4: 戦略会議

 五月の連休中に起こった事件から、二か月ちょっとが経過した。

 つまりは、夏である。


 時は昼下がり。まさに暑い盛りの時間帯。

 信じられないぐらいに汗だくの少女が床に座り、顔を真っ赤にしてわんわん泣き喚いている。本来はふわふわとしている栗色の長い髪が今は雨に打たれたかのように濡れそぼり、ぽたぽたと滴が垂れている。相当な発汗量である。

 ロボット居留区からここまでは、数キロメートルはある。しかも平坦な道ではなくそれなりに上下があり、ルートによっては山越えである。それをこの暑い中、徒歩で踏破してきたのだという。

 本当に命を落としかねない行為であり、さすがに真剣に叱ってやるべきだろう、と思ったのだが――この悲惨な状況ではさすがに無理だ。

 ケイは汗でぐしょ濡れの彼女にタオルを投げ、あたふたと氷を浮かべたお茶を出し、最強にした扇風機を彼女の方に向け、何かでもらった額に貼る冷感シートを手渡す。

(……なんで電車に乗ってこないのよ……)

 呆れつつ――口には出さない。

 ロボット居留区の最寄り駅からここの最寄駅――綿わた駅――まで、各駅停車に乗ればたった数百円で来られるのである。それすら利用しないということは、もしかしたら現金を持っていないのかもしれない。だとしたら去り際に何千円でも握らせておかないといけない。

 あるいはあまりのショックで、それすら思いつかないまま徒歩を選んでしまったのかもしれない。ことの経緯は、そこかしこのニュースで聞いたので、ケイも知っている。

 まずあらましとしては――先日、ショッピングモールのインストアライブでロボットのウイルスが拡散される事件が発生した。ウイルスの拡散元となっていたヘッドセットを装着していたロボットは最も重大な被害を受け、回復のため速やかに独立国に送られた――とのこと。いうまでもなく、レオンのことだ。

 人間でいうところの免疫すら突破してくるウイルス――そのあたりも当然気にはなるが、それはともかく、レオンは独立国にて完全に回復した。さすがはロボットのロボットによるロボットのための国、ロボット向け医療の最先端を行っているであろう国である。

 しかしその後にニュースに付け加えられたのは、さすがにケイにとっても予想外の情報だった。

 ――彼は、人間社会を著しく混乱させた罪を認定され、に処されることが決定したのだという。

 シケイ?

 シケイって何だろう、別の何かなのかな、と思ったが、それらしき同音異義語が思い浮かばない。私刑だったら面白いな……などと思っていたところ、『独立国の極刑に定められているとされる死刑に……』という言い回しがされたので、いよいよ面白がってもいられない、死を受ける刑罰のことなのだと理解できた。

(へぇ、死ぬの、あいつ)

 目の前の菓子をつまむごとくの軽い感想が頭に浮かんだ。だがそれは無理もない。あまりに具体性を得ないのである。事件で重軽傷を負ったロボットがいるのは事実だろうが、死んだロボットは一体もいないと聞く。それなのに死刑とは。何かの勘違いだとしか思えない。

 しかし一方で、ロボットにはロボットの感覚がある、というのも想像できる。今回の事件を人間の感覚に例えると、「死者は出なかったが、防御しようのない生物兵器を撒き散らされた事件」と同等のことだからだ。また同じことをされれば独立国としては当然厄介なので、ここで一発、実行犯であろう彼を見せしめとしてきつく断罪しよう、ということならば……理解できなくもない。

 とはいえ、やっぱりかわいそうじゃない?

 ――目の前で脱水症状に陥りそうなくらい涙を流す彼女も、おそらくそういう思いで、なんとか死刑を回避できないかと助けを求めてきたわけである。陽炎揺らめく夏のコンクリート舗装の上、律儀に白線で区切られた歩行者帯の内側をとぼとぼと歩いて。

 目の前には、携えてきたチューリップの鉢植えが花びらを開いて微笑んでいる。これを差し上げますので何とかしてください、ということなのだという。見事に咲いており、チューリップって春に咲くイメージだけど、とケイが尋ねると、一旦涙を止めて、年中咲く品種なので年中楽しめてうれしいやつです、と説明。そしてまた号泣を再開する。

 ケイはつい反射的に小さく舌打ちしてしまう。

 こんなもの、本当にいらない。球根ならまだしも、こんな重量物を運んできやがって。

 しかし、相手は死体の取引先でもある。無下にはできない。さすがに持ち帰れとまでは言えない。仕方ないから適当に枯らそう――そんな外道なことを思いつつ。


 まあ、こいつに恩を売っておくのも悪くないか?

