第08話 猪豚姫の卒業とギルド登録

 翌朝。

 早朝トレーニングをしていると、家宰を伴った伯爵が離れにやってきた。


「おはようございます」


「……おはよう」


「おはようございます、シルヴァ御嬢様」


 これはアレかな?

 ラノベ定番のアレでしょう?


「婚約が破棄になった」


 でしょうね。

 昨夜イラ家のことを報告に行ったときも、直接会話できないほど忙しく通信していたものな。


「当初の契約通り、破棄になったゆえ平民に戻ってもらう」


「かしこまりました」


「「…………」」


 すんなり頷いたことに二人は驚いたらしい。

 それもそのはず。

 婚姻で役に立つ女性が除籍されることはほぼありえないことから、世間からは『魔法以上に大きな問題を抱える令嬢』というレッテルを貼られることになるからだ。

 再婚の可能性はほぼ不可能になる。

 普通の感覚を持つ女性でも一度は拒否し、貴族令嬢ならばヒステリーを起こしても不思議ではない。


「確認しますが、今回は正真正銘本当の除籍で、二度と婚姻作戦など私の身柄を拘束することがないということでよろしかったですか?」


「うむ……」


「では契約書をお願いします」


 家宰が大事そうに抱えていた契約書を隅々まで確認し、サインと割り印を行う。

 書類の控えと報酬をもらう。

 この報酬は、イラ家を追い詰める情報を提供したことへのお礼らしい。


 あと、私がいなくなることで余計な軋轢を生まないようにということで、我が実母も離縁となるらしい。

 毎日離れに訪れるけど、伯爵夫人が離れに住むわけにはいかず、就寝や食事は本邸の方で取っている母。


「私同様手続きもあるだろうから、明後日一緒に王都に向けて出発する。準備をしておくように。必要なものがあればジョセフに言えば良い」


「ありがとうございます」


 ジョセフとは家宰のことだ。

 彼は常識と良識を持ち合わせた優秀な人物なのだが、財布の紐がとても堅い。

 今回はプレゼンをせずに済むと良いなぁ。


 早朝トレーニングを打ち切り、必要なものをメモ帳に箇条書きで記していく。

 まずは旅装を整える必要がある。

 貴族女性のパンツスタイルは乗馬服か騎士服しかなく、どちらも平民には縁遠い生地でできている。


「冒険者御用達の店でまとめて揃えるのが良いか」


 外套とかも売っているだろうし、新人冒険者セットみたいなものもきっとあるだろう。

 いっそ冒険者登録して紹介してもらうのもありかな。


「ということで、冒険者登録することにしましたわ」


「どういうことなんですか?」


「平民になるなら自分で稼ぐ必要がありますでしょう? それなら冒険者御用達の商会もありますし、旅装も一括で揃えられそうですしね。田舎なら王都でとも思うでしょうが、国内有数の大都市でならば王都まで待つ必要もないでしょう?」


 一部建前が混じっているけどね。


 王都で登録した場合、活躍したら国王派が接触して来そうで嫌だったからだ。

 そして拒否したらギルドが圧力かけて来そうでもあった。


 王家とグラ家の対立を利用させてもらうことにしたのだ。

 グラ家に借りを作ることになりそうな案件は、あちらから嫌厭してくれそうだからね。ギルドの職員も曾祖父さんのときのプチスタンピードに対して思うことがあるのか、グラ家の側についてくれている。

 王都にあるギルドに何か言われても突っ張ねる実力は十分にあり、安心して冒険者登録ができると思った。


「余ったら返金してくださいね」


「はい」


 余ったら、な。



 ◆



 やってきました、冒険者ギルド。

 一人で来たのは初めてだ。

 普段は登録可能年齢に達していないこともあり、パシリの陰に隠れて短時間の滞在で済ましていた。主に依頼書などを確認したりゴミを捨てたりする程度で、今回初めてまじまじと観察できる。

 前前世はそもそも冒険者ギルドとは縁遠く、全く見る機会がなかった。

 今世絶対に来たい場所だっただけに感慨深くある。


「こんにちは。昨日洗礼式を終えた子かしら?」


 入口周辺でギルドの空気を味わっていると、受付の職員が近くまで来て声をかけてきた。


「はい。やっぱり私みたいな子が多いですか?」


「えぇ。でも、言葉遣いが上品な子は初めてよ」


「くせですので」


 壁を作るのに敬語ほど便利な道具はないだろう。

 どうやっても悪く見えないのに、突き放すことができるのだ。楽でいい。


 情報収集も業務の一環である職員は、こちらの心の隙にするりと入り込む術を持っている。

 心に壁を作って話すくらいがちょうどいい距離感になるだろう。


「そう。冒険者の中には嫌がる人や怒る人もいるから気をつけてね」


「はい。ありがとうございます。それで早速ですが、登録をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「代筆は必要ですか?」


