第10話 旅は道連れ、世は情け無用
精算作業を待つ間、ウィンドウショッピングを続けることに。
「あなたも何か買う?」
「いえっ。小剣だけで十分ですっ」
「ちゃんとメンテナンスに出すのよ」
「はいっ」
今使っている小剣も私が用意したものなのだが、実力と武器が釣り合っていない気がする。
以前は武器の方に傾いていたかもしれないけど、現在は実力の方に傾きすぎている。本気で振ったら簡単に砕けてしまうだろう。
「今回のも繋ぎだから、身に合ったものを早めに用意しなさい」
「……自分に剣術は向いているのでしょうか?」
あら? 壁にぶつかったのかしら?
なかなか早いわね。
「うーん。それはわからないわ。極めて初めて向き不向きが分かるのよ。あなたは極めたのかしら?」
「い、いえ……」
「もう。しょうがないわね。ヒントをあげるわ」
「お願いしますっ」
肩を落としてションボリしていたパシリは、気をつけの姿勢を取るまで元気を取り戻したようだ。
「剣を振るのは楽しいかしら? 時間を忘れるほど楽しい?」
「はい」
「武器屋で他の武器に触ることはある?」
「いえ。いつも剣を手に取ってしまいます」
パシリを連れて武器コーナーに向かう。
剣の中でも魔法効果を持つ【魔剣】コーナーの近くに立つ。
「剣がいっぱいあるけど、どれか一つ手に入るとしてどれを選ぶかしら?」
「えーと……」
パシリが手にした剣は、バスタードソードと呼ばれるシンプルな剣だ。
片手でも両手でも振れる剣だが、魔剣でもなんでもない剣である。
だが、このパシリが手にした剣は魔剣よりも優れ、現在のパシリの実力では扱いきれない剣だ。
それでも惹かれたということは、剣自体を本当に好きなのだろう。
「その剣を振れるようになることを第一目標となさい。その頃には自分が向いているかどうかはだいたい分かるわ」
「──はいっ」
助言を終えた私たちは、商会長が待つ精算カウンターへ向かう。
「金言を送るほどの若者ですか。私どもも唾をつけるべきですかね?」
「あら、私の方が若いわよ」
「これは失礼いたしました。熟練の武術師範が弟子を指導しているようでしたので」
「まだまだ未熟よ。お互いね」
「女性の年齢を間違えてしまった私もということですな。お詫びと言っては何ですが、剣帯も兼ねるベルトとポーチを贈らせてください」
「別に気にしなくていいのよ」
「馴染み深い素材でできておりますので、きっと気に入られると思いますよ」
引く気はないか。
相変わらず頑固な性格しているのね。
伯爵そっくり。
「鉄鬼牛の革ね。素晴らしいものをありがとう」
「私たちも美味しい思いをさせていただきましたので」
お肉ね。
処理する時間があればモツも食べたかったが、まだ叶えられていないのだ。
「まだ少しあるそうよ」
「──美味しいワインを用意しなければいけませんなぁ」
「そうすると良いわ」
きっと最後のお肉になると思うしね。
「本当にお世話になりました。偶然だけど、お礼を伝えられることができて良かったわ。機会があればまたお会いしましょう」
「──御嬢様っ。私の方こそっ……、私の方こそお世話になりましたっ! 絶対に王都に行きますっ! そのときはいつぞや話してくださった料理を一緒に食べさせてくださいっ!」