 などという、邪な策謀を巡らせる。


     *


 そしてバンドメンバーにとってのこの二か月ちょっとも、重苦しく、もったりと過ぎた。

 この期間で、人間社会からのロボットに対する視線は相当に変わった。


 事件後、ネット上には早速「ロボット系のミュージシャン一覧」なるものがしっかりと共有された。

 ミュージシャンの名前がシンプルに列挙されていて、もちろんいいとも悪いとも書かれておらず、〝参考にしてください〟としか書かれていないのである。

 一覧は「本人」「メンバーにロボットがいる」「作詞作曲やスタッフにロボットがいる」と細分化されており、どうやら最初にある方が重度、後になるほど軽度、といったところらしい。自分たちは一番最後のカテゴリーに入っていた。ハジメは複雑な気分で彼女はメンバーなんだけどなあ、と思いつつそれを見る。

 〝音楽活動をしているロボットは特に警戒の必要あり〟――そういうことなのだろう。今回はロボット向けのウイルスによる予行練習、あるいは様子見だった。次は人間に対して、毒ガス、爆発物、生物兵器だ――というわけである。

 もちろんそんな陰謀論を言っている者ばかりではない。ただそうでなくても、音楽を聞く人というのは、気分を害するために聴いているわけではない。あの事件のことが思い出されてもやついた気分になってしまうくらいなら、しばらくはロボット抜きの音楽を聴くか……という気分になるのは、ごく自然なこと、だとしかいえない。


 そしてハジメ個人としても、思うところのある――というか、もやもやとした状況が続いている。

 ロボットに関する社会的問題が起こると、決まってメディアに持ち出される、瀬崎竜吾――リューゴという人物がいる。

 リューゴ自体は有名というか、誰もが知っている。かの事件〝デイジー・カッター〟を境に社会が崩壊状態に陥った、そのそもそもの端緒を開いた人物として度々取り上げられるし、学校でも習う。少なくともポジティブなイメージでその名前を聞くことはない。

 しかしハジメは密かに、このリューゴという歴史上の極悪人が、実のところとても繊細な人物だったんじゃないだろうか、と思っている。

 なぜならこのリューゴという人物、実にいい曲を書くのだ。

 外では口が裂けても言えないが、作曲家としては本当に大好きである。

 教科書には一切載っていないが、リューゴはそもそもある女性シンガーの作曲家プロデューサーとして世に出た人物であり、しかも同郷――長崎出身だということで、ハジメは当然興味を持って彼の曲を調べた。

 まともに検索にヒットしない中、さんざん調べ上げて見つけたのは、作曲家としてのリューゴを知る者たちが集う、ダークウェブのコミュニティである。メンバーのほとんどがロボットで占められているらしいそこでは、おそらくはリューゴの曲であろうという作品がシェアされている。リューゴの作であるかの確証は全くない。でも「それっぽい」とか言いながら楽しむのが主目的なので、厳密にはそのあたりはどうでもいいのだ。それっぽい曲ならば。

 あの蘇生棟で再生したピアノ曲も、実はそこで入手したものだ。――しかしあの場においては、さすがにリューゴの名前を出すことはできなかった。実際に彼の作かどうかもわからないし、そもそもさすがに初対面の相手に対していきなり口に出せるような名前でもない。ロボットにとってはリューゴはある種〝救いの神〟のような存在らしいので別に悪印象にはならなかったはずだが――人間としてちゃんと常識を持っている、という評価を得られない可能性があったわけである。


     *


「しばらく隠れた方がいいんじゃないか、って」

 レンタルスタジオ――監視カメラはあるが極めて防音に優れ、度々クラックされるオンラインチャットサービスなんかよりよっぽど安全――そんな秘密の空間にて、ハジメが切り出す。

 妙な伝聞形なのは、そうまでして開くことにした会議の議題が、ギンカから持ち込まれたからである。

「なにそれ?」

 ギグケースのファスナーの引き手を摘まんだまま、マナカはシンプルに疑問を呈した。もっとも、そういう思いに至っている理由ぐらいは、彼女も、他のメンバーにも理解はできている。

 自分たち含むロボットを擁するバンドに対し、まるで犯罪者予備軍を匿っているかのような目が向けられている――それは確かである。

 それを言うなら人間の方によほどたくさんの犯罪者予備軍がいるに決まっているが、そこは人間、同胞に対してはめっぽう甘い。

「だから、健康状態の悪化だとか、そういう理由をつけて『脱退』したと公表して、ほとぼりが冷めるのを待って『復帰』した方がいいのでは、って」

「冗談じゃないわ」

 マナカはさらりと全否定した。

「誰かに何か言われたの?」

「いえ、そういうわけではありませんが」

「何か言われたらそいつを私のところに連れてきな」

「どういうことですか?」

「どうするの? 殺すの?」

 ストラップを肩に掛けてギターをぶら下げたチヒロが、ロックンローラーらしい不穏な茶々を入れてくる。そんなチヒロを横に、マナカは長い睫毛を伏せ気味にして答える。

「どうも何もないわよ。穏便に話し合うのよ」

「え~ズルい。こないだはロックンローラーらしくって私に言ったのに!」

 ロックンローラーらしさを履き違えているらしいギタリストはそう言いつつ、心安らぐ和音を奏でながら、ベーシストに同調した。

「心配することないよ~。人間っていつもこうだから」

 時代が時代ならちょっと主語の大きすぎる台詞である。しかし現代いまでは特別違和感もない。

「そうそう。とにかく、脱退だけはしちゃダメ。ね?」

 その『ね』はあまりの迫力で、ついついギンカも、はあ、と首を縦に振ってしまう。

「レオンが死刑になるっていうのも、結局はやることやってケジメつけました、ってアピールしたいんでしょ。見せしめよ、くだらない。でも七十五日経って、そもそも人間側が誰もなにも覚えてないってわかれば、あっさり撤回するはずよ。そしてレオンも普通に帰ってくる。それでなにもかも終わる。そんなもんよ」

