移住計画
外は薄暗く、もはや夕暮れというよりも夜に近い。
そんな時間帯の中、私とリューゴは郊外を歩いている。
大家さんから呼ばれて立ち退きを打診されたのは、リューゴが所属する事務所から放り出されて割とすぐのことだった。
通常の二倍の立ち退き料を支払う――そう言われ、まさに渡りに船、その金でリューゴの再就職の手を打てるかもしれない、そう思った私の横で、リューゴはかたくなに首を横に振った。その上『むしろこっちが二倍の家賃を払うから考え直してほしい』などというわけのわからないことを言いはじめたので、私はあわててリューゴをアパートへと引っ張っていった。
部屋に戻ったリューゴ曰く――私がキーボード弾いていても差し支えないような、大家にそういう理解のあるようなアパートが見つかるとは思えない、とのことだった。
私は、人間のそれと同じかはわからないが、立ちくらみがした。
そして思った。この子はバカなんだろうか?
「だって、おかしいよ。ロボットは音楽を聴いたり、弾いたりしちゃいけないって。そんなの、なんか……」
「それは、そういうものだから、いいんです」
「いいわけがないよ。ぼくがロボットだったら絶対やだよ」
「それはあなたが人間だからそう思うのですよ」
「そうかなあ……人間とロボットで、確かに違うところはあるけど……」
「違う生物には違う生物の生態があるのです。猫にチョコレートを与えてはいけないのと同じです」
それでもリューゴは納得いかないという風に渋い顔をする。
「猫にチョコレートはだめ。ロボットに音楽はだめ。そういうこと?」
「そうです。だから我々はこれをつけているのですよ」
私は耳を指さす。装着しているのは、調性のある音楽を遮断する音楽キャンセリングヘッドホンだ。これをつけることで外音や話し声は聞こえつつも、音楽はほぼ聞こえなくなる。さすが人工知能の実力というやつで、最初の一小節分くらいはともかく、あとは九割ぐらいはシャットアウトされる。
もっとも私がこれを外出時に着けているのは、ダミーを着けている状態で不意打ちで点検でもされたらやっかいだ、というだけの理由だ。
「でもきみは、音楽好きなんだろ? 聴いても何ともないんだろ?」
私は慌ててリューゴの口を押さえようとした。彼はそれを避けて口をつぐむ。
リューゴの言っていることは正しい。実際、屋内では全く着けていない。
「リューゴ、声が大きい。……まあ、大好きですよ」
「じゃあ、いいじゃん。着けなくても」
「法律で決まっているから仕方ないのですよ。着けてない人がいたら、着けなくていいのかな、ってなるでしょう? 実際、着けない方が楽なので、外せるなら外したいですが、これは、仕方ありません」
「……うーん……」
やっぱり不満げな様子である。
この子は何を、私の心配をしているんだろう?
そうじゃないでしょ? 自分の心配を、とにもかくにも、まず自分の心配をしなさい――そう叱りたかったのだが、ひっこめた。これは彼の紛れもない素直な気持ちなのであり、それを否定するようなことはよくない。
私たちはとぼとぼと歩き続ける。
すると急に、塀にぐるりと囲まれた地区が現れる。東京は狭い面積にたくさんの街が詰め込まれているので、街から出れば、すぐに別の街の風景が現れる。このあたり、同じ狭い土地でもリューゴの故郷である故郷の長崎――要するに田舎――とは根本的に異なる。
その塀の隙間からは見渡す限りアパートらしき建物が立ち並んでおり、わずかな数の街灯がその輪郭を浮かび上がらせている。
「ね、誰もいない。ゴーストタウンみたい!」
気を取り直したリューゴが、隣で小声で漏らす。私は何をのんきな、と少し腹を立てる。
確かに、誰も住んでいないかのように静かで、明かりが灯っている部屋もほとんどない。しかしこの地区に棲んでいるのはゴーストではない。ロボットである。
そして皆、おそらくは眠っている。人間は何かと夜更かしという行為をしたがるが――リューゴがそうだ――、私にはそういう習性はあまりピンとこない。
ロボット居留区。
人間はそう呼ぶ。なので、ロボットたちもそう呼んでいる。
「…………」
私はなんとも言えない気持ちを押し殺す。
――わかっている。自分がロボット居留区に集まるロボットたちを見下しているのはよくわかっている。こんな場所で生きなければいけないロボットたちというのは、要するに人間の家ではやっていけないような、そういういわば『低い』やつらである。
私の心中を察したのか、リューゴは「なんでそんな怒ってんの?」と私に問いかける。
それに対して私はさらにいらっときて、ついつい思うところをぶちまけてしまう。
「あなたが今していることを別のことに例えるならば、トップレベルの私立高校に行く実力があるのに、あえて底辺の公立高校に行こうとしていることに似ています」
「ちょっ、なんだよそれ。おれのともだち、結構公立行ってるのもいるんだぜ」
「……すみません」
「別にいいけど。自分たちでも、自分たちのこと底辺だって言ってるし」
「…………」
「まあ、好きで行ってるというより、行かされてるって感じらしいけど……」
行かされてる、というのは、お金の都合、という意味である。私立は当然、金がかかる。
金がない――今の私たちも。切実に。――でも。
「あの、やはり、ここに住むのですか? 住めるのですか?」
「住めるよ。とにかくキーボードが弾ければいいんだ。コンセントと……あと……」
「いや、食べるものとか、どうするんですか。あと、トイレとか、お風呂とか……」
「ロボットなのに知らないの? 居留区って、何かの理由で人間が来て滞在する可能性もあるから、人間が滞在するためのスペースもあるらしいよ」
さすがにユニットバスらしいけどね!
――と、本当なのかわからないようなことを言いつつ、リューゴはじんじんと闇が染みていく空間の中、ずんずんと歩みを進める。
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