、戻ったら、また同じことになって、また家出しちゃうかもしれない。だから、もう、このままひとりで暮らそう、って思ってるの」
「……そうですか……」
ギンカはなんとも言えない気持ちになった。
何か言葉をかけてあげたい……そう思ったが、口からついて出たのは、面白くもない、彼女が興味をもてそうにない言葉だった。
「……それは、精神的自立、というんです。素晴らしいことです」
「そうなの……? 素晴らしいって、どうして?」
「あなたが、あなたの生きる意味や生きる理由を、自由に決めることができるようになるからです。これは、あなたの人生の可能性が誰かに制限されない、つまり可能性が無限になることを意味します。わかりますか?」
「……無限?」
「時にその自由さ故に迷い、疲れ切ってしまうこともあるかもしれません。他人に寄りかかる方が楽だ、そう思うこともあるかもしれません。そんな時は立ち止まって、自分を見つめ直すのです。あなたの人生は、誰かのためにあるわけじゃない。いつだって、あなただけのものですよ」
ギンカは自分から滲み出るあまりの説教臭さに焦りつつ、しかし途中で止めるのもおかしいと、話を続ける。
しかしなぜか少女は真面目な顔をしてうんうんと頷いてくれる。
「……たしかに、可能性が無限になったから、やりたいことできてるのかも。お花を育てるのも、写真を撮るのも、ギターを弾くのも。ねえ、私の可能性って、もっと無限なの?」
「もちろんです」
ギンカは力強く明確に答えた。一人一人の、心の可能性は無限だ。これは間違いない。
ただしそれは物理的限界――自分自身の身体やこの世界の限界――に制限されうる、つまりあらゆる欲望を無限に叶えられる、という意味ではない。
でも、それはもっと大人になって、経験とともに知ればいいのだ。
「少なくとも、どれも、お母様の意に沿って生きているだけでは、得られなかったものです。家出がいいことであるとはさすがに言えませんが……それをきっかけにあなたが得たものは、かけがえのない素晴らしいものです。大切にしてください」
「……わかった。ありがとう」
少女はそう言うと、目の前のロボットに対し、逆に気にかけるように訊ねる。
「ロボットさんは、自分の人生、生きてる? 自分のやりたいこと、自分のために、できてる?」
「自分の人生?」
「自分の人生、ちゃんと、おもしろい?」
――そんな素朴な疑問が付け加えられたのを聞きながら、ギンカは考える。
自分の人生、ちゃんと、おもしろいか?
自分のやっていたことは、おもしろいとか、おもしろくないとか、そういう次元の話ではない。やらなければいけない、その使命感に燃えてのことだったのだ。それで、今日の今日までやってきた。そして今日で、それを終わらせようと――。
「あまり詳しくは言えませんが……私には大事な人がいます」
「えっ……それって、恋人? それとも……」
少女は少しはにかんで視線を落とす。ギンカは長年相手にしていたのが年頃は年頃でも男子だったので、その反応を見て、なんだか心の中にぽっと小さい花が咲いたような気分になった。
「違いますよ。詳しくは言えませんが」
「そうなの……」
そしてその人は、もうこの世にはいない――が、それは隠した。あまり深刻そうな話として聞いてほしくはない。
「その人が、報われてほしくて……そのために、一生をかけてやってきたのです」
「…………」
少女はなぜか、うってかわって難しい顔をした。
「それって、わたしがママのためにお歌をやってたような、そういうこと?」
「……そうかもしれません。でも、あなたのママは、あなたにお歌を習わせたい、そう思ってあなたにやらせていたわけでしょう? 私は、私の大事な人に、それをしてほしい、って言われたわけではないんです」
「えっ? ……そうなの?」
「はい。ただ……その大事な人が生きた証が、どうしてもこの世界に残ってほしくて……そして私自身も、それを成し遂げることでしか報われない、そうとしか思えなくて……彼に無断で、勝手にやっているんです」
ギンカは言い切った。紛れもなく本当のことだった。
リューゴのため、なんて欺瞞に満ちたことは言わない。極言、リューゴは自身の肉体も、魂も、そして楽曲も、全てもろとも土に還して存在しなかったことにしてほしい、そう思っているのかもしれないのだから。
――しかし私は、これをしないと、もう私ではいられないのだ。
彼と過ごした時間、その全てが失われてしまう、そう思ったのだ。
だから私がやっていることは、完全なる自分勝手なのだ。もし天国というものがあって、私がそこに行くことができて、もし彼と再会したなら、『自分が十字架を背負っているのを、ぼくのせいにするな』とこっぴどく怒られるかもしれない。絶交されてもおかしくない。
――でも、その覚悟はしている。
「それって、よくないと思う」
マキナの一言が、私の思考を遮断した。
「えっ?」
とつとつと語り出す彼女は、なぜか一時的に大人になったようだった。
「わたしのママは、きっとわたしに、不幸になってほしいとは思ってない」
「そうでしょう。きっとそのはずですよ」
「わたしね、すごく後悔してるの。あのとき、ちゃんと話し合えばよかったって」
その口調には、必死さすら垣間見えた。必ず伝えるのだ、というような。
「わたしはね、ママとけんかできるほど、言葉も知らないし、この世のことも、よくわからない。だから、何を言ってもきっとわかってもらえない、そう思い込んで、何も言わずに家を出たの。けんかすら、してないの」
「…………」
「もし目の前にあの時のわたしがいたら、絶対に止めないといけないと思ってるの。止めて、どんなにめちゃくちゃでもいいから、本音で話し合って、って」
「話し合う?」
「そう。勝手に思い込んで行動して、今、すごく後悔してる。すごくもやもやしてるの。消えないの」
「…………」
「話し合っても、だめかもしれない。でも、それでだめなら、きっと今頃、すっきりして家出できてたんだと思う。すっきりして、お花を育てて、写真を撮って、ギターを弾いていたんだと思う。きょろきょろせずに、後ろをいちいち振り返らずに、前だけを見て」
少女は真剣な顔を作って、ギンカをまっすぐ見た。
「だから……ごめんなさい、やっぱりあなたの家出は中止。ね?」
「えっ?」
「あなたはお家に帰って、その大事な人とちゃんと話をして。そして、本当に自分のやろうとしていることがその人のためになっているか、ちゃんと訊いてみて?」
「…………」
「ね? そして、お互いに幸せなやりかたを探すの」
うん、それがいい、と少女はベンチから立ち上がる。
「お互いに幸せなやりかたがわかったら……たとえそれがすぐにはできなくても、きっとすっごくすっきりするから」
少女は向こうにある青い空を眺めながら、麦藁帽子の中で微笑む。ギンカはやや見上げる角度で、はっきりとは見えていなかったその顔を見た。どこかで見た面影があるような気もしたが、ギンカは白昼夢を見るような気分で、それを深く意識はしなかった。
「わたしもいつか、そうしようと思う。だから、あなたも」
少女は相手にも自分にも未練は残すまい、ということなのか、小さくそれじゃね、とだけ言って――くるりと踵を返し、場を後にした。
「…………」
今日の朝のお掃除を忘れられた円形の広場にて、ギンカは独りでぽつんと残された。
両隣の花壇に植えられたチューリップの花が風にそよそよと揺れ、それは草原のようなさわやかな香りを空間にもたらす。
街の中央にある石のプレート、そこに刻まれた瀬崎竜吾という名前、生年と没年は何を語るでもなく、ただただ突き抜けるような青色を見上げていた。
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