「七十五日……」

「知らない? 人の噂も七十五日、って」

 今から七十五日、つまり二か月半後というと、夏の暑さがいいかげん和らいで、わずかながら秋の気配を感じる頃だろう。

 そんなあたりで、レオンはエイミのもとに戻ってくるのだろうか?

「ていうか、そもそもあんたは何も悪くないのに、あんたが割を食うのはおかしいのよ」

「でも……今後さらに状況が悪化する可能性だってありますし……」

「今よりもっと悪く、って……どんなよ?」

「これから先……もしロボットが社会から排斥されるようなことになったら、私の曲や、私が演奏に参加している状況では、れなくなるかもしれません」

 その先はおおよそ想像がついたので、マナカは聞いてられないと言わんばかりに断ち切った。

「あーあー、もう、だからさぁ……極端なんだってば……」

「そうでしょうか?」

「そうよ。あんたが何考えてるのか当てるわよ? もしも、仮にだけど、あんたのキーボードのオケを抜いて、コーラスも抜いて、あんたに書いてもらった曲まで全部やめて、『我がバンドにロボットはいません!』って殊更にアピールしないといけないような時代になったとしたら――ってことでしょ」

「…………」

「そうなったらね、私は喜んであんたと一緒にやる方を取るわよ。ハコなんか脱退して、受け入れてくれるライブハウスか、それもなければ路上でやるわ。そしてロボットがいるからどうこう、とか言ってるやつには片っ端から中指立ててやるわよ」

「ほんとそう。私も一緒に立てる!」

「ちーちゃんは立てなくていい。ほら見て、私のがもう一本ある」

 生身の二本の中指を若干うらやましげに、しかし臨戦態勢のように凜々しい顔で見るチヒロを前に、ハジメは俯いてしまいつつも――心の中では強く同調した。

 ハコのプロフィール欄に『我々のバンドにロボットは参加しておりません』などという文言が掲げられている様子というのは、想像するだけでも気持ちが悪い。社会の空気におもねって媚びているのが格好悪いというよりも、なんだかこう、そこまでしないと許せないと考える人々の暴君的な振る舞いを想像すると、げっそりしてしまう。

「そうですか……わかりました」

 ギンカはその様子を見て、すっく、と立ち上がる。

「私が脱退するのは、総合するとデメリットの方が大きい、そう理解しました」

「そうよ。決まってるじゃないの」

「…………」

 ギンカは何か含んだ様子もありつつ、レンタルスタジオでの今日のメインの作業と決めていた録音作業のため、レコーディング・ブースに入っていく。

 その頑丈そうなドアが閉まりきってガチッ、と音を立てたのを見届けて、マナカが嘆息する。

「てか、仮歌もさあ……別にあんたが入れればいいじゃん? 本人以外の方が受かりやすいとか、どう考えても気のせいよ、絶対」

「うーん……」

 マナカは中途半端に開けていたギグケースからいそいそとベースを取り出しつつ言う。ハジメはそれに対し、それはそうなのだが――というような顔をする。

 オリジナル曲の場合は、審査がある。クオリティについてではなく、類似の作品がないかがチェックされるのである。だから公開前にほぼ完成した音源をハコの運営に送らないといけないのだが、『バンドのボーカルとはできるだけ違うタイプの声の方がチェックを通過しやすい』というハコ内限定の都市伝説がある。

 それに倣って、今まではその役をマナカが担っていた。しかしそもそもは彼女の言うとおり、迷信じみた話である。

「あの子のおかげで、こっちはせいせいよ。表に出たくないっていうのはともかく、バンド自体からいなくなるなんて絶対ありえない」

 録音ブースのガラスにくるりと背を向けるマナカを見つつ、ハジメは気を取り直して、それじゃよろしくおねがいします、とマイクに一言入れて、ボタンを押した。

 この曲はライブでの盛り上がりを強く意識――出場が現実的になってきた夏フェス、そのステージで演奏するのを意識――した編曲で、最初の曲と同じく、かなり気合いを入れて皆で編曲をした。

 それがロボットのやや抑揚に欠ける歌声で歌われているので、バッキングトラックを聴いているような気分になる。これはこれで録音したのを聴きながら街を歩いてみたいし、これはこれでカラオケとして公開してみても全然いいな――そんなことを思う。

 ハジメは薄弱な根拠で望まない歌を歌わされているロボットをガラス越しに見ながら、そんな展開を思い描いた。

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