第06話 オール3に絶望する猪豚伯

 測定方法は、【魔塔式】を採用している。

 どこぞにある魔法研究機関が考えた方法らしいが、前前世では一般的で特に目新しいものではない。


 各属性の魔石を順に触っていくだけ。

 多少の魔力を流しはするが、流した魔力量の多少に意味はない。

 手前の一番大きな魔石が魔力の方向性だけ決め、一直線に続く連続した小さな魔石が光ることで適性を測る。


 結果は、火風水土の基本属性はオール三。

 上級属性の光闇雷氷木も、オール三。

 汎用魔法の適性はない。が、汎用魔法の中でも攻撃性が低い魔法を威嚇魔法と生活魔法と言い、その適性ならギリギリ習得できるとのこと。


「──オワタ」


 膝から崩れ落ちた伯爵は、言葉を正常に発音することすらできなくなってしまったようだ。


「心中お察しします。でも、無属性の適性は高いですよ」


 そう、無属性は一〇を振り切りそうなほど高い。

 生命力が高いことは素晴らしい才能だろう。

 前世は病弱だったから、余計にそう思う。


「うーん……九ですね。素晴らしい」


 ──おい。目が腐ってるのか?


 どこをどう見れば一〇が九になるんだ?

 伯爵が見たときには表示が消えた後だし、九って聞いて一気に興味を失くした。


 だって、過去にいたもの。


 無属性が九で嫁入りし、その後すぐに死んだ令嬢が。

 魔法が私のような無属性系統だったせいで、自己防衛ができずあっさりと殺されたそうだ。結構有名な話だから司祭も知っているはず。

 それなのに「素晴らしい」と伝えるとは、相当性格が悪い人物だな。


 伯爵から高額の寄付金をもらって生活しているくせに、伯爵を下に見る態度を取るとは。


 神よ、ちゃんと教育しろよ。


『監査をしますねぇー。ちなみ、こいつはイラ家の外戚ですよー』


 なるほどな。

 ついでに強化魔法の理由を聞いても?


『前前世の魔法に近いかと思いましてー』


 筋肉魔法か。

 研究が必要だが、想像通りなら筋肉魔法よりも使えるかもしれんな。


『頑張ったので、たまにはお供え物もしてくださいねー。特に料理が良いですよー』


 わかった、わかった。

 相変わらずの食いしん坊だな。


「司祭様、イラ家ではどうだったのです?」


「──イラ家だとっ!?」


 呆けた伯爵を立ち上がらせる特効薬は、やっぱりイラ家よな。


「何故ここでイラ家が出てくるっ」


「私と同じ年齢の御令嬢がいらしたでしょう?」


 あちらの御令嬢は正妻の娘なのに、豚のように丸いせいでグラ家と取り違えたのでは? と、心無い噂が飛び交っていた。


「──あぁ。いたな」


「司祭様は結果をご存知でございましょう?」


「いえ。教区が違いますので……」


「えっ? あちらは先日行われたと聞きますよ?」


「ですから、教区が違うので情報が入ってきておりませんよ」


 個人情報云々というのは冒険者くらいだから、司祭の口から「個人情報ゆえ聞いていない」と出ないことは当然だろう。

 むしろ、貴族は率先して自慢する立場だ。


「うーん……聞いてないとするならば、ハズレだったんですね」


「ざまぁないな」


 おい、お前もだからな。


「ふっ」


 勘違いなさっているようですね? ふふふ。

 って感じの表情で私たちを観察している司祭。


「ところで、何で司祭様なら分かるって思ったと思います? 教区が違うっていうのは私も知ってますよ」


「そういえば……」


「そして、何故私たちの儀式がイラ家より遅かったと思います? 神器は私たちの領都にあるのに」


「何故だ?」


「こちらの司祭様は、イラ家の外戚ですわ」


「──はっ?」


 うわっ。

 人間、本当に怒っているときほど表情が抜け落ちるって言うけど、本当だったのね。


「な、何を根拠にっ」


「違うと言うのですか?」


「ち、ち──「こちらは教会ですよ?」」


 神に仕える者が、神に祈りを捧げる場で嘘を吐くと?

 神職を廃業するのか?