「えぇ。楽しみにしているわ」
貴族相手に商売しているだけあって、ジョセフに聞く前に悟られてしまったわ。
今日は本邸に怒号が鳴り響くかしらね。
◆
荷造りは一瞬で終わり、買い物の次の日は畑から少し食料を分けてもらったり掃除をして過ごした。
そして出発の日。
旅装に着替え、着替えなどが入った背嚢を背負って本邸に向かう。
「あら。男前になったのね。ふふふっ」
商会長とジョセフが顔に青タンを作り、見送りの者たちに紛れて立っていた。
まぁ二人以上に伯爵の顔の方が酷いけど。
「魔法職はやっぱり戦士に勝てなかったかしら?」
「……うるさいぞ」
伯爵は地獄耳かってくらい耳が良いのよね。
それでも狭量ではないから、横暴な貴族みたいなことはしない。
「巻き込まれた私に何か言うことはないですか?」
ジョセフは止めに入って巻き込まれた口か。
相変わらず仲良しだなぁ。
「しょうがないわね。非常食を分けてあげるわ」
鉄鬼牛の肉で作ったジャーキーを一袋渡す。
直後、ハイエナ二人がジョセフを襲う。
「はぁ……」
「お久しぶりです、お母様」
「久しぶりー」
実母のヘレナの趣味は、ぐーたら。
侍女時代も要領良くサボっていたらしく、伯爵夫人になった後は堂々とサボるくらいやる気がない。
結婚した理由もニートになれるかららしい。
「旅装も似合いますね」
パンツスタイルに革鎧まで身につけて、冒険者にしか見えない。
しかし怠惰生活を送っていた割に引き締まった体は、冒険者風の旅装でも文句なく似合っていた。
「ありがとう。はぁ……」
仲は決して悪いわけではないが、今日はため息が止まらない。
もしかして怒ってる?
私のせいでニート生活が終わるわけだし。
「何かありました?」
「はぁ……。何で王都に行くか知ってる?」
「除籍されるからですよね?」
「別に領地内で生活しても良いのよ」
「では何故?」
「私の家族が全員死んだからよ」
「はい?」
「事情は王都に行かないと詳しく分からないけど、もしかしたら爵位が私に回ってきて領地経営をしなければいけないのよっ」
「爵位は?」
「男爵よ」
「じゃあ村規模ですね」
「うん。辺境の広大な森付きだけどね」
「……面倒、ですね」
王都から応援してます。
「逃さないから」
今までで一番迫力ある顔をしている。
伯爵の周りは妙に迫力がある人が多いな。
類は友を呼ぶというのは本当かもしれない。
「はははっ」
「ふふふっ」
──絶対逃げてやるっ。
◆
王都への道程は、デベソダンジョンがある、グリム領西側の森を北から迂回して、西進していく必要がある。
途中イラ家の領地を通るのだが、不当な扱いを受けそうということでさらに北に進む予定だ。
私とお母様は同じ馬車に乗り、伯爵の馬車の後を進む。
馬車の乗り心地は、前世の記憶がある私からすると比べることが失礼なほど悪い。道も悪ければ馬車も悪い。
この中で熟睡できるお母様は、ある意味鉄人かもしれない。
「暇だ」
訓練でもするかな。
特に汎用魔法は発動以外手付かずだったから、強化魔法で強化した場合どうなるのか? とか、そもそも強化できるのか?