「大丈夫です」


 渡された申込用紙に名前、性別、年齢、種族、自己紹介だけ。

 自己紹介項目は固有魔法や武術を記入する。

 パーティー募集の際にギルド推薦枠というものがあり、募集条件が合えば該当の人物を紹介してくれるそうだ。

 他にもギルドから直接依頼する際の情報にもなるから、できるだけ詳しく書くことを勧められた。


 名前:シルヴァ

 性別:女

 年齢:一〇

 種族:人族

 紹介:格闘術が得意


 当たり障りない完璧な記入だろう。

 性別が男だった場合は。


「はぁ? 格闘術? ごっこの間違いだろっ」


 横から勝手に覗き見た山賊のような見た目の男が、私の完璧な申込用紙にケチを付けてきた。

 近くに私と同じ年頃の子供たちが複数いることから、指導冒険者か職員なのだろう。


「あら? こちらのギルドでは人の情報を勝手に覗いても許されるんですね。依頼者が知ったらどうなるかしら?」


「そ、それはっ」


 受付嬢が分かりやすく動揺している時点で、私の方が優勢だと分かる。

 もう少し踏み込んでも問題なさそうだから、山賊の方にも嫌味をぶつけよう。


「それとあまり近づかないでもらえます?」


「はぁ?」


 臭い。臭いのだ、貴様は。


 口も体も髪も全て。

 直接言わないだけのデリカシーは持ち合わせているが、我慢ができず拳で鼻と口を塞ぐ。


「──お前っ」


 その動作だけで全てを悟ったのだろう。

 徐々に赤面していき、終いには激昂してしまった。


「格闘術なら俺が教官を担当してやるっ」


「結構です」


 洗礼式直後に登録してきた子供限定で、登録は無料になるらしい。

 代わりに、自分の実力が分からないうちに登録する危険を教えるため、各戦術教官がついて試験や講座が行われるらしい。

 パシリに教えてもらったから良く知っている。


 ちなみにパシリとは、この山賊の先輩に当たる人物だ。

 リアルで関係性があるかは知らないが、私に絡んできた人物という点では先輩に当たる。その先輩がどうなったかなど、結果を見れば明らかだろう。


「ならば諦めるんだな」


「ふふふっ」


「何がおかしいっ」


「無料になる代わりに試験を受ける。それならば、お金を払えばどうなります?」


「試験は免除です」


 職員としてもこれ以上問題が起こることを回避したいようで、申込用紙を回収しながら答えてくれた。


「ですって。残念でした」


 私は職員から見えないよう体を傾け、人差し指でこめかみをグリグリした後、山賊に向けて指を指す。


「殺すっ」


 煽り耐性の低いこと。

 軽く煽っただけですぐに食いつくとは。


「やれやれ」


 近くでパシリも見ていることだし、今一度引き締めるために生贄になってもらおう。

 強化魔法の効果も試したいし。


「──《熊掌ウルスス・パンチ》」


 殴りかかる山賊を交わし、小柄な体型を活かして懐に潜り込む。

 そのままの勢いを利用して山賊の腹に掌打を放つ。

 前回の鍵破壊時とは違い、今回は強化魔法を上乗せしている。


 強化魔法は強化する部位を選べはするが、効果は単純に強化のみ。

 シンプルゆえに強力。

 発動速度も隠密性も優れている。


「グハッ」


 戦士らしく優秀な踏み込みを披露した山賊のおかげもあって、ギルド奥の受付から扉の外まで吹っ飛ばすという最高のパフォーマンスを発揮できた。

 個人的には停止した敵に対しての効果も測りたかったが、それは次の機会としよう。


 それよりも第一回の強化魔法効果実験の結果だ。


「──素晴らしいっ」


 一サークルでこの威力。

 まだまだ成長の可能性があり、強化する余地もある。

 今世はどこまで行けるのか楽しみだ。


「えっ?」


「いきなり突っ込んで来てビックリしましたが、教官を倒してしまったから無料でよろしいのですよね?」


「え、えぇ……」


 その後は問題なくスムーズに登録が済み、目的の冒険者御用達の商会を教えてもらった。

 案内はもちろんパシリ。

 山賊のおかげで、いつにも増してキビキビと動いてくれている。


「このメモのリスト、揃いそう?」


「もちろんですっ。これから行く店は冒険者でも中堅以上の稼ぎがないと冷やかしで終わるくらいなんですが、代わりに揃わないものがないってくらい品揃え豊富なんですよ」


「ふーん。私は新人だけど? 目立たないかしら?」


「えっ……とぉー」


「あぁ今更か」


「えぇ……まぁ」


 歯切れが悪いなぁ。

 仮に「そうです」って言われても殴るなんてことしないんだけど。


「それに、ギルドで冊子をもらいましたよね? ルールとか書いてある。読み書きできる人物で、戦術教官の試験に合格した者のみ、ギルドが期待している証拠で配布されるそうですよ。発行者はこれから行く商会ですから、多分割引もあるかもです」


 期待ねぇ……。


 「貴族の可能性がありますよ」の符丁かもしれないと思うのは考え過ぎかしら。


「そういえば、私明後日には王都に行くことになったの。もしかしたらもう帰って来ないかも」


「おめでとうございますっ」


「なんて?」


 おいっ。もしかして喜んでないよな?


「お、王都に行くってことは栄達ってことでしょう?」


 こいつは、私を大商会の箱入り娘だと勘違いしている。最初絡んできたときも身代金を取ってやると意気込んでいたくらいだ。

 私も面倒だし都合が良かったから訂正はしなかったのだが、ここまで王都行きの説明がしづらいとは思いもしなかった。


「それが左遷なのよ」


「えぇっ!? 領都にある店舗の方が大きい商会ですか……。ありましたっけ?」


 ねぇよ。

 めちゃくちゃ大きい商会はあるけど、王都に本店も支店もない。

 グリム領でのみ展開している老舗だからな。


「あんたも来る?」


「──えっ?」


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