「うぐっ。違わないがっ、それと何が関係あるっ?!」


「この神器、持ち出しましたよね?」


「──ッ」


「なんだとっ!?」


 神器の個数は国ごとに上限が設けられている。

 グラ家含む諸侯の神器は、王国になる前から所有する神器で、途中で降爵されたからと言って取り上げられるものではない。

 爵位は、人間が決めた階級。

 神にとってはどうでもいいことだ。

 神器はその場所の人間との契約の証であるため、 たとえ平民になったとしても神器はグラ家の物。

 祀る場所として相応しいから、教会に貸してあげているだけ。

 決して司祭が自由に持ち出して良いものではない。


「そしてイラ家が先に儀式を受けて盛大なパーティーを開いたそうです。ヘソダンに来ていた冒険者が振舞酒の話をしていたという噂を小耳に挟みました」


「司祭っ、どういうことだ!?」


「そ、それは……」


「──王都の司教に報告させてもらうっ。イラ家ともども覚悟しておけっ」


「お待ちをっ! お待ちください、閣下っ!」


 伯爵が侯爵に対して処罰を求めることは、通常は不可能だ。

 王国法に抵触する行為を行ったという証拠を集め、根回しをした上で裁判を開いて有罪にするしかない。

 言うのは簡単だけど、実際はほぼ無理。


 でも通常じゃない例外が一つ。


 それは、神様関係の問題だ。

 神器を使って魔法をもらっている時点で、姿はそれぞれ違うだろうが明確な存在は全員が認めている。

 神託も神罰もある世界で、神との契約の証である神器を私的に悪用した行為は、全員共通で有罪となる。


 イラ家が本来行わなければいけなかった行為は、所有している家に申請をしてお金や利権などの代償を払う必要があった。

 グラ家などの神器所有者は、そこから寄付金を捻出して施設改修や管理してくれる神官の給金を払うことで、神に感謝を伝えていた。


 つまりイラ家の行いは、神を蔑ろにする行為と同義である。

 調子に乗ったせいで軽くない罰が下ることだろう。ドンマイ。



 ◆



 さて、司祭たちに負い目を感じさせたところで、私の目的を実行に移そう。


「すみません。魔法を買いたいんですけど」


「──えっ?」


 伯爵が帰ったから部屋の片付けに来たのだろう神官に、汎用魔法購入の意志を伝えた。

 人がいたことに驚き、続く内容に驚いた若手神官は固まってしまった。


「あのー、洗礼特典の割引があるんですよね?」


「え、えぇ……まぁ……」


 金主の伯爵、帰っちゃったよ?

 とでも言いたいのだろうが、私の個人資産で購入するから問題ない。

 足りなくても私に予算が付けられていたそうだから大丈夫だ。


「何を購入できるか教えてもらっても良いですか?」


 魔法は攻撃、支援、補助、防御、回復、弱体、召喚の七つに分類されている。

 そのうち支援、補助、防御しか一般公開されていない。


 攻撃と弱体は、固有魔法の優位が危ぶまれるという理由から秘匿。

 回復は、教会の既得権益を侵害することになるから暗黙の了解で公開自粛。

 召喚は、貴族のステイタス用魔法であるため、貴族中心の国立魔導学園の卒業記念目録にあるだけ。


 そして購入と発掘含めて、品質が担保された魔法を最安値で入手できるのは今だけである。

 一般的に知られているはずなのに、誰も利用しない理由はやはり固有魔法優位の社会構造だからだろう。

 手段が増えて困ることはないはずなのにね。


「御令嬢の適性を教えてもらってもよろしいでしょうか?」


「無属性は最大で、他は全て三です」


「あぁ……。それですと無属性以外は、基本属性が第三界層まで。上位属性は第二界層までになりますが、よろしかったでしょうか?」


「上位属性が第三界層までではない理由を教えてもらえるかしら?」


「あぁ。こちらは全員共通でして、第三界層から攻撃性が増しますので禁止とさせていただいています」


「なるほど。では、無属性については?」


「そちらは上限なし。と言いたいところですが、現状判明しているのは第五界層まで。さらに第四界層以上は攻撃に転用できる魔法もあり、一部制限を設けさせております」


 ──クソかっ。


 攻撃に転用?

 攻撃するために存在する道具だろうが。

 そんなこと言ったら鍛冶屋はまともに経営なんかできないだろ。阿呆め。


「何か?」


「いえ。価格はやはり低界層の方が安いのかしら?」


 ちなみに、界層は全部で第一〇界層まである。

 適性属性の測定値と密接な関係があるため、基本的に汎用魔法に使われる階級で、販売時の指標になっている。


 第一界層は、基礎魔法。属性励起が主軸になっているため、別名威嚇魔法とも呼ばれる。

 第二界層は、入門魔法。属性操作の習得により、可能になるのが生活魔法だ。非戦闘員でもここまでは習得するのが一般的。

 第三界層は、初級魔法。生活魔法の応用から単体攻撃魔法まで分類されており、戦士系の戦闘職でも習得必須の階級だ。


 以降は簡単に。

 第四界層は中級魔法。単体防御が増える。

 第五界層は上級魔法。防壁魔法が使えるエリート。

 第六界層は高位魔法。範囲攻撃で攻撃可能な一流。

 第七界層は超位魔法。儀式魔法で召喚などが可能な天才級。

 第八界層は極位魔法。戦略級魔法が使える優れた適性の持ち主であるため、【魔塔】の師弟制度適用条件でもある。なお、魔法は使えずとも良いらしい。

 第九界層は天位魔法。天災級魔法が使用可能な神子のような人物のみ許された魔法。

 第一〇界層は神位魔法。奇跡級の魔法だが、適性一〇を持つ人物は存在しないため机上の空論である。


 ところで、界層の説明中一度も【賢者】などの人物に対する階級を出さなかったのはお気づきだろうか?


 そう、関係ないのだ。


 固有魔法優位の社会で汎用魔法の適性が高く、どれだけすごい魔法を使えたとしても「ふーん」で終わるだけ。

 それに、適性だけでは魔法を行使できない。

 固有魔法も汎用魔法もサークルを形成しなければ使えない技術である以上、評価基準は全てサークルの形成数によるものになる。


 魔法士を名乗れるのは四サークルからで、【魔塔】に入門できる最低階級でもあるらしい。

 七サークルは魔塔主になれる大魔導で、人族最高記録の賢者は八サークルらしい。


 蛇足のような話に思えるかもしれないが、教会で魔法を買う上でとても重要な話である。

 教会は洗礼特典で割引を行っているが、その結果買い占めをする者が現れることは簡単に予想される。

 その対策として、使用者の適性結果と現在のサークル形成数から購入可能な魔法のみを提示し、その場で使用させているそうだ。

 先程私が言ったように、ここは教会。

 洗礼当日に教会で悪事を働く度胸あるものはあまり多くないと思う。

 あの切羽詰まった伯爵でさえ、信じられないという思いを口走っただけだし。


 つまり、結局のところ私は第一界層の魔法しか買えないということだ。


 ──無念。

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