気になることは尽きない。
「安全を考えると《木片》が良いかしら」
まずは通常の《木片》。
折れた木の破片が掌に出現するだけ。
次は形状を明確にイメージして発動。
「コスパ悪っ」
形状変化は魔力の消費が増えると。
だとすれば、形状変化をして効果を発揮するタイプの威嚇魔法は、あまり使いどころがないだろう。
でも、逆に試しにくくなってしまった。
「仕方ない。観光でもするか」
──《
視力強化の魔法で、遠視の効果がある。
これで森の監察でもするか。
緑は目に良いって言うし。
「うん?」
アレは……。
「もしもーし」
「お、御嬢様っ!?」
馬車の扉を開け、体を半分だけ外に出す。
すると、護衛の騎士が慌てて近寄ってきた。
「伯爵に伝令をお願いしたいのですが」
「どのような内容ですか?」
「森に伏兵がいます。揃いの武器に潜伏練度の高さから、山賊ではないと思います。油断なさらずと、お伝え下さい」
「──えっ!?」
「では、お願いしますねー」
それだけ言って私は馬車内に入った。
退屈していたところに現れた伏兵だ。
参加しないはずない。
「ふふふっ。実戦が一番の訓練よね」
急いで装備を整え、お母様を起こす。
「起きてください、お母様」
「ふわぁ……。何?」
「敵兵が出現しましたので、行ってまいります」
「そう。気をつけるのよ」
「はい。お母様も鍵をしっかりかけてくださいよ」
「わかってますよ」
それだけ言って、私は走行中の馬車から飛び降りた。
先頭を走る伯爵の乗る馬車に追いついたところ、ちょうど伯爵も馬車から降りてきた。
「おい。何をしている」
「賊の討伐に」
「……賊ではないのだろう?」
「同じようなものです」
「とりあえず馬車に戻れ。まずは誰何し、交戦は最終手段だ」
「そんなまどろっこしいことを。貴族の旗を掲げている馬車が通る付近で、誤解を招く行動をしている。それだけで十分交戦理由になります」
とりあえず殴ってから考えればいいのです。
話し合いも殴った後の方が円滑に進むって。
「あそこは微妙な位置なのだ」
「森の中ならグラ家ですよ」
「外だとイラ家だろう」
「今ならグラ家側ですよ」
「近づいたときに出てきたらどうする?」
「今一当てできれば良いのですよね?」
「魔法は感知し、弓矢は届かない。今回そこまでの強弓は持ってきてないからな」
「私にお任せください。ミスしたら馬車に戻りますから」
「ミスをしたら問題なのだ」
「そのときは子供がやったこととして、除籍すればいいでしょう?」
「あっ」
そう。まだ公言してないのだから、利用できるものは全て転用すれば良いのよ。
槍を一本借りて、闘気で全身の筋肉を活性化。
同時に全身のサークルを意識し、助走を付けて投擲する。
踏み込みの力をもれなく全身に行き渡らせ、投擲の瞬間腕力強化を行った。
狙いは多少ズレたが、数人の身体に穴を開けられたから良しとしよう。
「とりあえず目標達成ですわ」
「「…………」」
伏兵は数人が突然死んだことに驚き固まっていたが、恐怖が伝播した途端ざわつき出した。
私はお腹に力を入れて通る声を意識し発声する。
そして全力で煽る。
「ざぁぁぁこぉぉぉっ」
少女に雑魚扱いされたら、プライドが許さない軍人は少なくないだろう。
恐怖で混乱している時点ですでに統制は取れておらず、そこに激昂する集団を解き放ったらどうなると思う?
集団は二分される。
隊長格はどちらを統制するべきか悩むだろう。
激昂して前進する集団か。
恐怖して後退する集団か。
それに私は隊長格の選択を待つつもりはない。
混乱に乗じて攻撃させてもらう。
ターゲットはもちろん、お前だ。
「──隊長っ」
「──班長っ」
私は的当て感覚で投擲を楽しむ。
その間伯爵は馬車を北に移動させ、前進集団を誘導していた。
「良いぞっ」
「雑魚すぎて捗ってしまいましたわ」
最後の最後まで煽り続け、前進集団を越境させることに成功した。
「──おい。子爵領に軍隊を入れて良いと思っているのか?」
伯爵の言う通り、イラ家のすぐ北側の領地は子爵家の領地だ。
私たちは事前に伝令を出し通過する旨を伝えているが、イラ家の軍隊が通過することは子爵家にとっても初耳だろう。
何故なら、グラ家とイラ家の確執は有名な話で、周辺の領地は可能な限り同席させないように気を配っていたからだ。
同時に通過するなんてことになったら、子爵の胃に大きな穴が開いていたことだろう。
「死人に口なし」
「素晴らしい。私も好きですよ、その言葉」
前前世ぶりの殲滅戦。
滾りますわ。
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